連載「まなざし」を綴じる─ZINEという表現のかたち
藤田 理代
第1回: ZINEという表現のかたち
「掌の記憶」淡路島より >>
喪失と隔たり
多くの場合、突然に訪れる病。当たり前のように感じていたものを失い、途切れずに続いていた営みが断ち切れてしまった時に抱く、言葉にしがたい喪失感。その感情を表現することも共有することもできない時間が積み重なると、本人とまわりの人たちの間には大なり小なりさまざまな隔たりが生まれます。
私が最初にその隔たりと向き合ったのは、高3の春。同居していた祖父が脳出血を患い、寝たきりになったことがきっかけでした。倒れたその日を境にさまざまな自由と「伝える術」を失い、徐々に弱り、内側に閉じ込められた記憶自体もぼんやりとしていった祖父。静かに死へと近づいていくその孤独を見つめながら、何とか「祖父らしさ」を失わずに生きる方法はないのだろうか? と大学の社会福祉学科に進学し、学びを求めました。
病がもたらす喪失を経験した本人と家族、そして医師や看護師、介護士、ケアマネジャーなどの専門職。つまりはケアされる側とする側。患者の家族という私的な視点から離れて現場を見つめなおすと、誰もが孤独や葛藤の中にあって、さまざまなものが断ち切れてしまっているように感じました。
寝たきりの祖父のベッドの横に座り、病室の景色を見つめる静寂の中で私が一番感じたことは「時間がない」ことと「時間がかみ合わない」ことでした。一日の中ですら心身の波がある祖父の表現を掬いあげるために一番必要なことは、とにかくそばでじっと待つことと、聴きつづけること。たくさんの仕事を抱えてベッドをまわり続ける専門職の方々や、日々の暮らしの合間をぬって見舞いに訪れる家族や親戚がその祖父の瞬間に立ち会うことは、なかなか難しいことでした。
一方でほぼ毎日、半日は祖父に付き添い続けてた私の母は、家族への連絡用に祖父から掬い上げた言葉やその日の様子をベッド脇のノートに書きためていて、そこには私たちが受けとることができなかった祖父の表現の欠片が綴られていました。
当時、書店で働きながらさまざまな本に触れ「本をつくる人」と「手にとる人」の出会いを見つめていた私は、1冊の本を通して多くの人たちが想いを共有するそのかたち──想いをそっととじ込め、抱き、静かにそこに在ることができる「本」というもののかたち自体に、伝えることやつなぐことの可能性を感じていました。
作り手からある表現が生まれた時、それは本の中におさめられ、読み手は自分が手にとれる時にその表現を受けとる。互いにそれぞれの時間を持ち寄りながら物事を共有できる「本」というかたちであれば、時間のない現場の隙間に置いても、隔たりの間で何かが通うきっかけになるのでは? と考えるようになりました。
そこで、まずは自分自身が「つくる術」を身につけようと、印刷会社で本づくりの基礎を学び、広告やWeb、写真に編集ライティング、製本とさまざまな表現方法を学びました。さらにフリーペーパーやリトルプレスなど、一般的な出版物から派生したさまざまな表現のかたちにも触れる中で出会ったのが、「ZINE」でした。
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