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[連載小説]ケアメンたろう 第11話 恥と罪悪感 文・西尾美登里/挿画・はぎのたえこ

「二人で車椅子を押すと仲良し三人親子に見える。三人で車椅子を押すと『あの車椅子の人って、ヒーロー?』みたいに思われるんじゃない?」

──(本文より)

<  ● 

>> 前回まで/連載のはじめに

 

 

おじいさん、女子トイレに……?

 

「太郎、お疲れ、どうだった?」

 

部活に行くと、西野先生がと尋ねてくれた。

 

「……恥ずかしかったっす」

 

「……そうか。お疲れ」

 

ポンと太郎の肩を叩き、「ほら、何も考えないで思い切り走って来い」と、チームの輪の中へと背中を押す。大介のタックルがいつもより体にこたえ、旺介のタックルがいつもより脳天に響いた。

 

泥を落として部室に向かい、太郎が黙って着替えているのをツッツーと慧人が無言で見ていた。

 

部活が終わると、澤田久美子が待っていた。

 

「あんたが、一人で母親を介護すると悲壮感が漂うってことね」

 

澤田久美子の言葉に太郎はムッとした。いつのまにか澤田に「あんた」呼ばわりされていることにも腹が立つ。

 

「一人で車椅子押してさ、外からみた親子二人は悲壮感いっばいに見えたでしょうね」

 

太郎はぐうの音も出ない。『こいつ……ムカつく。慧人、悪いことは言わない、この女はやめたほうがいいぞ……』キッと太郎が澤田を睨むと、澤田は平然と続けた。

 

「だからね、二人で車椅子を押すと仲良し三人親子に見える。三人で車椅子を押すと『あの車椅子の人って、ヒーロー?』みたいに思われるんじゃない? だからね、一人で初介護なんて無理なのよ。こんど練習で私も一緒に大丸へ行くわよ」

 

『ジーン……慧人、さっき思ったことは訂正、訂正。この女は間違いなくいい奴だ!』

 

後日、慧人と澤田と一緒に再チャレンジして、やっと乗ることができたエレベーターで、地下街に降りたとたんに母親が太郎のほうへ振り向き、口元に手をやった。

 

「太郎、ごめん。トイレ連れて行って」

 

「えー。トイレか」

 

トイレはどこにあるんだよ……。車椅子の表示をキョロキョロと探し、地下街を車いすは進む。澤田が太郎に「どうしたの?と聞く。

 

「トイレだって」

 

すぐに慧人が「あったあった」と、車椅子のマークがある多目的トイレを見つけた。

 

『よかった!!』……しかし使用中で、待っていてもなかなか人が出てこない。どうも女性が着替えでもしているようだ。

 

「そーゆー場所じゃぁないんですけどね」

 

澤田久美子がドアをノックしようとするが、太郎が静止する。しかし太郎もイライラは募る。

 

「母ちゃん、大丈夫?」

 

母親の顔がこわばっている。「女子トイレ……行ってこようかしら」

 

「私といきましょう」と澤田が申し出るが、母親は自身がなさそうに首をかしげる。たまりかねた澤田がドンドンと多目的トイレの扉を叩く。すると怪訝そうに「ちょっとまってください」と若い女性の声が聞こえてきた。

 

太郎の後ろには、おじいさんと車いすのおばあさんが並んだ。おじいさんの首から「介護中」という名札が掛っている。なかなか中から女性は出てこない。母ちゃん……限界かなと心配していると、後ろの老夫婦も待ちかねたようで、おじいさんはおばあさんの車いすを押し、女性用のトイレに入っていくようだ。

 

「??……おじいさんが女子トイレに……」

 

太郎は他人事ながら肝を冷やした。いくらおばあさんを連れていくとしても、男が女性トイレに入ることは躊躇するだろうに。女子トイレから出てきた女性たちは、皆一瞬 驚いた表情をするが、おじいいさんはそのたびに「介護中」という名札を見せてペコリとお辞儀をしていた。

 

