イラストレーション  : 楠木雪野

[連載] なかなか会えないときだから考える コロナ時代の対話とケア ● 高橋 綾

session

医療組織でのコミュニケーション
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医療職どうしの対話の必要性

 

近年、医療現場では、患者と医療者との対話だけでなく、多職種連携やスタッフ育成・組織マネジメントのために医療者どうしの対話も必要だと言われています。多職種連携には、患者に関わる複数の専門職との情報共有と協働、そしてそれぞれのアプローチの違いを尊重した対話が欠かせません。また、現在日本では、アメリカの組織教育・マネジメント理論の影響を受け、医療現場に限らず、さまざまな組織で、立場関係なく発言できるオープンで対話的な組織風土をつくることで、その組織の活動やアウトプットの質を上げていこうという取り組みが行われています。

 

リーダーシップのあり方も、トップダウンから、対等なコミュニケーションを通じて、チームメンバーの主体性を引き出すような方式に変わるべきだと言われています。みなさんの職場でも、スタッフ育成などにコーチングや心理的安全性など、これらビジネスシーンでの教育・マネジメントの手法が取り入れられているところが増えているのではないでしょうか。

 

筆者も、患者・家族に対してだけでなく、医療のスタッフや組織内においても対話的態度・環境が重要であると考えています。しかし、筆者の考える対話的態度というのは、傾聴は患者対象、コーチングや心理的安全性はスタッフ対象というような対象によって異なる別々のスキルではなく、基本的に患者・家族に対しても、同僚・スタッフに対しても〈対話的態度〉という、同じ態度・コミュニケーションの方式で接するというものです。そして最後に述べるように、医療、対人支援組織における対話的態度・環境というのは、ビジネスシーンとは異なる特別な意味があると考えています。

 

けれども、ナースのみなさんからは、患者・家族には対話的態度が取ることができても、ナースや医療者同士になるとそれが難しいという話をよく聞きます。その理由はいくつかあり、ナースにとっては、患者は業務としての傾聴や受容の対象だけれども、同じ医療職についてはそう捉えていないということや、リーダーの中には、スタッフに対して、専門職としての期待値があるため、ついつい厳しく評価的な眼差しで見てしまうという方もいます。

 

また、事例検討やカンファレンスなどのコミュニケーションでは、職種や職位の違いがあり、なかなか対等な話し合いにはならないことや、医療現場の話し合いにおいては問題解決志向が強いため、意見の違いを「対立」として捉え、どちらが正しいかというマインドセットでみてしまい、意見の違いをポジティブには捉えにくい、ということもあるのではないかと思います。

 

時間が限られた中での話し合いで、効率よく意見を伝え結論に達するという必要があるとは思いますが、すべての話し合いを対話形式に変えることは無理でも、「急がば回れ」で、話し合いの前に少し相互理解の時間をとることや、内容によっては話す形式を変えてみることから始めてみてはどうでしょうか。ここでは、筆者が見聞きした、ナース・医療者同士の対話的なコミュニケーションの例について紹介します。

 

多職種の「協働」のために必要なこと

──さまざまな違いをポジティブに捉え、生かす

 

多職種連携において対話が必要な理由は、現在の医療現場では治療だけでなく、患者のQOLの向上も重要な目的となることが多いからです。治療法の選択など、エビデンスがあり医療者の間で答えが一つに決まりやすいものに対して、患者のQOLを考えた療養生活の選択などについては、患者によって価値観が異なるのと同様、専門職によっても見方やアプローチが異なり、一つの答えに収斂しないからこそ対話や協働が必要になるのですが、それはなかなか簡単にはいかないようです。

 

医療者と患者の間に違いがあるのと同様、同じ医療職とはいえ、多職種のなかには、さまざまな違いが存在します。まずは、医師、看護師など職種による物の見方(フレーム)の違いがあります。そして、同じ看護師でも、病院の看護師と訪問看護師のように、日頃主に活動している場がどこかによって、見えていることが違ってきます。それだけでなく、職種以前に、それぞれの個人の価値観やコミュニケーションスタイルの違いもあります。

 

一つの答えに到達することを重視する場合には、この違いは障壁になるかもしれませんが、一つの答えに収まらないことにさまざまな人々と協働で取り組むためには、この違いを互いにポジティブに捉えられるようになることが必要です。そのためには、さまざまな違い、違う意見を出しやすい場、関係性を話し合いの準備運動として作っておく必要があります。

 

