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日本学術会議 健康・生活科学委員会 看護学分科会
「地元創成」の実現に向けた
看護学と社会との協働の推進
[鼎談]
地元創成看護学とは何か
南 裕子
神戸市看護大学 学長
菱沼 典子
前・三重県立看護大学 学長
田髙 悦子
北海道大学大学院保健科学研究院
創成看護学分野 教授
構成
西村 ユミ
東京都立大学健康福祉学部看護学科 教授
綿貫 成明
国立看護大学校 看護学部看護学科 教授
地元による、地元のための
健康課題
南●日本学術会議健康・生活科学委員会 看護学分科会では、地元創成看護学についての提言を2020年9月に発信しました。
提言は看護学分科会から発信されましたが、これは学術会議の内部審査を受けたものです。つまり看護の専門家だけで話し合われたのではなく、幅広い多くの立場による査読を経て学術会議に採択されました。したがってこれは内閣府の下にある学術会議の提言でもあるわけです。では、なぜ「地元創成看護」に焦点を当てようということになったか、その背景について触れてみましょう。
菱沼●似た言葉に「地域」がありますが、これはすでにたくさんの場で使われています。例えば行政レベルでは「地元創生」、私たちの学問でも「地域看護学」などなど。なので、それらとは違う新しい発想をしたいということで、皆でずいぶん考えた結果、「地元」という言葉が採られました。単なる地縁よりももう少し広くコミュニティ的な人々がよって立つ場所というニュアンスを含めたものとして捉えましたね。
南●ホームコミュニティ、タウン、ネイバーフッドなどの英語も候補に挙げながら議論しました。しかし、じゃあそれが「地域看護学」や「公衆衛生看護」とどう違うのかという問いが出てきます。これらのご専門である田髙先生はご自身でどう整理されてこの議論に参加されたのでしょうか。
田髙●WHOでは地域看護学や公衆衛生看護学でいう「地域」をコミュニティと表現しています。菱沼先生がおっしゃったように、地理的な区分で語られる場合もあればソーシャルグループつまり同じような共通の特性を持った人々という、2つの意味合いがあったと思います。
例えば、北海道札幌市という地理的な境界内で難病を有する人々といった具体的なコミュニティがあって、そこでの生活と健康のありようを「地域」という視点で一般化していく。これに対し「地元」のほうは必ずしも一般化を目指すというよりも、それぞれの地元に看護系大学という主体を想定し、その地元独自の問題に取り組み発展していくような姿です。いわゆるジェネラリゼーションよりも、スペシャライゼーションを目指すような方向性ですね。地理的な枠組みで言えば、看護系大学の所在状況に応じて都道府県や市町村あるいはもっと小さな単位も考えられます。最近は1つの都道府県に二桁の看護系大学も所在していますので。その地元の、地元による、地元のための課題を看護系大学がコラボレーションしていきながら、そこに暮らす人々と一緒に解決していこうというスタンスが特色です。
南●アクターがなぜ看護系大学なのかにも理由があります。近年、日本では急速に看護系大学が増えており、2020年度には274大学・289課程と、国公私立大学の3校に1校は看護系プログラムがあります。例えば兵庫県だけでも15校の看護系大学ができています。そして従来からどの大学も「地域に根ざして」とか「地域に開かれて」「地域とともに」といったスローガンを掲げていましたが、実際には教育も研究も「看護はどうあるべきか」という普遍的な視点にとらわれすぎている傾向がありました。
私の場合で言えば、東京の聖路加看護大学(現・聖路加国際大学)で教えていた精神看護学と、兵庫県立大学での精神看護学、あるいはもっと以前にいた高知女子大学(現・高知県立大学)での精神看護学もそうだけど、どこでも同じことを教えていました。しかし実際の臨床では明らかに東京の現場と兵庫の現場、高知の現場は違っているのです。
私たちが考えた「地元創成」には、「生まれる」ではなく「成る」という字を当てています。自分たち自身で新しく創っていくのです。地域はそれぞれ少子高齢化と人口減に苦しんでおり、小さな町も大きな県もみんなそれぞれが繁栄に向け努力していますが、具体的にはかなり異なっています。そうしたことを看護はほとんど見てこなかかったのではないか、という反省を込めているのです。
例えば、看護大学の教員のうち自分が勤めている地元自治体のホームページを調べ、その県がどのような保健・医療・福祉行政の目標を立て、何を課題にしているのかを見た人はどれほどいるでしょう。この看護分科会の会員に限っても全員見たことがなかったのです。厚労省や文科省のサイトはよく参照しているのに。
そこで私は当時いた高知県について調べてみました。すると高知では男性の壮年期死亡率が全国平均よりもすごく高い。しかし壮年期を過ぎた男性の死亡率は全国平均とそう変わらない。つまり、高知県はターゲット・ポピュレーションが壮年期の男性であり、そこに焦点を当てて生活習慣病を見ていることがわかったわけです。
こうした知識があれば、精神看護を教えるにしても金太郎飴のように同じことを教えるのではなく、地元の課題に着目した教育を行うことの重要性に気づくはずです。そういう反省があるのです。