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text by : Satoko Fox
自分を客観的に見つめて
私は当時、どのような状態だったのか。詳しく書いていきます。
精神科は受診していないため、どういった診断名がつくのか、あるいは診断名がつく状態だったのかどうかもわかりません。感情は「悲しい」か「無」かの二択で、もともとはよく笑う性格だったのに、全く笑えなくなってしまいました。
また、「何がいけなかったんだろう」と自責の念にさいなまれ、それが頭から離れません。睡眠障害も深刻で、なかなか寝つけず、やっと眠れてもすぐに目が覚め、夜中に号泣。それまで経験したことのなかった食欲不振にも陥りました(いつもはストレスがあると過食気味でした)。思考は全くまとまらず、アウトプットはおろか、簡単なインプットすら難しくなりました。文章を読むのがとにかく苦痛で、短いメールでさえ頭に入ってきません。
こういった状態では日常生活に大きな支障をきたし、当然、仕事もままなりませんでした。情けない気持ちはありましたが、今はそれどころではない、自分の心身を整えることが最優先だ、と考えました。個人で仕事をしていたからこそできたことですが、とりあえず仕事に関しては無期限休業とし、友人に紹介された「朝散歩」から始めることにしました。
「朝散歩」で自分を整える
「朝散歩」とは、精神科医の樺沢紫苑(かばさわ・しおん)先生が推奨される、起床後1時間以内に15~30分間歩くというものですが、朝に日光を浴びると約14~16時間後に自然と眠気が訪れるとされているため、そのタイミングですかさず寝るように心がけました。これが私には合っていたようで、睡眠障害は少しずつ改善していきました。また、適度に体を動かすことで、食欲も徐々に戻ってきました。
「朝散歩」の効果が抜群であったこともあり、樺沢先生の著書『精神科医が見つけた3つの幸福』1)も少しずつ読み進めました。
同書では、幸福には次の3種類があると説明されています。
1.セロトニン的幸福:心と体の健康に関連し、日常生活における基盤となる幸福。セロトニンは穏やかな気持ちをもたらす。
2.オキシトシン的幸福:つながりや愛情に関する幸福。友情や家族との絆、コミュニティへの所属感などが含まれる。オキシトシンは愛に包まれた幸福感をもたらし、持続的な満足感を得ることができる。
3.ドーパミン的幸福:成功や達成、お金、名誉などによる高揚感を指す。ただし、このタイプの幸福は一時的であり、慣れによってその効果が薄れることがある。
当時の私はまず「セロトニン的幸福」を整えることが必要だと感じました。心と体の土台が整ってこそ、家族を支えたり、仕事で成果を出せたりするのだと気づき、焦らず自分をケアする決意が固まったのです。毎日「朝散歩」に出かけ、自然に触れる日々を送る中で、気候がよく、自然の多いカリフォルニアに住んでいて本当によかった、とも思いました。そして、少し自分に余裕が出てくると、当時1歳半の娘や夫に対する感情も、「何もできなくて申し訳ない」から「そばにいてくれてありがとう」というものへと変化し、「オキシトシン的幸福」も感じるようになっていきました。
──とは言うものの、そのころどうやって生活していたか、正直あまり覚えていません。
ゆっくり少しずつ社会復帰
徐々に日常を取り戻し、喪失から2か月ほど経ったころ、以前から講演の依頼を受けていたNPO団体から連絡がありました。私が落ち込んでいたことはSNSなどを通して先方もご存じで、しばらく待っていただいていたのですが、「そろそろどうでしょうか」と声を掛けてくださったのです。
まだ不安はあったものの、「ちょうどよい機会かもしれない」と感じ、少しずつ準備を進めることにしました。集中力が戻らない中での作業だったため、スライド作成はいつものペースよりもはるかにゆっくり。告知が大々的であったため、友人や以前の職場の同僚たちからも参加してくれるとの連絡を受け、少しずつやる気が湧き、最終的には53枚のスライドを完成させました。
当日は350人もの方が参加してくださり、事後アンケートでも、「内容はもとより、講師が元気でハキハキしていたところがよかった」との感想をいただけました。人前に出ると自然と気持ちが高まり、明るく発表できたことは、以前の「笑うことのできる自分」を取り戻す自信にもつながりました。また、久しぶりに達成感を味わい、「ドーパミン的幸福」も感じることができました。
もちろん、これで一気に元気になれたわけではありません。しかし、この経験がきっかけとなり、少しずつ仕事量を増やしていけるようになりました。
ペリネイタルロス後の気持ちや経過をシェアする意義
時折、ペリネイタルロス経験者への支援に関心を持つ助産師さんなどから、「流産後はどのような気持ちでしたか」とたずねられることがあります。また、流産を経験したばかりの方が、「どのような経過で元気になっていくのか」を知りたいと感じるのは自然なことです。私自身も、当時はその答えを求めていた一人でした。
今は、知識が簡単に手に入る時代であり、一般的な情報ならAIがまとめることもできます。しかし、AIには経験の「重み」を伝えることはできず、その中で感じた感情の変化や得られた学びを語ることもできません。経験や感情は人それぞれであり、共通する部分も異なる部分もあります。私のこの記録はあくまでも個人の経験談ではありますが、この領域を詳細に書くことができる人は多くないと感じています。と言うのも、つらい体験やその心の動きをシェアするには、勇気がいるからです。
今、こうして文章を綴る中で、涙を流さず自分の経験を俯瞰(ふかん)できるようになった自分に気づきました。こうなれるとは、あのころの自分には想像もできませんでした。この記録が、どこかで誰かの助けや心の支えになることを、心から願っています。
●●参考
1)樺沢紫苑:精神科医が見つけた 3つの幸福―最新科学から最高の人生をつくる方法,飛鳥新社,2021.
サトコ・フォックス|2008年、川崎医科大学卒業。聖マリアンナ医科大学病院および附属ブレスト&イメージングセンター勤務を経て、2018年にスタンフォード大学放射線科乳腺画像部門に研究留学。結婚・出産を機にアメリカに移住。乳腺の画像診断の仕事は続けながら、オンラインで助産師が乳がんについて勉強できる「ピンクリボン助産師アカデミー」を主宰。医学書院『助産雑誌』にて「「助産師の疑問に答える!実践的おっぱい講座──多角的な「胸」の知識」連載中。乳がんに関する情報発信のほか、ペリネイタルロス経験者へのピアサポート活動も行っている。医学博士、日本医学放射線学会放射線診断専門医/指導医、日本乳癌学会乳腺認定医。2022年、不妊症・不育症ピアサポーター等の養成研修医療従事者プログラム受講修了