11. 時間や歴史のうねり

 

さて、巨匠、手塚治虫の作品として『火の鳥』を取り上げないわけにはいきません。「黎明編」に始まり、エジプト、ギリシア、ローマ、ヤマトといった古代編があるかと思えば、鳳凰編、羽衣編、乱世編、異形編のような中世を舞台にしたものものあり、さらには未来編、宇宙編、復活編、望郷編、といった未来のものもあり、非常に複雑な物語ですが、一人の人間の一生と人類や宇宙の歴史の大きな流れが同時に語られ、自分が生きていることの意味と世界との関係について思いを馳せることができます。

 

 

 火の鳥手塚治虫各社より 1954年〜

なお、けっこうハードな時空論を展開しておりパラレルワールドがテーマとなっているアニメとして、5pb.の『STEINS;GATE(シュタインズゲート)』(TOKYO MXほか、2011年)が挙げられます。ベルクソンやドゥルーズの時間論を併せて観ると一層深みが増すと思います。

 

 

12. 人間への根源的問いかけ

 

地球上には自分たちよりも強い生き物はいないかのように、人間はふるまっていますが、地球外生物があるきっかけで地上に落下してきて、しかもその生物は知らないうちに人体へ侵入し脳を乗っ取ってしまったら、果たして私たちはのんびりと構えていられるでしょうか。いったい私たちは彼らとどう向き合えばいいのでしょう。いや、そもそも私たち「人間」も、それぞれにさまざまな考え、さまざまな肉体を持っています。多様性の時代においてはその差異をすべて等しく認めることが大前提となりますが、そのことに実際に向かい合うと、困惑どころか理解不能の場合もあります。岩明均『寄生獣』と出会ってから、私は「人間」というものが、それほどはっきりとしたものではないのだと痛感しました。

 

 寄生獣岩明均モーニングオープン/月刊アフタヌーン講談社 1988~95年

 

これよりかなり以前の作品になりますが、永井豪『デビルマン』も、こうした問いを孕んでいたと思います。私自身は今、人間と動物との差異、そして人間とロボットとの差異というものがとても気になっています。諫山創『進撃の巨人』もこの問いの延長線上にある作品ではないでしょうか。

 

 デビルマン永井豪週刊少年マガジン講談社 1972~73年

 

 進撃の巨人諫山創別冊少年マガジン講談社 2009年~

 

私の世代では子どもの頃に「ロボット」アニメが次から次へと登場しました。戦後日本アニメもまたロボットから出発しています。やはり手塚治虫『鉄腕アトム』(フジテレビ系列、1963~66年)を筆頭に、横山光輝『鉄人28号』(フジテレビ系列、1963~66年)、そして永井豪『マジンガーZ』(フジテレビ、1972~74年)など。

 

当時の子どもたちは、ただそのテクノロジーの部分に興味を惹かれていたのかもしれません。しかし、藤子・F・不二雄『ドラえもん』がそうであるように、すでにロボットはそれほど「スーパー」でも「ヒーロー」でもありません。弱いところもあれば失敗もします。そんな中でTVアニメ『機動戦士ガンダム』(名古屋テレビ、1979~80年)が登場し、作中で主人公のアムロ・レイは常に、みんなのために闘うということを追求し、大人たちの偽善や怠慢に対する厳しい批判を行い続けました。

 

 ドラえもん藤子・F・不二雄小学1年生ほか小学館 1969~96年

 

さらにその後のGAINAX『新世紀エヴァンゲリオン』(テレビ東京系列、1995~96年)に至っては完全に大人の世界が壊れており、救いはただ子どもたちの潜在能力と母への愛着と父への抵抗という、やはりフロイトの言うエディプスコンプレックスに根差した感情だけが、世界を意味あるものにしているかのように描かれています。また、楳図かずおの『わたしは真悟』は、2軸ロボットが人間的な意識を持つという物語であり、士郎正宗の『攻殻機動隊』は身体がインターネット化されている世界を描いており、スマート・ウォッチなどウェアラブル機器の延長にある次の時代を先駆けていて興味深いです。2017年3月には実写映画化されて話題を呼びました。

 

 わたしは真悟楳図かずおビッグコミック スピリッツ小学館 1982~86年

 

 攻殻機動隊士郎正宗ヤングマガジン海賊版講談社 1989年〜

 

『The Sky Crawlers(スカイ・クロラ)』は、小説短編集の内容を一つにまとめたアニメ作品で、もちろん小説もおもしろいのですが、アニメのほうは世界の細部が映像化によって具体的に描きこまれており引き込まれます。ここでの主要人物は「キルドレ」と呼ばれるパイロットで、彼は思春期から成長が止まってしまうのですが死ぬことがありません。正確には、死んだあと記憶が失われつつわずかに類似性をもってまた人生を再開するという不思議な存在です。つまり「死を恐れない」という人生観のため虚無的であるのですが、だからこそ命や他者に対する「愛着」「愛おしさ」が巧みに描かれています。

 

 The Sky Crawlers(スカイ・クロラ)押井守・監督、森博嗣・原作ワーナーブラザーズ 2008年

 

 

13. ほかにもまだまだ

 

おや、もう分量がずいぶんと多くなってしまいました。以下はそれぞれ2作のコントラストに注目して、終わりにしたいと思います。

 

◯1982年に連載を開始し、その後の時代を予告した作品

『AKIRA』(大友克洋、週刊少年マガジン、講談社、1982~90年)

『風の谷のナウシカ』(宮崎駿、アニメージュ、徳間書店、1982~94年)

 

◯金や経済に対する欲望の再検証

『銭ゲバ』(ジョージ秋山、週刊少年サンデー、小学館、1970~71年)

『ナニワ金融道』(青木雄二、週刊モーニング、講談社、1990~96年)

 

◯まったく画風は異なるが、これでいいのだ

『バガボンド』(井上達彦、週刊モーニング、講談社、1998年~)

『天才バカボン』(赤塚不二夫、週刊少年マガジンほか、講談社ほか、1965~97年)

 

◯妖怪や異人

『ゲゲゲの鬼太郎』(水木しげる、週刊少年マガジンほか、講談社、1965~97年)

『パタリロ!』(魔夜峰央、花とゆめほか、白泉社、1978年~)

 

いかがでしたか? なかには、みなさんがすでに触れたことのある作品でも、別の視点(哲学とのつながり)から改めて読み返してみると、きっと新たな発見があるはずです。看護業務の日常と哲学に深い関わりがあるように、漫画作品に潜んでいる「哲学的問い」は数知れずあると思います。

(第5回へ続く)

 

 

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