連載 ── 考えること、学ぶこと。 オンラインで 講義をつくる 鈴木 敏恵 profile 第3回 オンラインでアクティブラーニング 人間を大切にするプロジェクト学習

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教育DX(デジタルトランスフォーメーション)の波

 

今、急激に、デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation : DX)の波が企業、行政、医療機関など分野や領域を問わず押し寄せています。DXとは、これまでの業務を単にデジタル化することではなく、ITの日常化によりビジネスモデルやサービスなどすべておいてこれまでの仕事や仕組みなどの全体が根本的に変わり、より創造的で可能性に満ちた次元に移行することといえるでしょう。

 

DXは単なる「デジタル化」ではなく、デジタル化がもたらす新たな価値やスタイルを創造する概念ともいえます。学校や教育も同様です。世の中のあらゆる知識やデータなどがデジタル化され、最新の教育コンテンツがいつでも気軽に手に入るようになれば、教科書や教材だけではなく、授業や講義のあり方も変わります。

 DXは、教室で全員が黒板に向かって席につき教科書を手に先生から一斉に知識を教えてもらうという従来の授業の姿を、完全に過去のものにしつつあります。

 

目指すのは自らが求める「知」へ手を伸ばし成長する学習者の姿です。「意志ある学び」それはもちろんリアル(対面による教育)でもオンラインでも同様です。

 

ハイブリッドなカリキュラムマネジメント

 

新型コロナウイルス(以下、COVID- 19)の感染拡大は、「教育DX」到来の加速を早めるきっかけとなりました。カリキュラムのデザインやマネジメントを考える時もその目的やねらいをおさえ、対面による講義かオンラインかという2択ではなく、対面とオンラインを併用した新しい授業スタイルで行うハイブリット型が日常化しつつあります。

 

いずれにしても、学習者が主役のアクティブな学び、一人ひとりが意志をもち自ら学び続けることをオンライン講義で実現するためにはどうしたらいいのかを、創造的・戦略的に考える必要があります。

 

それは単に、対面講義やオンライン講義という学習場所の問題ではなく、知的活動にもっとも効果を発揮する手段は何かという視点でとらえることが必要です。学習者同士がどんなに離れていても、Zoomなどの機能を活かすことで、オンラインでもアクティブラーニングを行うことはもちろん可能です。しかし、それはこれまでの授業をそのままオンラインで行うことで実現するものはありません。具体的にどのように進めたら学習者の意欲や成長を高めることができるのかをまずは考える必要があります。

 

いま時代が求めているのは、現実をステージとする課題解決型の学び(=「正解なき学び」)です。ここにプロジェクト学習があります。今回は、筆者が2020年3月から現在までにハイブリッド授業で実践した、プロジェクト学習の手法によるアクティブラーニングの事例をお伝えします。

 

【事例1】は「意志ある学び」を叶える4連続プログラムです。オンラインでアクティブラーニングをしたい、意志ある学びを実現したいと望む教育関係者や研修担当者に役立つ内容です。自立・自律(セルフマネジメント)をねらいとしています。本プログラムをカリキュラムマネジメントのコアとすることで「正解なき学び」へ自ら立ち向かう力を身につけることができます。

 

【事例2】は、大学でのオンラインによるプロジェクト学習の実践です。対面授業を行わなくても、コロナ禍という現実社会をテーマに学生たちが意志を持ってプロジェクト学習を進め、高い評価を得た事例です。

 

いずれの事例も「人間を大切にするプロジェクト学習」をコンセプトとしたものです。激変する世界を生きるために、COVID-19、コミュニケーション、ヘルスプロモーション、SDGs、多様性、グローバル化、課題解決、自らのキャリアビジョンなどの現実をテーマとして「未来教育プロジェクト学習(プロジェクト学習・ポートフォリオ・対話コーチング)」を実践しています。

 

これらの実践を踏まえ、本稿では最後にコロナ禍で制約を受けることになった実習を補うアイデアやより有効なものにする【臨床実習10の戦略的プログラム】と【学習者主体のデジタルポートフォリオ】をオンラインで展開した事例をご紹介します。

 

 

【事例1】オンラインで意志ある学びを実現する[4つの連続プログラム]

構想・指導:鈴木敏恵

実践:中通高等看護学院(秋田)、国際ティビィシィ小山看護専門学校(栃木)

 

本格的にオンライン学習をスタートする際には、最初に「オンライン学習リテラシー」の修得から始める[4つの連続プログラム]を導入します。

以下に4つのプログラムについてお伝えします。

 

プログラム1[オンライン学習リテラシー(コミュニケーションスキル)

 

<ねらい>オンライン学習へ向けて自分自身と環境を整える

 

自宅などからオンライン講義に参加するためには、まずは自らの有りようも含め学習環境を整えることが求められます。それは身支度、長時間座っていても疲れない工夫、両手が使える状態でのデバイスの設定、安定した通信環境を確保できる場所などです。その際 “自分の画面”が他の人にどう見えるかを客観的にチェックすることも必要です。

