連載「まなざし」を綴じる─ZINEという表現のかたち
藤田 理代
第4回:隔たりの間で交わすもの
第4回隔たりの間で交わすもの
暮らしの中で出会うこと
「掌の記憶」をはじめ3回の連載でご紹介してきたZINEは、私が病室で見つめてきた景色が根底にあります。寝たきりになった祖父に付き添い、一人、また一人と身内を見送り、そして自分自身の闘病。本人と家族、それぞれの想いが沈んだ病室の景色を見つめる度に、いつかは自分の番がやってくると頭の片隅ではわかっていたものの、病がもたらす喪失は本当に突然に訪れるものだということを痛感してきました。
その経験から、制作と同じくらい大切にしていることが「暮らしの中で出会うこと」です。改まった「展示」として作品を見せるだけではなく、神社、空き地、図書館、書店、長屋、古民家、高校、大学、幼稚園など、人々が暮らしている空間にZINEを並べたり、ワークショップをひらいたりということを積み重ねています。そういった場所であれば、日々の暮らしに追われている人とも出会うことができる。偶然手に取ってくださった方から「私も本を綴じたい」「家族の本を綴じて欲しい」とご依頼いただくことも少なからずあり、ひかられた場所に本を置くことの大切さを実感しています。
最近では母校の高校でZINEの展示を行ったり、大学の講義にお招きいただきZINEを並べたりと、本を介した表現やコミュニケーションのかたちについて、学生の皆さんにご紹介する機会にも恵まれています。ZINEを手にとっていただきながら、一まわり近く歳下の学生の皆さんとの間で生まれるコミュニケーション。歳が離れていても通じるものもあれば、逆に思ってもみなかった反応や感想、アイデアもあり、ZINEという自由で軽やかな表現の可能性をより感じる機会にもなっています。
講義後、学生さんからご自身の記憶やご家族の記憶についてお話を伺うことも多く、初めましての距離も歳の差も飛び越えて、想いを交わすことができるZINEの可能性もまた感じています。
人と人との隔たりの間に一冊の本を置く。そこから生まれるコミュニケーションを、これからも続けていきたいです。
一緒に綴じるZINE
2015年からはじめた「『母のまなざし』をつくろう」というZINEづくりのワークショップ。連載の第2回でご紹介した『母のまなざし』を読んでくださった幼稚園のスタッフさんから「みんなの『母のまなざし』をつくる機会をつくろう」とお声がけいただき、一緒にはじめたものです。
子育て世代のお母さんたちを中心に、さまざまな年代の方が参加してくださっているこのワークショップ。持ち物は「家族のまなざし」を感じるご自身の成長をおさめた思い出の写真20枚と、その写真に添える言葉だけ。写真と言葉を並べてZINEの原稿をつくり、和紙に印刷。縫い針と糸で和綴じのZINEに仕上げるところまで、すべて手づくりで体験いただきます。
忙しく過ぎる日常からほんの数時間だけ離れて、思い出の写真を眺めながら人生を振り返る。そして、写真を選びながら語り合ったり、完成したZINEを交換して読みあったり。「本に綴じること」と「できた本を手渡すこと」を通して、参加者の皆さんの表情やご自身の記憶に対する語りが変化していく様子に、いつも新鮮な驚きがあります。
その後も書店やシェアオフィスなどさまざまな場所からお声がけいただき、参加者の皆さんと一緒に記憶を辿り、それぞれの一冊を綴じていくお手伝いを続けています。
まだ実現はしていませんが、入院中や入所中の方のご家族と一緒にZINEづくりを通して記憶を辿ったり、出来上がったZINEを施設の専門職の方々とも読み合う中で、記憶を共有していく試みができないだろうか?というお話もいただくようになりました。ZINE作家としてお手伝いできる形を探りながら、実現に向けて少しずつ動いていけたらと思います。
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