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──「内密出産」の背景を知る ──
「知られたくない」女性たち
佐 藤 拓 代
(一般社団法人全国妊娠SOSネットワーク代表理事 / 公益社団法人母子保健推進会議会長 / 元大阪府立病院機構大阪母子医療センター母子保健情報センター長 / 医師)
「知られたくない」妊娠
妊娠検査薬で陽性と出たとき、たとえば、性風俗などによる妊娠や、親からすると学生などの発達途上の娘の妊娠、そして何よりも性行為のパートナーが妊娠を受け入れられない場合、女性は産むか産まないか混乱に陥る。このような女性が一般的な妊娠・出産の相談窓口に相談してきても、妊娠検査薬では妊娠が不確実だからと、「まずは医療機関を受診して妊娠しているかどうか、今、何週なのか診てもらってください」と対応されてしまうことがよくある。
しかし、女性たちは妊娠の確定、妊娠週数の確定を求めて相談しているわけではない。相談を受ける者は、まずは彼女らが混乱していることを受け止めなければならない。各地の予期せぬ(知られたくない)妊娠の相談窓口でも、女性が選択することを対応者が「指導パターン」で指示するのではなく、悩みながら選択する女性自身の方向性を支持することが始まっている。予期せぬ妊娠の背景には多種の要因が関係してくるが、すべてが相談により解決することばかりではない。しかし、悩みながら自らどうするか決めることへの伴走は、今後の女性の人生に影響する重要な支援である。
筆者は、小児科、産婦人科、新生児科(周産期)での10年間の臨床経験後、大阪府に入職して23年間を保健所などで、その後退職までと退職後の数年間は周産期医療の病院で、公衆衛生医師として働いた。長い公衆衛生医師の活動に、短い臨床の経験が筆者の選択する方向を裏打ちし、妊娠期からの子ども虐待予防がライフワークとなった。そして、重大な事件などの背景にある「赤ちゃんに生まれてほしくない」ことへの支援がほとんど行われていないことに気づいた。2011年10月に大阪府から性と健康の相談センター事業(2021年度までは女性健康支援センター事業)の委託を受け、職場である周産期医療機関に予期せぬ妊娠の相談窓口「にんしんSOS」(ホームページでは「思いがけない妊娠等の相談窓口」)を設置した。都道府県レベルで予期せぬ妊娠に特化した、初めての相談窓口である。柔らかく平仮名表記で「にんしん」とし、匿名で相談でき、電話とメールで対応していることをホームページで示すと、多くの相談が寄せられた。後に続く各地の窓口は、「にんしんSOS●●」と、地名をつけているところも出てきている。
大阪府のにんしんSOSは、相談件数が開設当初の年間828件から急増し、2018年をピークに1,748件に達した。その後、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の勃発もあり、2020年度には927件に減少したが、翌2021年度には1,391件と増加した。当初は大阪府外から寄せられるものが約7割であったが、2020年度には38.6%に減少し、相談件数と同様に翌2021年度は51.2%と上昇した。
COVID-19が落ち着きを見せると、大阪府外からの相談が増えている。大阪府以外からの相談では、相談を受け止めつつ、各自治体には妊娠期から対応する保健師がいることを伝え、妊婦がいる地域につないでいる。しかし、はじめのころは、特に高校生の妊娠などに関しては、つないだ自治体の保健師は相談に対応すると言ってくれても、上司が「未成年は親の承諾がないと相談を受けられない」と反対することもたびたびであった。
虐待による子どもの生後0日死亡(後述)に関心が高まり、2016年の母子保健法改正で第五条に「乳児及び幼児に対する虐待の予防及び早期発見に資するものであることに留意するとともに、その施策を通じて、前三条に規定する母子保健の理念が具現されるように配慮しなければならない」と、母子保健分野でも子どもの虐待予防が位置づけられた。これにより、「親の承諾がなければ」といった対応は減少したが、相談女性が“SOS”の状態にあることを受け止めて、今後の方向性は女性自身が選択して決めるという対応や、関係機関の支援に課題を抱えるところがあった。
そこで、このような予期せぬ妊娠に対応している窓口の有志が連携し、2015年、相談窓口のネットワーク作りと相談の質の向上を目指して「全国妊娠SOSネットワーク」(以下、全妊ネット)が立ち上がった。公益財団法人日本財団の支援も受けつつ、相談窓口の立ち上げ支援、相談対応者の電話やメール相談の質向上の支援、意見交換会などを行うとともに、地域関係機関の連携を目指して、基礎編研修(1日)やその受講者が参加でき、「貧困・生活保護」「特別養子縁組」「性風俗」から2テーマを選択するアドバンス編研修(1日)を実施している。また、一般社団法人日本子ども虐待防止学会などの学術集会では、予期せぬ妊娠やその対応への理解を深めていただく目的でシンポジウムを企画し発表を行っている。研修などでは、保健師や助産師などの医療職員に加え、養護教諭などの教員や児童福祉職員などの関係者が参加し、相談窓口ばかりではない予期せぬ妊娠への理解と対応が広がってきた。
生まれたその日に
命が失われる0日死亡
