『人生、ただいま修行中』 ── 11月1日(金)より、新宿武蔵野館他全国順次公開 ── 監督・撮影・編集:ニコラ・フィリベール 2018年/フランス/フランス語/105分/アメリカンビスタ/5.1ch/カラー 英題:Each and Every Moment/日本語字幕:丸山垂穂/字幕監修:西川瑞希 配給:ロングライド/後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本 文部科学省特別選定(青年、成人向き)文部科学省選定(少年向き) 東京都推奨映画/厚生労働省社会保障審議会推薦 https://longride.jp/tadaima/

©Archipel 35, France 3 Cinéma, Longride -2018

“ほどよい距離感が描き出す現場のリアリティ

 

現在公開中のドキュメンタリー映画人生、ただいま修行中は、フランス・パリ郊外にあるクロワ・サンシモン看護学校で学ぶ学生たちの成長を追った作品です。実習や演習を通して教師や先輩、そして患者からさまざまなことを吸収していく若者たちの奮闘が生き生きと描かれており、その毎日は日本の看護学生が送る日々と変わらない喜怒哀楽に満ちています。また一方で、実習内容の濃さや学生の権利や責任についてのスタンス、性別や年齢はもとより人種や境遇の幅広さといった、国や文化の違いに驚く場面も少なくありません。

 

 

監督のニコラ・フィリベール氏はこれまで、例えば『パリ、ルーヴル美術館の秘密』(1990年)で美術館を支える人々の姿を、『音のない世界で』(1992年)ではろう学校に通う子どもたちの日々を、そして『僕の好きな先生』(2002年)では田舎の小学校に勤める教師と生徒たちとの交流を、静かに愛おしむように描いてきました。

 

本作『人生、ただいま修行中』は、フィリベール監督自身が肺塞栓症を患い、救急搬送されて一命を取り留めた経験をきっかけに制作されました。病院で看護師の仕事を目の当たりにし、それがどれほど人間的に豊かな仕事であるかを知った監督は、なぜ若者たちがこの仕事に対し強いモチベーションを持つのか、そこに強い興味を抱いたのです。また、人間とじかに接触する機会が減りどんどん個人主義になっていく世の中で、看護という仕事がいかに大きな価値を持っているかを、人々に知ってもらいたかったともいいます。

 

 

今回、映画の公開に先立って来日されたフィリベール監督にお会いし、多忙なイベントの合間に少しだけお話を聞くことができました。敷居が高いはずの医療現場を舞台に、これほどみずみずしいリアリティに富んだ映像を収めることができたのはどうしてなのか、以下のように語ってくれました。

 

 

編集部:今回の作品は看護学校と病院が舞台ですが、学生や患者ら当事者のさまざまな感情が常に入り交じる現場で、まるでそこにカメラが無いかのように人々の自然なふるまいが映し出されています。なぜ監督はいつも、さまざまな現場の時間に溶け込むような撮影ができるのでしょうか?

 

ニコラ・フィリベール:そうですね。たとえば私の作品について「観察映画」「観察ドキュメンタリー」などと形容する批評を聞くことがありますが、この「観察」という言葉は、私の仕事においては全く意味を持ちません。なぜなら、私は自分が撮りたいと思う人たちと一緒に、そこで今から起ころうとしていることを共に体験しながら、その状況に私自身が順応して撮っているだけだからです。

 

私は、何か「こういうものが撮れるのではないか」とじっと身構えて、その場所の様子を捉えようとしているわけではありません。目の前でただ起こること、私の被写体が「これは撮ってもいいよ」と私に差し出してくれるものを撮りつつ、それを一緒にシェアしているような感じでしょうか……。私はその時、本当にその中にどっぷりと浸かっているので、被写体の外側ではなく、彼らと常に共にいる状態なのです。

 

 

私自身がそこで大切にしているのは、「ほどよい距離感」です。例えばそれは看護師と患者の関係にも似ているところがあると思います。看護師たちは患者を前に、溢れ出る感情を抑えなければならないときもあるし、かといって気持ちを抑えすぎて自分の殻に閉じこもり、冷たい機械的な看護をするのもよくありませんよね。そしてそれは、看護師やドキュメンタリー作家だけに共通する人間同士の関係性ではないと思うのです。

 

例えば生徒と教師との間にも、その「ほどよい距離感」は必要ですし、子どもたちにとってあまり親しすぎる友達みたいな母や父より、少し威厳のある親のほうがいい。そのように、どんな人間関係においても必要なバランスと距離感というものがあるのです。ですから、映画の観客が登場人物に100%の感情移入をするのも、その意味では危険なことです。人々がスクリーンで目にしている人物に対し適度の距離感を持てるような環境や状況を、私は映画監督としてつくり出しているのだと思います。

 

 

ただ一つ付け加えるとすれば、ドキュメンタリーの現場でカメラが回り始めることによって、それまでの現実に影響を与え、改変してしまうことは必ずあります。その意味で私がカメラに収めている現実は、カメラが全くないときの客観的現実ではありません。

──2019.10.9 聖路加国際病院にて

 

 

映画の終盤では、実習を終えた学生一人ひとりに指導者が時間をかけて面談を行う場面が映し出されます。そこでは、共通のプロフェッションを支えに生きていく大人として学生たちと向き合う姿勢が明確に伝わってきます。患者と対峙する際に必要な人間的モラルと、看護師自身が生きていく社会がよりどころとする自由と責任(=距離感)とが、実は地続きであることを垣間見たような気がします。