高校生の太郎にとっては、ひどくセンセーショナルな光景だった。母親の介護を恥ずかしいと思う自分にはまだ到底できないことだが、恥ずかしがらずに介護しているこのおじいさんは、かっこいいと思った。

 

すると、着物姿の化粧をぱっちりした女性が出てきた。やはり中で着替えをしていたのだろう。イラッとして、思い切り舌打ちしてみたらどんなに清々するだろうかと想像する。

 

すると、澤田久美子と慧人がチッと舌打ちをした。女性はすこし決まり悪い表情をしていた。

 

「皆、ありがとうなぁ。ごめんな」太郎はそう言って、母親とトイレに入った。

 

かあちゃんには、1人でトイレに入って用を足すことができるようになってもらいたい。そして、車椅子を使わずに歩行できるようになってほしい。

 

翌日、作業療法士の先生にトイレと車の乗降の件を話したところで、別のスタッフが声をかけてきた。もしも介護保険を申請し介護保険が認定されると、その後で家の手すりの位置などを確認して、一人でお風呂に入れるのか、トイレに問題はないかを調査するという。

 

これを「家屋調査」と呼ぶらしい。リハビリ専門の病院では、やみくもに筋力を回復するリハビリはなく、太郎の要望のようにトイレでの排泄や、立位と座位の運動を取り入れた運動など具体的な生活の中でなるべく支障がないようにするための動作を獲得するのだと理解した。

 

自分のことは棚に上げる

 

「明日は9時には病院に行くから」退院前夜に母親にLINEを送る。

 

転院先の「野上リハビリ病院」は高台にある。南城高校から遠いが、高校から病院のふもとのバス停まで頻繁にバスの往来がある。転院するため、病院の救急車で搬送するという。

 

救急車?! ちょっと大げさなんじゃないかとも思うが、病院の持つ公用車は、救急車しかないというから仕方がないらしい。その手配は、慧人の父親と朔先生が手配してくれたことを直感した。

 

一学期の三者面談は、クラス中で太郎だけ、先生との二者面談だった。昨年度の進路希望大学と、今年の進路希望大学は一応同じにした。担任の川上先生は、太郎の進路希望大学に対しては何も言わなかった。

 

「応援しとる。いろいろあって大変やろうががんばれよ」

 

面談が終わると、澤田久美子も隣のクラスから母親と出てきた。60代の親という割には若い気がしたのは、目鼻立ちがすっきりとして美人だったことと、カジュアルだが洗練された服装や、外商という仕事から漂う雰囲気だろう。

 

「あら、東尾君。おつかれ」と澤田久美子。

 

「おつかれ」

 

「お母さん、ほら、ブラシャー買ってくれた東尾君」

 

“ブラジャー買ってくれた”って、大声で言うなよなと思いながら、太郎はぺこりと頭を下げる。

 

「まぁ、はじめまして。お母さんはどう?」

 

「はい。順調です」

 

「久美ちゃん、“ブラジャー買ってくれた……”は余計よ、ねぇ。ごめんねぇ」

 

澤田の母親は呆れたような顔で太郎に謝り、そのあとは差し障りない会話をして、澤田久美子はじゃあといって母親を家に帰した。仕事の途中に抜けてきたようだった。太郎は澤田と二人で、部室を目指しながらボソボソと話をする。

 

「東尾君 大学はどうすると?」

 

「東京って一応書いたけどね。母ちゃんのこと考えると無理かな。まぁどうなるかわからんけど」

 

「ウチは、この土地を離れられんけん県外は無理。でも東尾君は経済的に問題なければ、行きたい大学にいったほうがいいと思う」

 

「自分のこと、棚に上げるね」

 

「そう。棚に上げる」

 

「やりたいこと、やったほうがいいんじゃないかな……。うちは母親の問題とさぁ、それに犬がおるけん。母親が元気になって犬の世話ができるようになったら、その時は東京に行くよ」

 

帰宅後に、何度も担任と澤田久美子の言葉が頭の中でリフレインする。『いろいろあって大変やろうけど、がんばれよ』『やりたいこと、やったほうがいいんじゃないかな』

 

