「それくらい...」 「でも逆に...」 と言わせない。 武 田 砂 鉄

 Nursing Todayブックレット・14

#生理の貧困 を読んで

「生理の貧困」というとまず経済的な困窮状態を想像しますが、それだけではなく、この問題は虐待、性教育の不足、ジェンダー格差、生理のタブー視など様々な要素が複雑に絡んでいます。しかし経済問題だけに焦点を当て、「化粧品は買えるのに、ナプキンは買えないのか」「女性優遇だ」等々の声があるのも事実で、捉え方は千差万別のようです。ジェンダー関連の著書も多いライターの武田砂鉄さんに、男性からみた「生理の貧困」問題について論じていただきました。
 ある男子校での講演で 先日、ある男子校で講演する機会に恵まれた。テーマは「男性優位社会」、拙著『マチズモを削り取れ』を読んでくださった先生からの誘いだったのだが、生徒の皆はとにかく熱心に聞いてくれたし、質疑応答の時間にも積極的に臨んでくれた。 講演会を終え、学校のすぐそばにあったチェーンのうどん屋さんで注文していると、先生からメールが送られてくる。生徒の感想文一式が早速、ファイルで添付されていた。「そうか、もう手書きじゃないのか」と感心しつつ、生徒たちの感想を斜め読みしていると、おおよそ好評で安心する。でも、自分の学生の頃を思い出せば、「こんな感じで書いておけば喜んでくれるはず」と妙な冷静さを持っていたはずだから、話半分に受け止める。 注目すべきは、批判的な見解が含まれる感想だ。その手の感想は2割ほどだったが、そのほぼ全てが同じような意見だったのだ。 「女性専用車両があるのは不公平だと思います。自分も満員電車には乗りたくないから。」 とにかくこればかり。みんなと一緒の意見でいいやと、つられて書いた生徒もいるのかもしれないが、女性専用車両の存在を「でも、男性優位社会とは限りません」との主張や補足に使っていた。 彼らは、政界や企業の重職に女性が少ないのをおかしいと思っている。育児や介護を女性に押し付けるのはおかしいとも思っている。でも、だからといって、「男性が不利なことだってある」と言いたいらしい。うどんをすすりながら、「このあたり、もっと強く言っておけばよかったな」と後悔する。なぜ、女性専用車両が生まれたかの経緯を伝え、その状況が維持されているのは、女性の安全が確保されていないからではないかなど、話をすればよかったのだ。 どうしたら社会全体に生理が理解されるようになるのか 「生理の貧困」を議論すると、「スマホをもっているのに、たった数百円のナプキンが買えないなんておかしい」「女性優遇だ、逆差別だ」といった声があがると本書にある。女性専用車両が導入された当初から「逆差別だ」に始まる揶揄が飛び交い、議論を逸らし続けるのと同じだ。 女性にとって、生理は選べるものではない。不可抗力として、とても長い間付き合うものだ。それなのに、生理用品は軽減税率の対象になっていない。ちなみに、新聞の定期購読契約は軽減税率の対象。自分は新聞を読むのが好きなので、数紙の新聞を購入している。でも、誰にとっても必需品だとは思わない。読みたければ読めばいい。読みたくなければ読まなければいい。生理はそういうものではない。でも、よく知りもしない男性たちから「それくらい」と言われる。自身の性欲と比べるように茶化す人までいるという。無理解を棚に上げて、強い言葉をぶつける。あまりに情けない。 本書で繰り返し提言されるのが、先にもあげた生理用品の軽減税率導入と、学校のトイレへの無償設置である。「生理の貧困」と聞いて、私たちがまず頭に浮かべるのは、貧困状態の人が生理用品を買えず、トイレットペーパーで代用するなど不衛生な状態に置かれてしまうこと。だが、それだけではない。たとえば、父子家庭で父親に「ナプキンを買って」と言えないケースがある。すると、学生ならば、潤沢ではないお小遣いや貯金などから支払わなければならなくなる。親が家にあまり帰らないネグレクト状態にあり、かろうじて食事は与えられるものの、周囲からは見えにくい生理について放置されてしまうケースもある。 男性中心に作られている社会全体が生理に無理解ならば、こういったケースはいくらでも発生するのに、勝手にレアケースとして片づけられ、優遇されていると陰口まで叩かれてしまう。日本の社会制度の多くは男性の健常者に向けて作られており、会社で働く女性は、そこで働く男性と同じように振る舞うことが求められてしまう。本書で、生理休暇中の賃金を「有給」とする事業者の割合は29.0%(「令和二年度雇用均等基本調査」厚生労働省)との数値を知る。女性が生涯で生理用品に支払う金額は、最低でも45万円だという。人によって重さは違うとはいえ、生理痛や貧血、PMS(月経前症候群)に悩まされる。私のような男性は、その言葉や症状を知ってはいるものの、体感はできない。体感できないならば、正しい知識を得て、そのあり方を変えていかなければいけない。 どうしたら理解されるのか、様々な提言がなされている。実に具体的だ。その具体策を、今まで通り、曖昧にしようとする人たちがいる。「それくらい…」「でも逆に…」などと言いながら潰す。むしろ、その場面こそ、一つひとつ潰していかなければいけない。

たけだ・さてつ

1982年生まれ。ライター。東京都出身。大学卒業後、出版社で主に時事問題・ノンフィクション本の編集に携わり、2014年秋よりフリーとなる。多くの雑誌、ウェブ媒体に寄稿。インタビュー・書籍構成も手掛ける。著書に、『マチズモを削り取れ』(集英社、2021)、『偉い人ほどすぐ逃げる』(文藝春秋、2021)、『紋切型社会』(朝日出版社、2015;第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)など。2016年、第9回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞を受賞。

Nursing Today ブックレット・14 『#生理の貧困』 #みんなの生理(福井みのり) ヒオカ 吉沢豊予子 田中東子 田中ひかる 河野真太郎 著 A5判 64ページ 定価990円(本体900円+税10%)
ISBN 978-4-8180-2364-2 日本看護協会出版会(TEL:0436-23-3271) コロナ禍で生活困窮者が増加するなか、経済的理由で生理用品を購入できないことを訴えるハッシュタグ付きツイート「#生理の貧困」が話題となりました。この「生理の貧困」問題は、SNSでの発信後すぐに人々の間に広がり、やがて行政・企業等を巻き込んで社会を動かしました。一方で、「たった数百円のナプキンが買えないなんておかしい」「女性優遇だ」などのバッシングが、男性だけでなく女性からも起こっています。「生理の貧困」を経済的な問題と捉える人は多いですが、それだけなのでしょうか? 本書では、経済・社会学・医学・教育・ジェンダー・メディアなどさまざまな側面からこの問題を考察しました。 >>詳しくはこちら
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教養と看護 編集部のページ日本看護協会出版会

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