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考えること、学ぶこと。

トタン屋根の雨音、

すき焼きの味。

「記憶の色彩」イベントリポー

text by

  金子あゆ(編集部)

2018年10月6日、東京・麹町の高齢者複合施設「ジロール麹町*1に併設された地域交流スペース「きのこカフェ」で、当社主催のワークショップ・イベント「記憶の色彩」を開催しました。高齢者を中心とする参加者が持参した古い白黒写真を、スマートフォンやタブレットを使ってカラー化し、その写真を囲んで当時の思い出を語り合うこの催しは、人工知能(AI)による自動色付け技術を新たなコミュニケーションの創発につなげるもので、東京大学大学院情報学環教授の渡邉英徳さ2にご協力をいただき実現しました。

 

1ジロール麹町:運営母体は、認知症ケアの先駆けとして知られているきのこグループ。カフェは常設で、地域向けに開かれている。

 

わたなべ・ひでのり:株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテイメント)、首都大学東京システムデザイン学部准教授を経て2018年より現職。戦争や災害のさまざまな記録資料を、最新の情報技術を用いて新たなコミュニケーションの創発に結びつける研究に取り組む。「東日本大震災アーカイブ」「沖縄戦デジタルアーカイブ~戦世からぬ伝言」などを手がける。研究活動の詳細はこちら

 

色が付くことで過去と現在がつながる

 

まずはじめに、渡邉さんが、これまでご自身が関わられてきた太平洋戦争当時の白黒写真のカラー化体験の様子を映像で紹介しました。

 

広島女学院高等学校(広島市)の生徒たちは、原子爆弾が投下される前の広島で撮影された白黒写真のカラー化を進めています。写真に色が付いたことで、「今の私たちと変わらない日常が奪われたことを、より実感することができた」と、生徒たちは感想を語っていました。現在も有志の生徒が当時を知る被爆者と対話を重ね、彼らの記憶の中の色を聞き取ることで、AIではとらえきれない実際の色に近づくように、手作業で補正を行っているそうです。

 

「過去と現在は地続きなのに、白黒写真で見ると分断があるよう感じます。カラー化によって、過去と現在をつなぐ懸け橋になれれば……」と語る渡邉さん(左奥)。

 

 

悪戦苦闘の色付け体験

 

ここから、いよいよ参加者自身による色付け体験です。以下の手順で、誰でも比較的簡単に行うことができます。

 

  1. 持参した白黒写真を、写真スキャンアプリ「フォトスキャンiOSAndroid)を使ってスマートフォンやタブレットで撮影 → 画像をデータ化する

  2. 白黒のデータをカラーへ変換することができるWebサイトにアクセス

  3. 画像データをサイトにアップロードし「色付け!」ボタンを押す

 

 

作 業 例

 

 

作業としては複雑ではありませんが、実際にやってみると、写真が反っていてきれいにスキャンできなかったり、取り込んだ画像データがどこに保存されたのかわからなかったり、元の写真の色あせが強すぎて色付けがうまくいかない(白黒の濃淡によってAIが色を判断するため)など次々とトラブルが発生! 渡邉さん、引っ張りだこです。

 

イベント開始時には「東大の偉い先生が来るのか」と緊張気味だった参加者も、渡邉さんが40代と若いこともあってか、この頃にはすっかり息子?・孫?のように打ち解けていました。

 

 

カラー化作業の際に、あちこちからヘルプを求められ、大忙しの渡邉さん。

 

 

写真1枚1枚に閉じ込められていた、大切な思い出がよみがえる

 

参加者が持参された写真はそれぞれに大切な思い出があり、それらに色が付いたことで、当時の思い出がより鮮明によみがえってきたようでした。色が付いた写真をまわりの参加者が見て、当時の状況について質問したり逆に自分のその当時の思い出を語ったりと、話は尽きません。

 

1枚の写真にまつわる、印象的なエピソードがありました。写真の持ち主は90代後半とおぼしき品の良い女性Aさん。息子さんとその奥さまとご一緒の参加でした。ご持参されたのは、戦後の焼け野原にぽつんと立つ1軒の質素な家と、その前の草むらに座っている娘さん、甥御さんと姪御さんの写真でした。