それはそうだけれど、自立する母親を見届けるまでは、きっとそれは難しい。

加えて慧人とツッツー、そして信頼できる仲間と教師がいなくなったら、自分の生活はいったいどうなってしまうのだろう。。。

 

第12話 につづく

 

 

<  ● 

>> 前回まで/連載のはじめに

 

 

 

介護マーク

西尾美登里

 

広島市在住の戎世伊次(えびす・せいじ)さん(73歳)は、約5年前まで母ミドリさん(当事89歳)の介護をしていました。

 

戎さんは起業しようと58歳で早期退職しましたが、まもなく、一人暮らしをしていた70歳だったミドリさんの行動などに違和感を覚え始めました。受診の結果、母は認知症であることがわかりました。晴天の霹靂で「突然、介護が降ってきた」と、戎さんはおっしゃいます。

 

母は雑貨店を営み、苦労しながら戎さんを大学に進学させました。自分のために努力してくれた大切な母親のために、戎さんは妻子と別居し実家に戻って介護を始めました。家事などしたことがなかった戎さんでしたが、日中、懸命に取り組みました。夜中も介護は続きます。母に「世伊次、ちょっとトイレじゃ」と2時間おきに起こされ、覚悟したはずの介護生活が、戎さんにはとても苦しいものでした。

 

身も心も疲れ果て、介護に負担感を感じたときには、母の足をつねったり、たたいたりしたこともあったそうです。母は戎さんを攻めずに「世伊次、すまんのぉ」とおっしゃったそうで、そのときの声が今でも戎さんの脳裏を掠めるそうです。

 

慣れない家事と夜間の介護、母親への対応に加え、下着など女性用の買い物と外出時の排泄が戎さんをさらに悩ませました。女性が男性の下着を購入する場合は、それほど困らないものですが、男性にとって女性の下着売り場に入ることは未知の世界に足を踏み入れることであり、一大事なのです。さまざまなサイズや素材や色が並ぶ女性の下着売り場に、勇気を出して入ることができたとしても、それらを手に取り選別し、購入するという行為は、男性にとっては非常に恥ずかしく敷居が高いものです。

 

戎さんはそれでも自分で購入しなければならず、勇気を出して赤面しながら店員に助けを求めました。「恥を忍んで聞きましたよ」とおっしゃる戎さんのことを、私は賞賛したいと思いました。

 

また、母親とともに外出すると、尿意があるたび共用のトイレがなければ男性用・女性用のどちらかに入らなければなりません。戎さんは悩んだ挙句、母親とともに男性トイレに入り、扉の前で困惑したまま待っていたとおっしゃいます。

 

そんな状況にいつも頭を抱えていたところ、静岡県で考案された「介護マーク」のことを知りました。「これだ!」と思った戎さんは、女性用品の買い物や母との外出のたびに「介護マーク」を首から提げることにしました。そうすることで恥ずかしさが軽減し、さらには他人に助けを求めるという行為の背中を、このこのマークが押してくれました。

 

静岡県が主催した認知症介護家族者との意見交換会などで、介護家族から「認知症の人の介護は、外見では介護していることがわかりにくいため、誤解や偏見を持たれて困っている。介護中であることを表示するマークを作成してほしい」という要望が寄せられたことをきっかけに全国で初めて考案された「介護マーク」。詳しくは静岡県の公式ホームページへ。

 

これはいいと思った戎さんは、広島県でも普及をさせようと行政に働きかけました。広島でケアメンの方々と触れ合う機会をもつ私などは、この「介護中」のマークのことを知っていますが、まだまだ世の中に浸透しているとは言えません。まだまだ日本中には、母親や妻の買い物、外出時のトイレのたびにさまざまな葛藤を抱えている方々が大勢いらっしゃることが予想されます。

 

ジェンダーの視点からも、こうした社会理解を広めるツールや、男女共用の多目的トイレの普及が求められています。

 

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