イラストレーション  : 楠木雪野

[連載] なかなか会えないときだから考える コロナ時代の対話とケア ● 高橋 綾
自分も相手も尊重するコミュニケーション ──アサーションと対話

session

「今回のひとこと〜緩和ケアの現場から」柏谷優子 ▶記事末尾へ

○  ●  >

 

前回は、対話が生まれる「安心・セーフティ」な場・関係づくりについて考えました。ただ、対話というのは傾聴とは異なり、自分も話をして互いに聴きあう双方向の関係のため、対話における「安心・セーフティ」には、相手の話を聴く時の態度だけでなく、自分の言いたいことをどのように伝えるかという、話す時の態度も重要です。

 

対話においては、言いにくいことや互いにとってネガティブなことでも、率直に話をすることが必要ですが、この「率直に話す」というのはどういうことなのでしょうか。この話を授業でした時に、対人援助職志望の学生から「あるクライアントが困ったことばかりするので苦手だ、と思っている時、その気持ちをそのまま伝えていいのだろうか」という疑問が出たことがあります。確かに、言いにくいことを率直に伝えるというと、このようなケースはどうしたらいいのか、すこし考えてしまいます。

 

ただ、ここで言う「率直さ」とは、思いついたことをなんでも言うことではなく、自分と相手にとって、本当に必要だと思うことを、「適切な形で」表明することまで含まれると筆者は考えています。しかし前回の最後に書いたように、実はこのことは簡単ではなく、すこし訓練や意識化が必要なことではあります。今回は、なぜ自分の感じていることを率直かつ適切に話すことがそれほど難しいのか、どのようなことを心がければ良いのか、アサーション(アサーティブトレーニング)を参考にしてみましょう。

 

※アサーションについての本はたくさん出版されていますが、ここでは『ナースのためのアサーション』(平木典子・沢崎達夫・野末聖香 編著、金子書房)を主に参考にしました。

 

 

アサーションとは

 

さて、アサーションとは、相手も自分も尊重したコミュニケーションのことで、「自分の考え、欲求、気持ちなどを率直に、正直に、その場の状況に最もあった適切な方法で述べること」だとされています。アサーションという考え方は、アメリカの心理・行動療法家のウォルビーによって考え出され、1970年代のアメリカでは、人種差別運動の非暴力活動家やフェミニストカウンセラーによって、自己表現ができなかった弱い立場の人たちが声をあげるための方法として注目されました。最近では、ハラスメント予防の対策として、企業等の研修でも用いられているそうです。

 

アサーションとは、単なるコミュニケーションのスキルではなく、それぞれの人が自分を表現する権利を持つ、という人権や権利を尊重するという考え方が根本にあります。誰かが黙らされる、権力を持つ人が一方的に自分の意見を言う、というような力や発言の不均衡をなくし、考え方が違う人たちが、自分も相手も尊重しつつ対等な関係を築くという理念は、対話の理念とも共通しています。

 

アサーティブな自己表現

 

アサーションでは、人の自己表現のパターンを3つに分けて考えます。1つは、相手の気持ちを無視して相手に自分の考えを押し付けたり、一方的に非難するなどの自己表現で、これを「攻撃的(アグレッシブ)な自己表現」と呼びます。このタイプの自己表現では、自分の考えや主張を伝えることを重視しているものの、それを聞く側の相手への配慮が疎かになっている、相手を大切にできていないと考えられます。それに対し、相手の気持ちや立場を考えるあまりに、自分の言いたいことが言えないという場合を「非主張的(ノンアサーティブ)な自己表現」と言い、この場合は相手には配慮できていますが、自分の気持ちや考えを表現しそこなっており、自分のことは大切にできていません。

 

この2つの対照的なコミュニケーションは、どちらも自分と他人を大切にすることのバランスが、片方に傾きすぎている例です。一方、「アサーティブな自己表現」では、このどちらでもなく、相手の気持ちや受け取り方にも配慮しつつ、自分の考えや気持ちを正直に、かつ、その場にあったやり方で表現すること、「相手も自分も大切にした自己表現」を目指します。

ナースのコミュニケーションに着目してみると、職業上、受容的・共感的でであることが求められているため、患者の言うことを受け入れなければならないと考え、「非主張的」になりがちだと言われています。また、共感的な良いナースであろうとするために、患者の言動にネガティブな感情を持つことを良くないと感じ、そもそも自分のそうした感情に向き合えないこともあるかもしれません。

 

医師との関係でも、さまざまな理由で上下・権力関係が生じてしまい、ナースが非主張的になることも多くあると思われます。ただし、非主張的であるということは、自分の思いを押し殺し我慢をしているため、他のところでそれが爆発することがあることには注意が必要です。患者や医師の言うことを受け入れなければと我慢をしすぎて、突然相手に対して攻撃的になる、医師には従っているけれども、後輩・部下のナースには強い口調になってしまう、ということに身に覚えがある方もいらっしゃるかもしれません。

 

アサーティブな表現のために大事なこと

 

さまざまな力関係や立場の違いがある状況で、ナースが相手も自分も大事にした、アサーティブなコミュニケーションをするためには、どういったことに気をつければよいでしょうか。

 

① 自分の気持ちに気づき、一時的にわきおこる感情に振り回されないようにする

 

「相手に自分の気持ちを伝える」と言いますが、その前に、自分が何を感じ、どんな気持ちでいるのかに目を向けることが重要です。日常のコミュニケーションでは、自分の感じていることをじっくり見つめたり、どのように表現するのが適切かを考える前に、言葉が先に出てしまっていることも多いです。

 

言葉が先に出てしまうことの典型的な例として、攻撃的な表現につながりがちな「怒り」の感情が挙げられます。しかし、怒りの感情は、悲しみ、心配や不安、無力感などが根本にあるために生じる「二次感情」であると言われます。例えば、服薬の指示や食事制限を守らない患者さんに対して、ナースが思わず「どうして指示を守れないんですか! そんなことをしていると病気がもっと悪化しますよ!」と強く言ってしまった場合を考えてみましょう。このナースの怒りや苛立ちの根本には、患者さんの体や病気のことへの心配や、相手のために一生懸命看護計画を立てたことが無駄になってしまったという徒労感などがあるかもしれません。

 

このような事態に対して、そうした感情を感じることはしかたがないことですが、患者さんにも事情や葛藤があるかもしれず、それに目を向けずに自分の怒りや苛立ちだけを相手にぶつけるのは、援助・ケア的なコミュニケーションとしてはあまりよいとは言えないでしょう。こうした場合は、まずは自分が感じている気持ちに気づくこと、そして怒りや苛立ちをぶつけるのではなく、その根本にある自分の気持ちを、「指示を守ってもらえないと、私としては病気が悪化への心配がつのります」「せっかくあなたのために一生懸命を考えたのに、指示を守ってもらえないと私としては残念だ」と正直に伝えた上で、「それでも指示を守れないのには、何か理由や原因があると思うので、それを一緒に考えたい」ということを前向きに提案できるとよいでしょう。

 

○  ●  >

>> この連載について/予定

教養と看護編集部のページ日本看護協会出版会

© Japanese Nursing Association Publishing Company

fb_share
tw_share