 

Zoom画面に天井ばかりが映っている、あるいは目の上から頭までしか見えない、逆光で顔の輪郭だけしかわからない画面のまま、講義を受けていることも珍しくはありません。アクティブラーニングは、ただ講師の話を聞くだけではなく、学習者同士が互いに真正面から目を見ながら話し合うシーンもかなりあります。学習者の表情が見えにくいことは、正確な意思疎通を阻みます。

 

このようなことを防ぎ、オンライン講義が効果的に展開するために、「オンライン学習のリテラシー」を身につけるプログラムを講義のスタート期に行います。

 

 オンライン授業の3つのキーワード・セルフマネジメント・高度コミュニケーションスキル・表現ワークショップ(体験型講座)

 

目標

□ オンライン授業に参加するための環境整備を含めてセルフマネジメントができる

□ 正確な意思疎通と気持ちが通じる、高度コミュニケーションのスキルを獲得する

 

概要

Zoomを通じて、オンライン授業ならではのコミュニケーションを学ぶプログラムです。対面に比べて画面のみでのやりとりは表情なども読み取りづらいため、身振り手振りや表情の変化など、言語以外のコミュニケーションも使いながら相手に気持ちが伝わるように心がける必要があります。看護師を目指す学生たちが正確な意思疎通や心が伝わるコミュニケーション力を身につけることは、臨地実習でマスクをして患者さんとコミュニケーションをとる場面でも有効です。

 

[資料ダウンロード]

>> 高度コミュニケーションスキル評価シート

 

筆者が「高度コミュニケーションスキル評価シート」(以下、評価シート)を使って見本を示し、その後、学生同士が2人ペアとなり、評価シートを使ってコミュニケーションをとります。画面をとおしても意思や気持ちが通じるように、声の大きさや明瞭さ、言葉の表現、表情(目の開き方や口角アップ)、ふるまいなどを評価シートを使いながら確認し、コミュニケーションを取ります。

 

●「高度コミュニケーションスキル」とは?オンラインでは、自分が伝えたいことを巧みに表現できること以上に、相手がこちらの情報をストレスなく最適に得られるよう、画面を見る人の理解度や受け止めを推察しながら、表情、声の調整、提示のスピードなどをしなやかにコントロールできる高度な感性と表現力を意味します。

 

互いに評価シートに沿って表情やふるまいを確認します。すでに良い表現ができているところや、さらに良くできそうなことを確認し合うことで、自己のコミュニケーションの傾向をつかむと同時に、より高い表現力や説明力が培われます。相手は、評価シートのチェックポイントと確認しながら「〇〇すればもっと良くなるよ!」などの具体的なアイデアを伝えます。オンラインでストレスなくコミュニケーションが取れるように、発声や表情を工夫し、気持ちが伝わり情報をスムーズに共有できる高度なコミュニケーション力を修得することが目的です。

学習者は事前に評価シートなどをダウンロードしておきます。

 

①準備:環境整備

各自「オンライン授業」事前チェックシートをもとに、オンライン授業に集中できる場所やWi-Fi環境の確保、身支度などオンライン授業に支障のない最適なスペースを確保するなどの学習環境を整えます。

 

「オンライン授業」事前チェックシート

>> こちらからPDFをダウンロード

 

 

②ウォーミングアップ:「音声」+「アクティブ表現」

講義のはじめに、講師は「明瞭に聞こえていますか?」途切れず良好な音声で聞き手に届いているかを確認します。学生には、あえてアクティブに体を使って「大丈夫ですよ! OK!」などを身振りで応えることを求めます。

 

意図:最初に参加者が身体全体を使って気持ちや状況を自己表現することで、躍動的な空気になり一人ひとり考え方や意見の出しやすいオンライン授業を良好に展開することができます。看護師として、患者さんと多様なコミュニケーションをとることにも通じます。

 

 

③ウォーミングアップ:「体調確認」+「アクティブ表現」

授業をすぐに始めるのではなく、場合によっては参加者たちが自分の状況などを伝え合うことも有効です。たとえば、事前に体温を測りスケッチブックに太ペンで数値を書いておき、授業のスタートで一斉に見せ合います。

 

意図:看護学生にとっては「自己の健康チェック」や「他者の体温の数値」を俯瞰、共有することも学習の一端となります。また、相手に「自分が書いたものを見せながら説明する」という情報伝達の多様な表現スキルの向上にもつながります。

 

④「高度コミュニケーションスキル」の説明(講師→学生)

オンライン授業を成功させる秘けつは、正確な意思疎通と心が伝わるコミュニケーション、人間らしい表現力です。表情や身振りは最も直接的に情報を伝える手段といえます。画面越しのオンライン授業では、対面よりもやや大袈裟と思えるくらいの表情や身振りを心がけます。マスクをつけていれば、顔の半分以上は隠れしまうのでなおのことです。ここでは、声・話し方・表情・ジェスチャーの4要素を意識した前述の評価シートを使います。評価シートの使い方を説明する際は、評価シートを手に持ち画面越しに内容について話しかけます。手鏡を各自用意し、「喜怒哀楽」を順に表情で表してみます。

