特集:ナイチンゲールの越境  ──[デザイン]

デザインエンジニアリングとケア  by 吉岡純希

第2回:デジタルファブリケーション

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閉じていた“花びら”が次第に開き、やがて散っていく……。慶應義塾大学の田岡菜さんとJAID(JAPAN AUTO MOTIVE INTERIOR DESIGNERS)の池田篤士さん・花岡大輔さんが制作した『4D Flower』は、材料の自己修復・変形性、物理化学現象を応用して「4D(時間軸)」の要素を加えた、デジタルファブリケーションによる作品。

『4D flowerを動画で観る

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高齢化の進む日本では、2030年には病院でのケアが受けられない「看取り難民」が約47万人に到達し、亡くなる人の1/4が十分なケアを受けられずに最期を迎えると予測されています(厚生労働省「将来人口推計」より)。そのため、ケアのフィールドが病院から在宅の現場へと徐々に移行していくように国の政策が進められていますが、今後必要とされる医療リソースが不足することは明らかです。また、こうした課題に向けて医療だけで対策を進めていくことは難しく、さまざまな領域とのコラボレーションが大切だと思います。

 

この連載では、とくに先進的なテクノロジー分野と看護の協働をテーマに掲げていますが、なかでも今回は「ものづくり」でケアを支援する未来について考えたいと思います。

 

私たち看護師は、普段からさまざまな「もの」を仕事に生かしてきました。例えば、口腔内に含む食べ物の量が多い患者さんの誤嚥を防ぐためには、小さめのスプーンを選択することで一口あたりの量を減らすことができます。これは食事介助や見守りのケアを「もの」が部分的に支援している一例です。同様に私たち看護師が行うケアの意図を「もの」の選択によって伝え、提供する場面は他にもたくさんあると思います。

 

今回ご紹介する3Dプリンタなどのデジタル工作機を用いた「デジタルファブリケーション」は、このように「ものを選ぶ」ことからさらに一歩進んで、看護師自身が個々の患者ケアに最適化した「ものをつくる」という発想を促します。

 

★ Digital Fabrication:レーザーカッターや3Dプリンタなどのデジタル工作機械によって、木材やアクリルなどのさまざまな素材を成形する技術。

 

以下、まずはものづくりの歴史を紐解きつつ3Dプリンタによるものづくりについてご紹介し、この技術が看護師の取り組みの中でどのように活躍できるのか、具体的な事例をもとに想像を膨らませてみたいと思います。

 

「21世紀の産業革命」/ 大量生産から少量多品種へ

 

18〜19世紀に起きた産業革命でそれまで手作業だったものづくりが機械によって高度に効率化が図られた結果、大量生産と大量消費が社会に根付きました。いま実際に自身の身の回りを振り返ってみると、改めて多くの「もの」に囲まれた生活を送っていることに気づきます。そしてこのようなものたちのほとんどは、同じものが数え切れないほど同時にたくさん生産されているのです。

 

そして近年、インターネットやさまざまなテクノロジーが急速に発達するにつれて、また新たな革命の波が起ころうとしています。米国のジャーナリスト、クリス・アンダーソンが執筆した『Makers』(関美和訳、NHK出版、2012年)には、その副題に“21世紀の産業革命が始まる”と記されているとおり、ネットを介した人と人同士のやり取りを通じて18世紀以前とはまた違う意味での小規模でパーソナルなものづくりが社会に波及していく未来が語られています。

 

この本で中心的に触れられている「デジタルファブリケーション機器」と呼ばれる電子工作ツールは、コンピュータ上で作成し画面上に表示されたデータを、手に取れる物体として忠実に「出力」することが可能です。これにより、従来は職人のような鍛錬が必要だった加工技術を熟練技を持たない個人でも手にすることが可能になりました。

 

例えば大きな工場では、製品の形や仕様を十分吟味し大量生産のラインに載せられるよう調整をしたうえで、一気にたくさんのものをつくる必要があります。そうすることで製品一つあたりに必要な時間や原価を最小限に抑えることができるのです。しかし、その代わりにもし何か失敗があればすべての製品が無駄になってしまうおそれがあります。

 

一方、デジタルファブリケーションでは、自分自身の頭に浮かんだアイディアや発想をすぐに具体的な形にすることが可能です。形や色、大きさを思いついたら「とりあえず、つくってみる!」ことができるのです。実際に完成してみないと、あるいは使ってみないと効果がわからないものもたった一つだけその場で製品化できるわけです。また、工場のように広い場所や高価で高度な設備、それを扱う人員も必要なく、用いられる道具(3Dプリンタ)は部屋の中に置かれたテーブルに収まるほどのサイズしかありません。

 

数年前まで1台数百万円もしていた3Dプリンタは、近年価格が下がり一般人でも手が届くものになってきました。安ければ3万円から入手でき、精度が高く使いやすいものでも10~20万円前後で購入が可能です。私の自宅にも3台の3Dプリンタが電子レンジのように並んでいます。それはかつて建物のフロアを占領していた初期のコンピュータが、今日のようにコンパクト化し普及することが予想もされなかったのと似ています。もしかするとそう遠くない日に家電になった3Dプリンタが一家に一台置かれている光景を見るのも日常になるかもしれません。

 

3Dプリンタのしくみ

 

3Dプリンタには、コンピュータ上でつくられたバーチャルな形を実際の「もの」として出力する(製造する)プロセスにいくつかのバリエーションがあります。ここでは、一般的に購入可能な「熱溶解積層方式(FDM方式)」を紹介したいと思います。このFDM方式はフィラメントという紐状の素材を加熱によって溶かし、それをソフトクリームのように少しずつ積み上げて、自然に冷却しながらだんだんと形を生成していきます。

 

 

  

 

 

下の写真は、3Dプリントによるギプスの試作品ですが、腕の太さや指の位置など特定の身体の特徴に合わせて作成しています。一人ひとりの身体や各々が抱えている課題に応じてものをつくることが可能であり、壊れたりもう一つ同じものが必要になったときには、元の作成データから複製することができます。さらに、大きさや長さなどが利用者に合わない場合はデータを再編集して調整したものを出力したり、よくできたものをモデルにして他の患者へ応用していくことも可能です。

 

 

 

 

看護とデジタルファブリケーション

 

この3Dプリンタには医療現場でも期待が高まっており、医師の手術用練習モデルを研究している施設や、義足の開発に取り組む企業などでさまざまな取り組みが始まっていますが、看護ではまだまだ事例が限られています。しかし、疾患や身体状況への複雑な対応を必要とし、家族への支援も踏まえる看護ケアはどの職種よりもその対応も対象もバリエーションと個別性に富んでいるといえます。したがって、多品種少量生産が可能なデジタルファブリケーションこそ、看護が現場で抱えている課題により大きな力を発揮できるのではないでしょうか?

 

私が所属する慶應義塾大学 田中/宮川共同研究室では、看護ケアの支援にこうしたものづくりの力を活かすための応用研究が進められています。看護学生とデザインを学ぶ学生が臨床現場とディスカッションを繰り返し、日々現場のニーズを拾い上げながらコラボレーションを行っています。

 

>> 看護とデジタルファブリケーション

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>> 連載のはじめに(これまでの記事)

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教養と看護 編集部のページ日本看護協会出版会

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