 

参加者が持参された大切な思い出の写真の1枚。

 

 

息子さんご夫妻がカラー化作業に挑まれていましたが、すぐにうまくはいかず、いろいろと悪戦苦闘されていました。その間じっとされていたAさんは、だんだんと眠くなってきてしまったようです。

 

苦戦の末、ようやく色付けが完了し、植物があざやかな緑色になりました。息子さんが「母さん、ほら、こんなきれいに色が付いたよ。どう?」と声をかけたところ、それまでうつらうつらされていたAさんでしたが、目を開き色の付いた写真を見て、「あー、トタン屋根のおうちだ! あのね、ここですき焼きを食べたの」と、すかさずおっしゃったのです。

 

「えー! こんなバラックの家ですき焼き食べたの? ホントかなー」と息子さんが驚くと、「本当だもん。ボロボロのトタン屋根で、雨が降るとうるさくて眠れなかったんだけど、中ではすき焼き食べてたんだからねー。おかしいよね(笑)。でもすごくおいしかったわ」と笑顔でお話しされました。

 

 

たしかに、この屋根の下で“すき焼き”の晩餐、というのは想像しづらいかもしれませんね。

 

 

後に息子さんご夫妻からお聞きしたのですが、Aさんがお若い頃、ご一家は裕福で大きな家にお住まいだったそうです。しかし戦争で家が焼けてしまい、しばらくは写真のような粗末な家で生活されていたとのこと。さぞ不本意だったことと思いますが、トタン屋根に雨が当たる音がものめずらしく、かえって印象に残っていたのかもしれません。また、そのような暮らしの中でも、せめて食べるものくらいはちょっと贅沢しようとご両親が考えた日があったのかもしれません。たった1枚の小さな白黒の写真に色が付くことで、「音」や「におい」や「味」までよみがえるのはすごいことだと思いました。

 

色が付いた画像をカラープリントして、再び紙の写真に

 

参加者が一通りカラー化作業を終えたところで、カラープリンタで再び紙の写真に印刷し、参加者一人ひとりにお渡ししました。皆さん、たいへん喜んでくださいました。

 

スマホやタブレットの画面で見ていたものと、紙に印刷されたカラー写真では、印象はなんとなく異なります。少し専門的なことをいえば、画面で見る色は光の3原色によるRGBカラーで、印刷された色は色料の3原色にもとづくCMYカラーなので、どうしても違いがあります。しかしそんな理屈ではなく、今回の参加者のように長年カラープリントを見慣れてきた世代にとっては、モニター画面を通して見ることよりも、手に取れる紙に印刷された色のほうに親近感を抱くものなのかもしれません。

 

逆に言えば、子どもの頃からスマホやパソコンが普通にあった若い世代にとっては、プリント写真の色はなじみが薄く、なんとなく違和感を抱くこともあるのかもしれないな、とも思いました。

 

4世代そろって

「はい、ポーズ!」

 

会場を提供してくださった「きのこカフェ」の責任者・柴山延子さんも、お母様と小学生の娘さんといっしょに参加してくださいました。奇しくもこの日は柴山さんのおばあさまのご命日とのことで、生前の写真をご持参いただきました。鮮やかに色が付いた着物を見て、おばあさまがお元気だった頃のことをより鮮明に思い出されたようでした。

 

最後に、おばあさまの写真を手に、3人の写真を撮らせていただきました。4世代の女性がそろった記念写真は、とてもすてきでした。

 

 

イベントの開催に快くご協力をいただいた、きのこカフェ責任者の柴山延子さん(上)と、柴山さんのおばあさま(下)。

 

 

イベント開催前は、白黒写真に色が付くというだけで参加者に楽しんでいただけるのか、知らない人の思い出を聞いて話が弾むのかなど、不安なことがたくさんありましたが、想像していた以上に盛り上がり、ホッとしました。同時に「色彩」は視覚だけでなく、聴覚や味覚、嗅覚など五感をも呼び覚ますこと、そして「色彩」が人の生活に密接に関わり、影響を与えていることを再認識することができました。

 

(おわり)

 

当社営業部長の上野もカラー化を体験!

(左:旅先の知人と/右:純真無垢な少年時代)

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