本連載は月刊「看護」2025年6月号からスタートした同名連載の再掲です。

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第2回

震災時に看護はどう動いたか

「能登の灯」の会からの報告

中村 真寿美・澤味 小百合・中西 容子

2025.8.8

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被災者受け入れの実際と課題

── 中西容子

 

このたび、令和6年能登半島地震および同年9月の能登半島豪雨により、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げるとともに、被災したすべての方々に心よりお見舞い申し上げます。

 

地震発生時の状況

 

金沢市では今回の地震の最大震度は5強で、一部地域での住宅崩落や液状化による被害、人的被害も少数ながら報告されました2)。発生当初はなかなか震災全体の状況が見えず、実態を把握することに困難さを感じていました。地震発生から1年以上が経過した今、看護がどのように動いたのかを振り返って当時の状況の検証につなげるとともに、今後の大規模災害の発生に対し、看護が何を実践すべきか自分事として考える機会に本稿がなればと思います。


筆者が所属する金沢市立病院(以下:当院)は、金沢市南部に位置する306床の急性期自治体病院です。当院は築35年を経過し建物の老朽化が進んでおり、発災時には、非常階段の壁に落剝や亀裂が生じるなど建物被害が複数箇所に見受けられ、一時エレベーターが緊急停止となりました。幸い患者や職員に被害はなく、ライフラインは保たれ、診療や看護に支障を来すことはありませんでした。元日というタイミングだったものの、発災後には病院に約50名の職員が自主参集しました。臨時の災害対策本部を設けた医局に職員は集まり、ホワイトボードに院内の状況を書き込んでいきました。

 

筆者の自宅は病院から約10km離れたところにあり、途中の山側環状道路では崖崩れによる通行止めに遭遇し、さらに、津波注意報が出ていたために高台に向かって避難する車の大渋滞に巻き込まれてしまいました。日直勤務中の管理師長や先に到着していた副部長から状況報告を受けながら車を走らせ、通常なら30分弱のところを約2時間かけてようやく病院に到着しました。

 

被災者受け入れの実際と退院支援の困難

 

今回の地震では、多くの住民や入院患者・施設入所者が避難を余儀なくされ、当院を含む金沢以南にある医療機関や高齢者施設、ホテル等が、その受け皿となりました。

 

当院は、地震発生直後の1月2日より能登方面からの入院患者・透析患者・施設入所者で療養が必要な方々の受け入れを開始。病院の方針は「通常医療を止めることなく被災者を受け入れる」ことと示されました。3月末までに受け入れた被災者の数は100名を超えました。最初のころは道路寸断のために移動に時間を要し、何時にどこから何名という基本的な情報さえ錯綜しながらの受け入れとなりました。災害時の混乱の中で準備を進めている被災地域の職員の皆さんの苦労を考え、「とにかく一人でも多く安全に受け入れをしよう」という必死の思いで取り組みました。

 

定期的に、石川県災害対策本部の関係者と各病院管理者が参加する「能登半島ZOOM会議」が開かれたものの、被災と支援の状況を数値で確認できる情報は乏しく、まったく先が見通せない現状にいら立ち、声を荒げる管理者もいるほどでした。筆者らも近隣病院の状況がわからないままでは能登の看護部長との連絡もしにくく、通常医療と支援の両立、そして次の療養先を探すことの難しさに直面していました。多くの被災者は地元に帰りたくても家が全壊し帰れない、入所していた施設が機能していないなど混乱した状況によって、県内の近隣施設への退院調整がなかなか進まず、やむなく隣県に次の療養の場を求めるというケースもあったのです。

 

受援要請の覚悟

 

今回の災害では、多くの被災者の受け入れと退院支援を一気に行うことの困難を経験しました。年末年始で病院は閉院中だったので、1月1日時点の入院患者数は50%台と病床と人員に余裕がありました。

 

ところが、連日にわたって多くの被災患者や施設入所者を受け入れるうち、病棟は瞬く間に90%を超える稼働となったのです。現場では、救急受け入れや通常医療に支障を来さないよう必死でした。また、急激に増加した入院患者は、高齢で介護が必要な方が多くを占め、現場スタッフの疲弊と看護の質の低下が危惧されました。筆者は当初、「当院は被災病院ではなく受援は被災地が優先されるべき」と考えていたのですが、現場の混乱を目の当たりにし、1月中旬ごろ、受援を要請する決断に至りました。

 

あらためて痛感したのは、まず、大規模災害では甚大な被害を受けた病院は早急に機能不全に陥り、そのために被災地から広域に患者を搬送する必要があることです。そして今回の震災の場合、地理上まず受け皿になるのが当院の位置する金沢以南だったということです。患者やスタッフを守り、受け入れた方々の安全を最優先するならば、「被災していない病院も受援の要請を早々に判断すべき」との教訓を得ることができました。

 

“当たり前”が通用しない災害対応

 

想定外の状況で次々と搬送されてくる患者や維持透析が必要な方々、介護が必要な高齢者に質を担保しながら安心してケアを受けてもらうため、災害時にはこれまでの“当たり前”が通用しないことを認識しなければなりません。例えば、発生確率が高まっている南海トラフ地震が起きた場合、直接被災しないであろう日本海側の地域に位置する筆者たちは、今回以上のより多くの被災者を受け入れる可能性があります。そのための準備と覚悟、経験からの学びが重要と考え、リフレクションを重ねながら、今後も看護に取り組んでいきたいと思います。

なかにし・ようこ

2011年金沢大学大学院医学系研究科博士前期課程修了。2024年4月より現職。認定看護管理者。

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教養と看護 編集部のページ日本看護協会出版会

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