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text by : Satoko Fox
なぜこれほど違いがあるのか
──背景にある文化とメディアのスタンス
1. 文化的・社会的要因(流産や死産へのタブー意識)
日本では、流産や死産はきわめてプライベートで繊細な問題とされ、公の場で語られることに強いタブー意識があります。その背景には、以下のような伝統的価値観、そしてそれに起因する社会的要因があるのではないでしょうか。
● 明るい話題を好む社会的価値観
日本のメディアでは、妊娠や出産は「おめでたいニュース」として頻繁に報じられる一方で、流産や死産などの「喪失」は「重く暗い話題」と見なされ、意図的に避けられる傾向があります。
●「静かに喪に服し、故人を偲(しの)ぶ」文化
悲しみは声に出すよりも、心の内で静かに抱えるべきもの。そうした価値観が日本社会には根づいており、「つらい」「つらかった」と言葉にすることさえ、ためらわれる空気があります。また、他人の悲しみに踏み込まないことが礼儀とされる背景も影響しています。
● メンタルヘルスに対する抵抗感と支援の乏しさ
日本ではメンタルヘルスに関する社会的理解がまだ十分とは言えず、カウセリングの利用も一般的ではありません。「語ること」自体に対する心理的ハードルが高く、必要なサポートを求めにくい風土があります。そのため、当事者が孤立しやすく、回復のための支援にもなかなかつながることができないのが現状です。
2. メディアのスタンスの違い
日本のメディアは、視聴者への配慮、スポンサーへの忖度(そんたく)、炎上リスクの回避などから、センシティブなテーマを敬遠しがちです。このような空気の中では、流産や死産といったテーマをあえて取り上げることは難しく、その結果、メディアからの情報発信が少なく、社会全体の理解や共感も育ちにくくなっています。
一方、欧米のメディアでは、流産や死産といった個人的な経験を「社会的に語るべき問題」として取り上げることが一般的です。多様性やインクルージョン(包括、包含)の重要性が叫ばれる中、こうしたテーマは「語られることで理解が進み、誰かの助けになる」とする価値観が浸透しています。
また、有名人が率直に自身の流産経験を語ることで、「珍しいことではない」「隠さなければいけないことではない」というメッセージが社会に広がり、当事者が語りやすい雰囲気づくりにも貢献しているとも感じます。
メディアが「語れる社会」を後押しする
アメリカでは、流産や死産について語ることが「当たり前」とまでは言えないものの、決して特別なことではないという雰囲気があります。私が経験を打ち明けたときも、「つらかったね」「私も経験があるよ」と、自然にシェアしてもらえることが何度もありました。そこには、「ペリネイタルロスは語ってもよい経験」として社会に、人に、認識されているという共通理解があるからだと思います。そしてその背景には、メディアが長年にわたりこうした話題を避けずに扱い、声を可視化し続けてきた積み重ねがあるのではないでしょうか。
日本でもここ数年、SNSやブログなどを通じて、当事者が自身の経験を発信するということが少しずつ広がってきました。少数ながら、ペリネイタルロスを扱う番組なども見られるようになり、当事者の喪失や悲しみに寄り添おうとする動きが生まれつつあるようです。
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私自身、海外のメディアでペリネイタルロスが描かれるのを見るたびに、「自分だけじゃなかったんだ」と救われるような思いを抱いてきました。時には、胸の奥にしまっていた悲しみがふいに蘇ることもありましたが、それもまた、自分自身の気持ちとていねいに向き合うきっかけになったと感じています。
一方で、日本ではペリネイタルロスに関する情報はまだ限られており、「妊娠すれば無事に出産できるのが当たり前」という認識が、今なお根強く残っているように感じます。しかし現実には、流産や死産は決して特別なことではなく、多くの人が経験している身近な出来事です。
「ペリネイタルロスは誰にでも起こりうること」
「語ってもよいこと」
そうした認識が、少しずつでも社会の中に根づいていくことが必要とされている今──その空気を育てる一歩を、メディアが後押ししてくれることを願いながら、本稿を締めくくりたいと思います。
サトコ・フォックス|2008年、川崎医科大学卒業。聖マリアンナ医科大学病院および附属ブレスト&イメージングセンター勤務を経て、2018年にスタンフォード大学放射線科乳腺画像部門に研究留学。結婚・出産を機にアメリカに移住。乳腺の画像診断の仕事は続けながら、オンラインで助産師が乳がんについて勉強できる「ピンクリボン助産師アカデミー」を主宰。医学書院『助産雑誌』にて「「助産師の疑問に答える!実践的おっぱい講座──多角的な「胸」の知識」連載中。乳がんに関する情報発信のほか、ペリネイタルロス経験者へのピアサポート活動も行っている。医学博士、日本医学放射線学会放射線診断専門医/指導医、日本乳癌学会乳腺認定医。2022年、不妊症・不育症ピアサポーター等の養成研修医療従事者プログラム受講修了