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「演じる」と「介護する」の関係を見つめて

俳優で介護福祉士の菅原直樹さんが、ユニークなケアの現場を訪ねます。

編集協力 = 石川奈々子

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 第 一 幕

いしいさん家(千葉県)

石井英寿さん

千葉県郊外の住宅地にある2階建ての家屋。スタッフと一緒にご飯を食べたり、お茶を飲んだり、訪ねてきた家族と楽しそうに談笑するおじいちゃん・おばあちゃんたちでどの部屋も賑やかです。その中を自由に歩き回る子どもたちの姿もあって、一見、誰がケアする人で、誰がされる人なのかわからない……。そんな「宅老所いしいさん家」の代表・石井英寿さんにお話を伺いました。

 

 

 

「僕たちのやっていることって“介護”じゃないよね」

菅原──僕は介護と演劇の相性のよさを感じていろいろと発信していますが、「アートとケアの関係性」については、実はまだきちんと言葉にできないでいます。今日は、石井さんからお話を聞くことで、何かそのきっかけをつかむことができたらいいなと思っています。

 

石井──僕は仕事していて、「これは“介護”じゃないな」と思うことがあるんだよね。例えば、施設の敷地内から出て行く人がいて、トラブルが起きないように目を離さずについて行くことがあります。でも、果たしてこれが介護なのかと言うと、ちょっと違う気がするんです。

 

菅原──歩くことに付き添うっていうのは、大規模な施設にいるとなかなか難しいですよね。

 

石井──難しいよね(笑)。僕も介護老人保健施設に8年いたけど、1日の時間割が決まってるからね、なかなかできませんでした。本人は家に帰りたくて出て行っちゃう。でも、家に帰る途中で道がわからなくなってこちらを頼って話しかけてきたりして、コミュニケーションがすこしとれるようになります。そうすると、どういう人かがだんだんわかってきて。そういう点では、一緒に歩くことにもメリットがあるんだよね。

 

菅原──通行人に何かしないかなとドキドキしながら、ただ歩くんですよね。

 

「いしいさん家(ち)」は2006年、石井英寿さんが妻とともに千葉市に開設した宅老所。今回は2008年に開所した「みもみのいしいさん家」を訪問し、お話を伺った。いしいさん家では時間割や決まりがなく、利用者は自宅で過ごすように思い思いのときを過ごす。利用者以外にも家族、病気や障害を抱えた人、子どもたちなどさまざまな地域の人たちが集まる。2017年には訪問看護事業もスタート、訪問看護師も常駐している。

 

 

石井──そうそう(笑)。うち(いしいさん家には、前頭側頭型認知症の方が結構いて、そういう人はこだわりが強くて「デイサービスに行きましょう」と言っても「年寄りのいるところなんて嫌だ」って言って来たがらない。そういうときは、特に初期のかかわり方が大切だと思っていて、まず、関係づくりから始めるわけです。例えば、用事を足しに行く途中でご自宅に寄って、「ちょっと県庁まで行きましょうか」と誘って一緒に行ったり、利用日じゃない日でもご自宅に顔を出したり電話したりする。そうすると、向こうも「こいつは悪い奴じゃないな」と思ってくれるわけです。スタッフには「仕事じゃないのになんで行くの」「お金にならないじゃない」って言われるんだけどね。デイサービスの利用を断る人の生活歴を紐といてみると、社長だった人や仕事人間だった人も多くて、そういう人には「デイサービスを受ける」という「辞令」を出してみたり(笑)。

 

菅原──人生のストーリーを考えたら、人によってかかわり方が違うのは当たり前なんですよね。認知症の方が求めているのは、もしかしたらそういうことなのかもしれないですね。今がいつで、ここがどこで、目の前の人が誰なのかがわからなくなったとき、「いやここは○○ですよ、私は○○ですよ」って教えて現実に戻すのがいいのか……。本人は、不安定な世界を1人で生きてるわけです。周りからは「あれはダメ」「これはダメ」って言われて、自分が自分でなくなるような不安があると思います。

 

 

石井──そうだよね。まずは、この人なら安心できるかもって思ってもらえることを大事にしています。施設で働いていたときは、みんなに毎日同じように過ごしてもらうことにジレンマがありましたね、自分がこの施設に入っていたら楽しくないなって。1人ひとりと向き合えていないなっていう実感があって、宅老所をつくりたいと思うようになりました。

 

菅原──ねばり強くかかわっていくと、名前は出てこないけどこの顔は見覚えがあるって、すこし安心感が出てくる。

 

石井──そこは不思議! デイサービスのお迎えの車にスッと乗ってくれるようになったときは、うれしいよね。ちょっとした快感(笑)。乗ってくれなくて空振りの日も結構多くて、それを時間がもったいないと思う人もいるけれど、「私をいつも見てくれている」と感じてもらえるようなビームを常に出し続けることが大切かなと思います。

 

 

相手のストーリーの脇役になる

菅原──認知症になると、家族もご本人が異質な人になってしまうような恐怖や不安があると思うんです。僕たちも最初は困って大変だったりもするけれど、寄り添っていくうちに信頼関係が築けることは感動的ですよね。

 

石井──まさにその通りです。介護保険施設では、入浴・食事・排泄と忙しく走り回り、その人と点でしかかかわれないから、どうしても仕事をこなす感じになりがちです。でも、そんな中でも信頼関係を築けることがこの仕事の魅力の1つですね。

 

 

 

菅原──感動があると、認知症になってもこれまでと同じ人なんだなと感じます。

 

石井──それはすごく感じますね。介護の仕事って、その人の幸せや健康を家族と一緒に支えながら、残り少ない人生を充実させることであって、入浴・食事・排泄はその手段でしかないんだよね。僕は独立して、介護って楽しいんだなって思えるようになりました。

 

菅原──施設には時間割があって、入浴や食事の時間を気にしながら、どうしてもこちら側の都合で介護をしなくてはいけなくなる。介護職は介護職のストーリーを生きていて、忙しくなるとお風呂のことで頭がいっぱいになるわけです。ご本人は、そんなときに「田植えに行きたい」とか「家に帰る!」って言うわけですよ(笑)。

 

石井──とんちんかんなことをね。

 

菅原──お互いのストーリーがずれるわけです。そのとき自分のストーリーの支配から抜け出せるかどうかが鍵なんですが、時間に追われていたら抜け出せない。それで「家には帰れないですよ、お風呂に行きましょう」ってなって、お互い意固地になってしまうわけです。

 

石井──ぶつかり合っちゃう。

 

菅原──そういうときは、相手のストーリーの脇役になるぐらいの気持ちが大切なのかな。

 

 

   

宅老所:認知症などを抱える高齢者が地域で生活できるように、介護保険サービスの枠外で民間独自のきめ細かな福祉サービスを提供している施設。デイサービス、訪問サービス、ショートステイをはじめ独自のサービスが提供されており、家庭的な雰囲気の中で1人ひとりに合わせた柔軟なケアを提供している。民家を改修した小規模施設が多い。2006年介護保険法改正に伴い新設された「小規模多機能型居宅介護」のモデルとされる。なお、高齢者のほか障害者や児童も対象としている宅老所は「宅幼老所」と呼ばれている。

 

教養と看護編集部のページ日本看護協会出版会

© Japanese Nursing Association Publishing Company

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