特集:ナイチンゲールの越境 ──[建築] 建築家が読む『病院覚え書』 text by 長澤 泰

建設後100年を経て行われたセント・トーマス病院の病棟評価において、古いナイチンゲール病棟は予想に反し患者やスタッフの満足度が決して低くなかった。この事実は機能のみを追究し続けた20世紀の病院建築への警鐘受け止めるべきではないか...(St. Thomas' s Hospital: Children' s Ward 1920 / CC BY 4.0)

世界初の病院建築家

 

ナイチンゲールは『病院覚え書1)の中で、「良い病棟とは、見かけが良いことでなく、患者に常時、新鮮な空気と光、それに伴う適切な室温を供給しうる構造のものである2)と述べている。このことは、病院の機能を患者の視点からとらえ、それを明確に建築に反映させようというナイチンゲールの姿勢を如実に表している。現在、誰しも病院建築が機能的建築であることに疑いを持たないが、建築史の中でもこの機能主義は20世紀になって普及した考え方である。

 

J. D. ThompsonとG. Goldinはその著書3)で、歴史的な病院建築の平面計画を「転用された平面(Derived Plan)」と「計画された平面(Designed Plan)」とに分けている。かつては、修道院・宮殿・大邸宅などが病院に転用された例がほとんどであり、外観は壮麗であっても、室内環境は劣悪で、とても機能的とはいえなかった。この点からナイチンゲールの病院建築の機能主義的位置づけは重要で、これを嚆矢として、現代に至る機能的建築としての病院が出現したのである。この視点からすれば、ナイチンゲールは歴史上初の病院建築家といえよう。

 

ナイチンゲールはクリミア戦争から帰国して、スクタリの野戦病院での環境改善が傷病者の死亡率を下げたことを統計学者の協力による分析を経て確信を持ち、『看護覚え書4)と相前後して、『病院覚え書』第1版(1858を出版した。

 

筆者注 ● ナイチンゲールは病院での看護よりは家庭における看護を念頭において『看護覚え書』を著述している。この点は在宅ケアを含む我が国の地域包括ケアにとって参考となる内容である。

 

これは英国の野戦病院や兵舎の改善を目指したものであったが、ナイチンゲールの名声は病院建築全般の改善を求める声を引き起こした。彼女は英国だけでなくヨーロッパの多くの病院を訪問して現状を観察し、これまでの看護や管理の経験を基礎に『病院覚え書』第2版を加筆、その後多くの部分をさらに書き直して、第3版1)が1863年に刊行された。

 

第3版はまず、①既存の病院に対する衛生的見地からの指摘に始まり、②内科系・外科系患者の治療を進めるうえでの施設的障害を述べ、そして ③新しく病院を建てる際の基本原理を示し、さらに ④改善された病院事例を通して原理の確認をし、この病院から速やかに退院できるように ⑤回復期病院の必要性を説き、成人と異なる⑥こども病院の建築特性を記述し、最後に国際統計学会で採用された ⑦病院統計について修正提案を行う、という構成になっている。

 

本稿では、ナイチンゲールが提唱した病院建築形態を「ナイチンゲール病院」と称して、まず ④の事例を検討したうえで、③の基本原理をまとめてみたい。

 

 

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長澤 泰  ながさわやすし

東京大学名誉教授、工学院大学名誉教授/工学博士/一級建築士。1944年生まれ。専門は病院建築計画学。国際病院設備連盟(IFHE)会長・日本医療福祉建築協会(JIHa)会長・日本医療福祉設備協会(HEAJ)副会長・日本医業経営コンサルタント協会(JAHMC)副会長・国際建築家連合公衆衛生部会(UIA/PHG)理事・日本医療病院管理学会理事(JSHA)などを歴任。現在、世界各国の大学と連携してGUPHA(Grobal University Programs for Healthcare Architecture)を組織し、2050年の病院やヘルスケア環境のあり方を世界的規模で検討している。

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