 

Zoomの「画面共有」機能を使い続けると、見ている人の集中力が続かない。そうならないよう意図的に顔や動きとともに資料説明をする筆者。

 

⑤「高度コミュニケーションスキル」を実践して見せる講師(講師⇔学生)

最初に、看護師として患者と接していた経験を持つ講師がシートを使って、声・話し方・表情・ジェスチャーなど全身で豊かな表現をしてみせます。ポイントは「具体的なシーン設定」です。ここでは「患者さんが昼ご飯を全部食べられたことを一緒に喜ぶ」というシーンで実施しました。

 

 

⑥「高度コミュニケーションスキル」トレーニング(学生⇔学生)

Zoomの「ブレイクアウトルーム(ブレイクアウトセッション)機能」を使い、学生同士が2人でペアを組み、シートを見ながら相互に実践と評価、アドバイスをします。

 

 

⑦授業の前と後を比較――「効果や変化」を体感する

ペアで表情豊かに行ったセッションを終えて「ブレイクアウトルーム」から戻り、全員集合し、感想などを語り合います。練習した成果を全員が見えるギャラリービュー画面で表情や身体全体で表現してみます。患者さんから見て話しかけたくなるか、安心できるかなど、自分やほかの人のコミュニケーションスキルを客観的に見ることができます。

 

表現の変化:

多様な表現、笑顔の効果を画面で実感

 

 

⑧リフレクション/自己評価

授業後に「Googleフォーム」を活用して、即座にリフレクションをします。「授業の目的を果たせたか?」「理解の度合い」や「獲得したものは何か?」などだけではなく、音声や映像は明瞭であったかなども各自チェックして終えます。

 

プログラム2[オンライン学習を成功させるポートフォリオ]

 

オンライン学習では、対面で進めるとき以上に学びの目標の存在やセルフマネジメント(=自律)が求められます。ここに筆者が提唱する「プロジェクト学習とポートフォリオ」が効果をもたらしますので、オンラインによる学習をスタートするとき以下を学びます。

 

オンライン展開こそ「プロジェクト学習」

「プロジェクト学習」とは、何のために(目的)、何をやり遂げるのか(目標)という「ビジョン」と「ゴール」を明確にして、一人ひとりが意志を胸にセルフマネジメントしつつ目標に向かう学びです。クラス単位など複数で展開するときには、プロジェクトチームを編成して学びます。プロジェクトチームのメンバーは常にビジョンやゴールを意識して活動します。

 

デジタル空間の「ポートフォリオ」

プロジェクト学習のチームメンバーは、目標を達成するために各自のミッションに基づいて多様な活動を進めます。現地調査、専門家へインタビューなどで得た情報、そこから生まれる気づきやデータなどのすべてをその場でネット上のポートフォリオファイルにどんどん蓄積しながら進めます。どこからでもアクセスすることができるポートフォリオがあることで、プロジェクトの進捗や思考プロセスを講師や学生同士はいつでも共有することができます。

 

プログラム3[ポートフォリオで楽しく交流]

 

前述の「プログラム2」でポートフォリオの知識を得ることだけに終えずに、Zoomを使い、学生同士がポートフォリオを活用して互いの経験や学び、考え方などを共有します。以下に概要をお伝えします。

 

概要

ここで紹介するのは、『孤独感払拭! ポートフォリオを活かしてZoomで交流おしゃべりしよう!』というプログラムです。2020年4月、コロナで自宅待機を余儀なくされた学生たち(約100人)で実践しました。まず自分のデスクや棚を見回し、経験した価値あること、関心のあることなどが見えるポートフォリオをつくります(コロナ禍のため自宅でいたことが有利に働きます)。そして自分で価値があると思った箇所に印やメモを添えます…この過程で自分の個性や資質、能力を知ることができます。その後、Zoomのブレイクアウトセッション機能でペアを組み、お互いの関心や経験などをポートフォリオで披露しながら笑顔で、はっきり声を出してという楽しいプログラムです。

 

[資料ダウンロード]

>> Zoomの「ブレイクアウトセッション」機能でポートフォリオ交流の様子

(詳細は『ポートフォリオで未来の教育』/日本看護協会出版会、p.72に掲載)

 

目的・効果

  • 心を大切にするコミュケーションや共感の楽しさ
  • ポートフォリオで自己対話、他者と対話ができる
  • 高度コミュニケーションスキルを発揮してプレゼンできる
  • 的確、簡潔に表現する力
  • 自己肯定感、自尊感情

 

[資料ダウンロード]

>> 学生の感想

 

[資料ダウンロード]

>> ポートフォリオのつくり方

 

 

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連載のはじめに

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教養と看護 編集部のページ日本看護協会出版会

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