相談窓口の支援を行っていると、「親にはばれたくない」「親にわかったら殺される」、また、妊娠したことをパートナーに告げると「電話に出なくなった」「LINEをブロックされた」など、最も関係が深く支援してほしい人から、困惑や混乱すら受け止めてもらえない深刻な状況があることがわかった。この苦しみの中、どこにも誰にも相談できないと、孤立した出産に至ってしまう。母児ともに危険な状況を乗り越えても自ら育児することができず、いわゆる「赤ちゃんポスト」である、熊本市の慈恵病院が設置する「こうのとりのゆりかご」に産後の不安定な体で預けに行く親もいる。しかし、意図的、もしくは無意識に子どもの生を受け止められず、生まれたその日に児が亡くなる事件が起こっている。
日本の虐待による死亡事例は、厚生労働省社会保障審議会の専門委員会による「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について」により2005年の第一次報告から年に1回報告されており、2022年の第18次報告では2022年度の事例が報告されている。心中以外の虐待死亡事例は第18次報告までで939人で、年齢等の割合では生後0日死亡が173人(18.4%)と非常に多かった(図1)。
18歳未満児が対象であるため、365日×18歳の中の最初の1日、すなわち6,570分の1どころではない数である。また、生後0日であるとはっきり判断できるのは、死体がいつ死亡したのかがわかる場合のみで、実際には0日で死亡していても、死体が発見されるのが遅かった場合は、骨格などから「0歳死亡」とされている。0日死亡と判断できるのはかなり限られており、死体が川や海に流されたり、地面に埋められたりして見つからない多数の0日死亡があるのかもしれないと危惧する。
0日死亡の各国の状況はどうであろうか。子ども虐待に関する取り組みが進んでいる国では、0歳児の死亡データはあったが、0日死亡のデータは筆者が探す限り見つけることができなかった。視察などの際に各国の虐待に関わる専門職にたずねても、0歳死亡は把握していても0日死亡はわからないと答えられ、0日死亡は日本独特の事態である可能性がある。
検証報告から見る0日死亡の背景
厚生労働省による心中以外の虐待死亡事例の検証では、実母の妊娠期の問題が第3次報告から取り上げられている。直近の第16〜18次の3回の報告では、虐待死全体は160人で、0日死亡は24人(15.0%)であった。24人の実母の妊娠期の問題は、図2に示すように「若年妊娠」が25.0%であるが、たとえば2021年では母親が19歳以下での出生数は5,542人で、全出生数の0.68%にすぎないことからも、非常に多いと言える。
また、「予期しない妊娠/計画していない妊娠」は50.0%と多いが、「予期しない妊娠」と「計画していない妊娠」は、妊娠に至る背景が同じではない。「予期しない妊娠」は、「妊娠すると困る」ニュアンスが強く、「計画していない妊娠」は、「妊娠する予定はあるが、今ではない」という婚姻関係などにあり、コンスタントに性行為をしているカップルなどではないかと考えられる。市区町村に妊娠の届出をするときにアンケートなどの記載を求められるが、「この妊娠は計画していましたか」などの質問に肯定的回答をしなかった妊婦がここに含まれると考えられる。現場感覚では、「予期しない妊娠/計画していない妊娠」が半数とは非常に多い。
また、「母子健康手帳の未発行」「妊婦健診未受診」は、サービスを受けなかった女性を把握することであるため、通常は困難である。死亡事例が把握されたことで国などが市区町村に問い合わせをかけてわかったのではなかろうか。その背後に、多くの困難な状況にある妊婦が行政サービスの入り口に辿り着けていないことを示している。
図2には、同報告における、実母の妊娠期の問題以外の記述から、祖父母等との同居についても示した。約半数が母方または父方の祖父母の1人または2人と同居していない。同居していた半数が、妊娠を隠し通す、あるいは親が多忙で娘と話す機会がなかったなど、親に打ち明けることができず、親も気づいておらず、親子関係の問題があったことが示唆される。
誰にも相談できず抱え込んでいても、時期が来れば陣痛が起こり出産に至る。介助があれば、会陰部を広げ、適切に呼吸を整え、母児ともに負担が少ない出産が期待できる。しかし、たとえパートナーがいても医療の手が入らない出産は、母児ともに危険が伴うこともある。図3に、0日死亡事例の出産場所を示した。
医療機関での出産は0%であり、自宅が73.2%、自宅外が26.8%であった。母親の手当てができないのはもちろん、出生した児が低体温にならないよう皮膚表面の羊水などを拭き取り、保温、口腔内の粘液などの処置ができなければ、0日死亡が起こりかねない。母児の安全のために、隠し通したい女性が出産できる手立てが必要である。
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関連書籍
Nursing Today ブックレット 20
『妊娠を知られたくない女性たち──内密出産の理由』
佐藤拓代・松岡典子・松尾みさき・赤尾さく美 著 / 日本看護協会出版会
妊娠を「誰にも知られたくない」という女性たちがいる。その現状を知り、背景にある現代社会の課題について考える。
<目次>
●「知られたくない」女性たち 佐藤 拓代
●「内密出産」とは――先進国・ドイツでの取り組みを視察して 松岡 典子
●「知られたくない」妊娠を支えるために──相談窓口の現場から 松尾 みさき
●「知られたくない」妊娠が知られざるをえない現状 赤尾 さく美
●「知られたくない」妊娠と医療職──期待される役割 佐藤 拓代
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