文・西尾美登挿画・はぎのたえこ

第1話 青天の霹靂 [連載小説]ケアメンたろう

─部員たちは皆リベンジだと意気込み、懸命に練習してきた。太郎のポジションはプロップで、主にスクラムを組む役割だ。最近はさらに筋トレに励んで首と肩を鍛えていた──(本文より)

特集:ナイチンゲールの越境 ──[ジェンダー]

 

──  登  場  人  物  ──

東尾太郎

この物語の主人公。県立南城高校ラグビー部に所属している高校生。あまり自分の感情を表に出さない。母親と2匹の保護犬と一緒に暮らす。父親はある事故で行方不明に。

 

太郎の母

九西大学病院の元看護師で、現在は同大学で看護学教員として働く。

 

西野先生

県立南城高校ラグビー部の顧問。生徒が大好きで、ラグビーをしていれば「人生なんとかなる」と思っている。

 

ツッツー

もう一人の親友・慧人と同じく太郎と幼なじみ。家は歯科医院で両親が共働き。うんちく好きのマニアックな趣味を持つ一人っ子で、おばあちゃんっ子。

 



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>> 連載のはじめに

 

 

太郎! お母さんが……

 

県立南城高校は、県下で5本の指に入るといわれる進学校である。文武両道をモットーとし、学生の9割が部活動に所属している。3月の卒業式を終えたこの時期、職員室の窓から見える紅白の梅の花は満開で、志望校に合格した学生を祝うように見える。

 

3月8日午後14時、職員室の電話が鳴った。

 

学生からの大学の合格発表の知らせかもしれないと思いながら、稲藤先生は受話器に手を伸ばした。廊下側の窓からは、吹奏部のトランペットの音が聞こえてくる。

 

「はい。わかりました。本人にはすぐに向かうように伝えます」

 

そういって受話器を置いた稲藤先生は、すぐに職員室のドアを開け、一目散にグラウンドに向かった。どのようにして東尾太郎に伝えたらいいのか思案しながら。

グラウンドの奥には野球部がノックの練習をし、陸上部がグラウンドの周囲を走っている。手前にはラグビー部が練習をしている。稲藤先生はすぐに手前側で走る東尾太郎をみつけた。

 

「東尾!」

 

晴天の下、冷たい風がビュウと音をたてる。太郎の代わりに、ラインアウトからボールを受け取る練習をしていた旺祐と文月、稜太とマサが足を止めた。稲藤先生の高めの声が、大介と啓太と練習をしている太郎に届かない。代わりに給水の準備をしていいたマネージャーの下田が「東尾くーん。稲藤先生が呼んでるよ!!」と右手を挙げて叫ぶと、ラグビー部の顧問である西野先生とキャプテンの大樹が稲藤先生に駆け寄り「どうされましたか」と声を掛けた。

 

「東尾君の母親が事故に遭ったらしくて、今、九西大の救命センターに運ばれたらしいんです」

 

「あいつ……この前、婆ちゃんが亡くなったばかりですよ。父親もまだどこに居るのかわからないし、母親と2人暮らしにっなったばかりやもんな」苦々しい顔で、西野先生がつぶやく。稲藤先生は「本当に」と気の毒そうに言うと、大樹の表情が曇った。西野先生は右手を挙げて、野太い声をあげた。

 

「おい、太郎! 太郎!!」

 

ラグビー部の少年たちは一斉に西野先生たちへ視線を向け、太郎は声のほうへと走っていく。

 

二人の教員は東尾太郎の前方左右に立ち事を伝えている。その様子と大樹の表情から、他のラグビー少年たちは、太郎にあまりよくないことが起こっていることを感じ取った。なかでもとくに、東尾家のこれまでの事情を知っている幼馴染のツッツーの表情が苦々しくなった。

 

「お母さんが事故で九西大に運ばれたらしい。今からすぐに行ったほうがいい」

 

「…はい」

 

太郎は言葉の意味を飲み込めないまま、コクリと頭を下げ、大介と啓太に「ごめん、ちっょと外す」と告げて、部室に走った。

 

『母さんが? 病院?……今朝、普通に見送ってくれた母さんに何が起こったんだ?』

 

急いで学生服に着替えようとするが、状況をうまく飲み込めず頭が働かない。ピンとこないままでいると勇樹と大志が無言のまま、太郎のバッグにさっさと荷物を入れている。2人にサンキュと声をかけ部室の扉を開くと、西野先生が立っていた。

 

「太郎 送るから乗っていけ」

 

「大丈夫です」

 

と言ったとたんに、西野先生は呆れたように「……何を遠慮してるんや。いいから、乗ってけ。おまえまで考えごとをして、事故とか起こしたら大変やろうが」

 

「はい。すみません」

 

「おまえ、こんなときに謝るな!!」

 

2人は小走りで白のエスティマに乗り込む。扉を閉めた瞬間に車は急発車した。2列目のシートに、塾の名前が書かれた青いビニールバッグがグニャッとした感じで座っていた。西野の息子は中学3年生だと聞いたことがある。

 

校門を右に出て次の信号を左に曲がり、100メートル進むと鈍角の三叉路に突き当たる。その三叉路で初めて信号にひっかかった。南城高校から九西大学病院まで、距離のわりにずいぶんと時間がかかっている気がした。無言で信号が青になるのを待つ。

 

まっすぐな道路の左右には欅がずらりと植樹されている。50メートル間隔で樹の枝に『西学園道り』と書かれた看板がかけられていて風が吹くたびに小さく揺れている。2車線の道路の正面には、昔から見慣れた立花山が青空の下に鎮座する。

 

明日は、花園予選で競り負けた相手との練習試合で、部員たちは皆リベンジだと意気込み懸命に練習してきた。太郎のポジションはプロップで、主にスクラムを組む役割だ。最近はさらに筋トレに励んで首と肩を鍛えていた。明日は到底試合に出られないが、自分が抜けたら背の低い1年生だけしか補填はできない……ということは、ポジションを変更する者が何人も出てくる。

 

皆には申し訳ないが、今回はそんなことは考えなくていいか。

 

そう思ったとたんに、信号が青に変わった。

 

 

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>> 連載のはじめに

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★プロップ(prop「支柱」):スクラムの最前列に位置するフロントローと呼ばれるポジションのひとつ。

©2019 Taeko Hagino

教養と看護編集部のページ日本看護協会出版会

© Japanese Nursing Association Publishing Company.

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