interview

言葉を待つ 谷川俊太郎 後 編

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言葉の安売り王

 

西村 先ほどの「意識下」の問題との関連で考えると、谷川さんという意識を持った「自分」が、他者であるすべての「あなた」に向けて意識の外にある言葉を見つけて語りかけようとされているわけですね。これはたいへんな挑戦だと思いますが、そうするとそこで交わされる言葉の性質というものは限りなく無私というか、抽象化されてどんどん透明になっていくような…。

 

谷川 なかなか透明にはならないけど、私が「あなた」に溶け込んでいく、もしくは侵入していく、あるいは混ざり合っちゃうような感覚が詩にはありますね。作者と読者を対立的に考えず、二つの存在が溶け合うみたいな感覚がね。

 

西村 たとえばこうして一緒に話をしていると、自分が言ったことなのか他人の語ったことなのかがわからなくなったり、あるいはスポーツやダンスなどで一緒に動いていると互いの身体の境目がなくなるような、ぼんやりした感覚で生きていることって現実に起こっている気がします。先ほど、日常の言葉ではものごとが基本的に二つずつに分けられていくと言われましたが、自分と他者もそうですね。それを区別しないまま受け止めることがすごく大事な気がします。

 

谷川 僕は詩を書いているとき以外は他人と離れちゃう人なんですよ。デタッチメントというのが僕の態度の基本にあります。だから1対1の関係になるのは恋愛や結婚しかないわけですね。僕はゲイじゃないから、つまり女の人としかそういう経験がない。

 

それ以外は全部言語の上だけなんです。だけど僕の詩を読んだ人が目の前で泣いたりしてくれるとやっぱり嬉しいんですよね。それは迷惑でもあるんだけれども、自分の言葉にこれだけ感動してくれたというのは、その言葉が自分のものだけではなくなっていることを思わせてくれるんですよ。

 

その状況を突き詰めると、たとえばビートルズのようになるんです。彼らの場合は音楽の力があるからまたちょっと違うんだけど、その力はものすごくて、一歩間違えればある種の全体主義になっちゃいます。

 

西村 そういう危険さというのは、詩にもあるんでしょうか。

 

谷川 そこまで強くはないんですけど、第二次大戦中、日本に詩の朗読部隊みたいなものがあったらしいんです。いろいろな詩人たちが戦意高揚の詩を書いて、戦後は彼らの戦争責任が問題にされたんですけどね。活字で読むのと違い、声で読む詩には人を巻き込む力がありますね。

 

西村 文字は自分から読まなければならないけれど、音は耳から勝手に入ってきますからね。それに、一緒に読むということ自体が、一体感を高めますね。

 

谷川 たとえば、旧ソビエト時代の詩人の朗読会は数万人を集めてすごい騒ぎだったらしいですよ。直接的な政治発言が許されなかったので詩人たちはたとえ話を使い、隠された意味で政治批判を行っていた。それで多くの人が朗読会に集まったんですね。詩人はそこでスターになっていたわけです。

 

西村 詩には、私たちがはっきり自覚していないものごとを短い言葉で、それも「説明」抜きの表現で触れているだけなのに、かえって強く人を引き込む力があるんですね。

 

谷川 僕自身がそのことをものすごく感じたのは、糸井重里さんや川崎徹さんらが生み出していたコピーです。そういうコマーシャルの世界に言葉の力を持っている人たちが現れたときに、僕は詩が負けたって思いましたね。先ほど言ったように僕にとって言葉は生活の糧だから、それが生む金銭の動き方をそのまま人々への影響力と考えると、優れたコピーライターの言葉の力はもう全然ケタが違う。「男は黙ってサッポロビール」なんて書かれちゃうとさ(笑)。

 

西村 谷川さんの詩は不特定多数の「あなた」に対して向けられているものだから、目的がコピーライターと似ているんですね。

 

谷川 そうなんです。非常に共通したところがある。僕から見れば糸井さんなんてそのへんの詩人よりかはるかに詩人です。言葉の力の出し方がすごいですよ。彼はまた言葉をとおして実際に物を売買するようになったから、余計にすごいんです。「ほぼ日刊イトイ新聞」は言葉から始まったものですよね。

 

西村 「自己紹介」という詩(『』思潮社、2007年に所収)に「私の言葉には値段がつくことがあります」って書いておられますね。あれもとても面白いです。

 

谷川 結構評判いいんですよね。

 

西村 それに対して糸井さんは言葉をどんどん商品化していく。全然悪いこととは思わないんですけど、そこの違いが面白いです。

 

谷川 糸井さんは僕のことを買ってくれていて、共通するものを感じてくれるんですよ。「安売り王」って言われてます(笑)。僕は褒められたと思ってるからすごくうれしいんですよ。まあ自分にとってはそうだけど、一部の詩人は詩をできるだけ金銭と関係のないものとして書いていますからそうは思わないでしょう。

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