★ニクラス・ルーマン(1927- 1998年):ドイツの社会学者で現代の社会システム理論の代表的論者。著書や論文は膨大かつ難解だが、『システム理論入門―ニクラス・ルーマン講義録〈1〉』(土方透訳、新泉社)は比較的読みやすい(かもしれない)[矢原]
臨床社会学の道へ
吉田:私は、「臨床」という言葉を、人と人が遭いケアし合う場という広い意味でとらえていて、すごく大事に思っているんです。その意味で、矢原さんたちが標榜されている「臨床社会学」にも関心があって、ずっと気になってきたのですが、矢原さんは、どのような経緯で社会学から臨床社会学を標榜されるような方向へシフトされたのですか?
矢原:私は一度大学を出て、広告会社でマーケティング・プランニングの仕事をしていたことがあります。なので「現場感覚」みたいなものが少しあるのかもしれません。そのあと大学院に戻って、修士課程の間はひたすら社会システム理論、とりわけニクラス・ルーマン★という難解な学者の議論について勉強しました。その修士課程の2年間で、自分はこれから先、社会学をどういうスタンスでずっと研究していくべきなのかを考えながら、このシステム理論について取り組んでいたのです。
ルーマンという人は社会学自体も社会学の研究対象である全体社会の中の一部にすぎない、つまり学問自体が社会のひとつのシステムにすぎないという、ある種の普遍主義的な社会の見方をされるのですが、そうすると研究者というものがどこか一段高いところから社会を見つめて、何かを記述するということだけでは終われないだろう、という気持ちになったんです。その後、博士課程を過ごした2000年前後には、国内の社会学界において、野口裕二先生や大村英昭先生が掲げられた「臨床社会学」★という名前のもとに、社会学もなんらかの社会のフィールドで役立つような学問に......という志向が生まれてきてもいましたね。
しかし私自身は、ただ社会学を現場で応用すればいいとは考えませんでした。システム理論からすれば、社会学というのはそれがどんなに記述的であろうとも、すでに社会の一部を構成している以上は、あくまで「社会の一部」であらざるを得ないわけです。したがって、あえて「社会に介入する」ことを積極的に標榜しなくとも、社会学の営みは、つねにさまざまな社会領域との関わりの中で生じており、そうした意味で介入的であることを避けることはできない。そうした考えてみれば当たり前のことを射程に入れた形での自分なりの臨床社会学を考えていく必要があるだろうな、と思いました。
吉田:なるほど、大学院で本気で社会学の理論を学び、社会とは何かという問いを理論的にしっかり考えるようになればなるほど、実際の現場、臨床ということとの関係性の中で考えていくことが大事だって思ったということですよね。「本気で理論を学ぶほど、臨床が近くなる」ってことかもしれないですね。私は、1980年代に物珍しい存在として扱われた大卒看護師で、理論から「看護とは?」ってことに入ったんですけど、学ぶほど実践できること、応用できること、現場で使いながら考えることが大事だと思うようになって「臨床」にこだわってきたので、近いのかなあと思いました。
★「臨床社会学」:「役に立つ」社会学の可能性を求めて2000年前後に国内の社会学分野で生じた動き。入門書『臨床社会学の実践』(野口裕二・大村英昭著、有斐閣)などを参照。野口は、その後も独自にナラティヴの視点から臨床社会学を探求している。→『ナラティヴの臨床社会学』(勁草書房)[矢原]
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