つなぐ ささえる エンドオブライフケア 日本エンドオブライフケア学会 第8回学術集会レポート

2025年9月13日・14日の2日間にわたり、岐阜県岐阜市において日本エンドオブライフケア学第8回学術集会が開催された。医学、看護学、哲学、倫理学、社会学など多様な分野から演者が集まった、まさに学際と呼ぶにふさわしい濃密なプログラムで、さまざまな立場の聴衆に刺激を与えたことと思う。10月24日まで学会ホームページからオンデマンド配信の参加登録ができるので、現地へ行くことができなかった人やもう一度講演を聴きたい人はぜひ申し込んでほしい。

取材:安藤 美穂(編集部)

学術集会長講演

自分の人生の舵は最期まで自分でとる

自己実現のための地域コミュニティ

薬袋 淳子(岐阜医療科学大学・大学院 教授・看護学部長)

 

自然な支え合いを取り戻す

薬袋淳子氏が提唱する「自然につながり、自然に支え合える地域コミュニティ」は、今回の学術集会を貫く大きなテーマである。

 

人口減少、通信技術の急激な発達、個人主義・自己責任論の高まりといったさまざまな要因により、今や土地に根差した自然な共同体は消えかかっている。このことによって自由や風通しのよさが得られた一方で、隣人の生活に干渉することは、たとえ善意による手助けであっても非常に難しくなってしまった。

 

「できなくなったことを人に頼るのは、自然な社会のかたち。社会とは、不完全な個々が補い合い、支え合いながら成り立つものです。この“そもそもの社会”に遠慮せず参加できること。それこそが、心地よい暮らしへの第一歩だと思っています」1)

 

薬袋氏のこの言葉は、学問の境界を越え、すべての人に届いてほしい大切な教えである。決して昔の社会に逆戻りするということではなく、生活様式の変化によって過剰に削り取られてしまった人間社会の本質を、現代に適する形で取り戻そうという前向きなメッセージなのだと思う。

 

次に紹介する薬袋氏のプロジェクト「脱MCI(軽度認知障害)」は、科学的な研究に基づいて人々の健康を促進し、人と人とがつながる契機を提供している。自然な支え合いを育むという意味でも、非常に大きな意義をもつ取り組みなのである。

 

「脱!MCI」:早期発見と回復のための取り組み1)

MCIから認知症への移行率は、1年で10%、5年で50%以上。高齢化に伴い認知症高齢者の数も増えていくことが予測される中、MCIから認知症への移行を食い止めることは社会全体の重要課題となっている。

 

薬袋氏が「脱!MCI」プロジェクトで目指すのは「MCIを早期発見し回復させる」ことだ。

 

まず「早期発見」については、Mini-Cogによるスクリーニング検査を推奨している。Mini-Cogの利点は2分という短時間で検査を実施できることであり、他の検査との相関関係が確認されているため信頼性も高い。確定診断が難しいMCIを発見するためには、スクリーニング検査を通して「自分で気づくこと」が大切であるため、簡易検査の普及は認知症予防の重要な鍵となる。

 

しかし、自分がMCIであるかどうかを知りたくない人も多いという。かつて、がんが不治の病として恐れられがん宣告が忌避されていたのと同様に、認知症の診断を受けることは現代人にとって大変な恐怖であるからだ。

 

薬袋氏は「認知症になったらおしまいというわけではない。認知症になっても大丈夫! だけど、防げるものなら防ぎたいよね」と語った。このように、どんな検査結果が出てもその後の対策が用意されていること、支援してくれる人や機関が存在することを教えてもらえれば、勇気を出して検査を受けることができるだろう。ここでも、支えてくれる人の存在、頼れるコミュニティの存在が必要となってくるのである。

 

「回復」についても、やはり支援者や仲間の存在が重要だ。

 

薬袋氏のプロジェクトでは、MCI疑いと判定された人たちに健常へ戻るための取り組みを実行させ、1年間継続した後に回復状況を確認した。取り組みの内容は、たとえば「昨日の出来事を思い出して日記を書く」「ラジオ体操をする」「明日は何をするか考える」といった簡単なものであるが、とにかく継続することが難しいという。

 

そこで薬袋氏は、昨日の日記・今日の振り返り・明日の予定などを簡単に記録できる「脳ナビノート」を作成した。このノートを通してセルフチェックやフィードバックを行い、特に効果のあった取り組みを選り抜いてブラッシュアップしていったのである。2020〜2021年のプロジェクト第1期では、MCI疑いと判定された68名のうち52名(76.5%)が健常へ改善した。その後も4年間にわたって取り組みを続け、健常状態を維持している。

 

また、薬袋氏はさまざまな場所で講座を開催し、MCIに関する知識を紹介したり認知症予防トレーニングを実施したりしている。講座は5~6人のグループで半年間(月1回)継続し、最後までやり抜けば講座修了証をもらうことができる。修了証や仲間の存在が参加者の励みとなっており、薬袋氏は講座が終わった後もグループのつながりが続くことを目指しているという。

 

今後の展望:人生の段階に応じた切れ目のない支援の実現

たとえば薬袋氏の講座に参加した人が、そこで初めて自分にMCIの疑いがあると知った場合、そこが支援を受けるための入り口となる。重要なのは、この入り口から行政等による支援へつなぐことであると薬袋氏は述べた。また、高齢者が接することの多い薬局の薬剤師も重要な存在であり、「薬剤師の“ついでの声掛け”の力が強い」のだと強調した。さらにその人の人生が進むと、地域包括支援センター職員や民生委員による訪問見守りが開始され、そしてエンドオブライフケアによる自己実現の達成へとつながっていくという。

 

このように切れ目のない支援を実現するためには、地域のあらゆる構成員が力を合わせなければならない。地域包括ケアシステムや多職種協働といった言葉はすでに耳馴れたものになっているが、実際に解決しなければならない課題は数多くあり、その一つひとつに根気よく取り組んでいくことが社会全体に求められている。薬袋氏の活動はその模範を示しており、本講演は「自分のできることをがんばろう」と思わせてくれる真心のこもったものであった。

 

マンデヴィルは『蜂の寓話』の中で、個々人の身勝手な欲望こそが社会全体の繁栄につながると主張した2)。賛否の分かれる皮肉な意見であるが、人間社会が誰か一人の「正論」で制御できるものではないということは事実だ。さまざまな人が、さまざまな意図をもって日々活動し、その結果誰のものでもない(と同時に全員のものである)社会が形成される。

 

「支え合い」という言葉は道徳的な響きをもっているが、実生活における「自然な支え合い」は、善意によるものとは限らない。仕方ないから嫌だけどやる、後で自分の得になるからやる、という現実的・実利的な判断でなされる行動があるからこそ、みんなの日常生活が停滞することなく成り立っているのだろう。

 

つまり、「支え合い」とは特別な能力や道徳心をもっている一部の人が行うことではなく、私たち全員が自然に行っている営みだということを再認識することが、「自然に支え合う地域コミュニティ」の形成(再発見)につながるのではないかと思う。助けたり助けられたりするのに資格はいらないことを思い出せば、現代社会の緊張が少し和らぐであろう。

参考

  1. つなぐ ささえる エンドオブライフケア―自己実現のための地域コミュニティ―抄録集, 日本エンドオブライフケア学会誌 第8回学術集会特集号,9(2), 2025. https://eolcconf2025.yupia.net/program.html#abst(参加者限定閲覧)
  2. B・マンデヴィル(泉谷治 訳):蜂の寓話〈新装版〉私悪すなわち公益, 2015.

教養と看護編集部のページ日本看護協会出版会

© Japanese Nursing Association Publishing Company