 

(編集部)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初心が思い起こされることで得られた、気づきと学び。

 

 

看護師・Mさん

 

日本人の女性ばかりの学生生活を送った自分としては、はじめの看護学校の場面で、その人種の多様さにただただ驚きました。しかし、手洗いの演習にはじまり、血圧測定、シリンジの空気抜き、注射の手技に苦労する姿などは、自らの学生時代と合致する点が多く、なんだか懐かしい気持ちになりました。ときにユーモアやアドリブを交えたシミュレーション演習の場面など、昨今の日本の看護教育と変わらないことも多く、「看護教育って万国共通なのだな」と安心しながら、映し出される映像を少し先輩気取りで眺めていました。

 

看護学校から病院に場所を移し、学生らが実習に取り組む姿が映し出されたときには、抜糸や採血、点滴などを行っている姿に目を疑いました。日本であれば、看護師1年目で経験するようなことばかり。フランスの看護実習は、日本でいうところの臨床研修的な位置づけとされているのだと思い込んで気を落ち着かせました。

 

もちろん、カメラの後ろで教員や現場の看護師が見守っているのでしょうが、不安そうな表情を浮かべながらぎこちない手技で行う学生とそれをまた不安そうに見ている患者さんの様子がクローズアップされるシーンでは、新人看護師だったころの感情がフラッシュバックして、観ているこちらまで不安や緊張が高まってきました。

 

再び看護学校に場所を戻し、実習を終えた学生と教員の1on1面談のシーンに変わります。実習で体験した数々のリアリティ・ショックを面談の場で吐き出していく学生たち……。その感情を引き出し、受け止め、最終的にはポジティブな方向に転換させて次のステップへと後押しする教員たちの面談スキルの高さには目を見張るものがありました。

 

実習中、現場のスタッフに心ない言葉を投げかけられたり、態度を示されたりしたことにより、涙を流した経験がある人は少なくないと思います。もちろん、学生の態度に問題があるケースもありますし、現場のプロとして、ときに厳しく接することは臨床の指導者らの役割とも言えるでしょう。そこに求められるのは、看護教員と学生間の丁寧な対話なのかもしれないと考えさせられました。

 ちなみに、映画の中ではフランスの看護教育、医療制度、看護職の置かれている立場などについての解説はありません。けれども、学生たちの様子や会話からそれを垣間見ることは可能です。映像によって切り取られた一瞬一瞬の出来事に初心が思い起こされるとともに、経験を重ねた今だからこそ得られる気づきや学びがありました。

 

 

 

看護学生1人ひとりを応援したくなる

 

 

看護師・Hさん

 

映画は看護学校での授業の様子から始まります。自分自身の学生時代と重なる部分もあり、懐かしい気持ちに……。手洗いの後に汚れが残っていないか確認するところでは、フランスでも同じことをするのかと親近感を覚え、アンプルから薬液を吸うシーンではシリンジの持ち方が独特な学生に「針刺ししないでね」とハラハラしたり。気分はプリセプターです。

 

実習先での学生たちの姿も追っていて、手術前の患者に事前準備について説明をしたり、実際に患者の傷を消毒したりする場面があります。消毒の途中で清潔なガーゼの取り扱いに混乱し、見守っていた看護師にアドバイスをもらうシーンには共感を覚えました。セッシを持ち替えればいいだけなのに、頭の中が真っ白になってしまうんだよね……と新人のころの記憶が頭に浮かんできます。「エビデンスに基づく手順を守って練習を重ねれば、いずれは冷静にスムースにできるようになるよ!」と応援したくなりました。

 

実習終了後に、看護教員と振り返りを行っているシーンもあります。1対1で行う振り返りでは、実習担当看護師との関係、家庭の事情、患者の背景などさまざまなことに悩んだ学生の姿が見えました。自分で答えを出せた学生もいれば、悩み続けている学生もいます。教員が一方的にアドバイスするのではなく、学生が考えるためのきっかけとなるような言葉を返していたのが印象的でした。このような振り返り面談は、実習でつらいことがあっても迷いや悩みを伝えられる場所があるという心強さにつながると思います。そして、実習での体験を口頭で説明することで自分の中での学びを確実なものにできるだろうなと、ちょっぴりうらやましい気持ちになりました。

 

映画では、看護学生の日常を1つひとつ丁寧に捉えていて、どの学生のことも応援したくなります。エンドロールが終わってしまったときには、「彼ら彼女らは看護師になれたかな」とその後がとても気になりました。

 

映画全体を通して驚いたのは「フランスでは看護学生のころからこんなに実践的な学びをしているのか」ということです。患者と深くかかわる体験を重ねることで、看護師になったときのリアリティ・ショックが和らぐのではないかと思います。このような教育制度のあるフランスの看護師事情をもっと知りたくなりました。

 

──月刊「看護」2019年11月号「『人生、ただいま修行中』を一歩先にWatch!」より

©Archipel 35, France 3 Cinéma, Longride -2018

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作 品 を 観 た

看 護 師 の

感 想 は …

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教養と看護編集部のページ日本看護協会出版会  © Japanese Nursing Association Publishing Company

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