筆者の場合は、話し合いの内容に入る前に、業務や内容に関係のない簡単な質問(例:夏休みにしたいこと、最近はまっていること)をして、全員が必ず一言話すということを行なっています。特に職場での話し合いは、声の大きい人や職位が上の人だけが話すということになってしまいがちなので、このような導入を設けることの意味はあると思います。これを同じ病院のナース同士の話し合いでやってみると、普段仕事の話しかしなかったけど、同僚の違う側面を知ることができたという感想が多く出てきて、このことが話し合いの内容にも良い影響を与えることがあります。

 

「善か、あるいはもう一つの善か」で考える/

  具体的な問いやテーマを共有する

 

さらに、スタッフや多職種の間で合意や調整が難しい場合、価値や物の見方、アプローチが違う、という点にあることがほとんどです。このような場合、無理に一つの答えを出すこと以外の方法が考えられる場合もあります。

 

以下は、緩和ケアのナースの研修で、次のような事例について話し合ったときの出来事です。

 

通院でがん治療をしている60代後半の男性の患者Yさんは、がん治療を長く続けてきたが、病気が進行し「抗がん剤治療を続けることは意味がない」と医者から言われ落ち込んでいる。一緒に暮らしている奥さんには弱音を吐けないようで、家での言葉数も減っている。体調が悪そうなのだが、奥さんが助けようとすると「来なくていい!」と声を荒げることもある。本人が一人で抱え込んでおり、周囲への訴えがないので、家族・医療者としてもどのように関わっていいのかわからず、こう着状態に陥っている。

 

この事例について、参加者たちは「Yさんの気持ちが知りたいが、どうやったら話してもらえるだろう」「もしかしたらYさんはうつ状態なのかも」「緩和ケアやホスピスへの移行も話したいけど、今の状態では難しいかな……」とそれぞれが気になっていることをまずは出し合いました。そのうえで、現在のこう着状態を変えるために「どこに、どういうアプローチをすれば事態を少しでも変えられるか」ということを共通の問いとして意見を出し合うことにしました。

 

すると、「Yさんはこれまでの生き方から言って、家族にはなかなか弱音を吐けないのだろうから、ナースから『家族には言えないかもしれませんが、私たち(ナース)には、なんでも言ってくださいね』と声かけしてはどうか」という意見や、「本人の頑なさはなかなか変わらないかもしれないので、まずは奥さんの話を聞いて奥さんをケアするとよいのでは」という意見、「つらい気持ちを言葉にするのが難しい人もいるので、無理に話してもらおうとはせず、まずはYさんの身体症状が楽になるようなサポートを受け入れてもらえたらいいのではないか」というように、少しずつ違う意見が出てきました。

 

参加者のなかには、ケアの方針を一つに決めなければと思った方もいたかもしれませんが、進行役である筆者から「同じ患者さんのことでも、それぞれに思いつくケアの方法がいろいろとあるんですね。このような場合は、どれがよいと一つに決めず、それぞれの人がいろいろな仕方でアプローチしていってもよいのではないでしょうか」と提案すると、みなさんが納得した顔をされていました。

 

物の見方の違いや、それに由来するアプローチの仕方の違いについては、どれが正しく、どれが間違っていると決められないことも多いです。しかし意見が違うからといって対立せずにその違いを理解し合い、どの立場も一理あるとして、善か悪かではなく「善か、あるいはもう一つの善か※1と考えてみるほうがよい場合もあります。このケースのようなケアのアプローチの違いについては、どれか一つに正解を決める必要はなく、それぞれの医療者がお互いに情報交換もしながら、自分のしかたで関わり続ければ、その多様な関わりのどこからか、変化が生じる可能性はあります。

 

※1 鶴若麻理、長瀬雅子編『看護師の倫理調整力ー専門看護師の実践に学ぶ』、

  日本看護協会出版会、p.9.

 

また、Session6で紹介した対話の三角形はここでも有効であり、意見やアプローチの違う人たちの間で、その違いがありながらも、目指すところやテーマ・問いが共有されている、ということが重要です。目標やテーマ・問いを共有する場合でも、「患者中心」「QOL」のような抽象的なキーワードではなく、「どこに、どういうアプローチをすれば事態を変えられるか」のような、行動にも移しやすい具体的な問いで、アプローチの違いを許容できるようなテーマや問いを共有し、そのもとで、互いの違いを認めながら協働できればよいのではないかと思います。

 

 

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>> この連載について/予定

教養と看護編集部のページ日本看護協会出版会

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