イラストレーション  : 楠木雪野

[連載] なかなか会えないときだから考える コロナ時代の対話とケア ● 高橋 綾

session

質問を通じ、自他の考えや価値観を理解・尊重する

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質問するワークを看護実践に生かす

 

筆者が行っている看護師向けの研修や大学の対話の授業では、自分の意見を言い合うのではなく、まずは、これらの質問も使って、誰かにいろいろな角度から質問をし、相手の考えを推論・理解するワークをおこない、共に考えることの入り口としています。ここでは、ワークの詳細を紹介することはしませんが、このワークをしてみると、質問をする側の参加者たちは、だいたい「最初に相手の価値観はこうかなと思ったのと、質問してみたら違っていた」と感想を言う人が多いです。わたしたちは、かなりの場合、相手の言動や選択の表面だけを見て、相手を評価をしたり、理解したつもりになっていることが多いようです。また、相手と自分との感じ方が違う場合、なぜそんなことでいらっとするのかと違和感を持ったときには、その気持ちを脇においておき、まずは理解するために質問するということが難しくなる、ということに気づく人もいます。

 

他の感想としては、このワークは複数人で質問をするため、「他の人がする質問は、自分の発想では出てこないものがたくさんあった。いろいろな人がいろいろな角度から質問することで、相手の考えがよりよくわかった」というのもよくあります。質問の仕方にも個性が出るため、質問する側の人の関心のありかや価値観についてわかることもありますし、そうしたいろいろな角度からの質問があることで、相手の考えていることがより立体的に見えてくる、というのは、多職種チームで関わり、患者についてのそれぞれの印象や理解を交換・総合することで、患者のことがよりよくわかるということにも通底しているかもしれません。また、「質問することを通じて、質問をする自分の価値観や関心のあり方にも気づいた」という感想も時々聞かれます。

 

ある時、看護師向けの研修で行われているこのワークに参加してくれた方(Aさんとします) が、早速この研修で学んだことを生かして患者さんに質問をしてみた、と教えてくれました。

 

Aさんは、緩和ケア病棟で働かれているのですが、ある入院患者さんが、高価な地鶏の生卵を毎日食べることを日課にして、奥さんに毎日新鮮な卵を買って持って来てもらっていることを知りました。病院で出される食事で栄養は十分たりているし、わざわざ奥さんに負担をかけてまで、卵を持って来させる必要はあるのだろうか…と受け持ち看護師であるAさんはすこし違和感をもったそうです。普段ならモヤモヤしつつ見て見ぬふりをするところだけれど、今回は「研修で学んだ質問をしてみよう!」と思い立ち、「どうして毎日卵を食べることが大事なんですか?」と質問してみたとのことでした。質問をきっかけに対話をしばらく続けると、この患者さんは、卵を食べることそのものよりも、「薬や医者に頼らず、なるべく自分の力で自分の健康を管理することが重要である」と考えていることがわかり、納得できたそうで、「決めつけないで、思い切って質問してよかったです!」と報告してくれました。

 

対話のなかで患者の価値観を尊重する

 ──違いを大切にしつつ協同する関係を築く

 

この例からわかるのは、この患者さんの「自分で健康を管理することが重要である」という価値観を尊重することは、必ずしも地鶏の卵を毎日食べたいという要求に従うということとイコールではない、ということです。表面的な言動や意向の背景にある価値観がわかれば、もし、病状の悪化などで卵が食べられなくなった場合でも、服薬や日課を自分で管理してもらうなど、患者さんの価値観を違うしかたで尊重することは可能です。もし、毎日卵を届けることが家族の負担になっていると看護師が感じる場合には、「〇〇さんは、ご自身で体調や健康を管理することが大事だと思っておられるんですね」と相手の価値観は肯定的に受け止めたことを伝えつつ、「私には、毎朝卵を届けるのは、奥さんの負担が大きいように見えるのですが、何か代わりにできることはないですか」とアサーティブに問いかけ、共に考えることもできるのではないでしょうか。

 

また、相手の価値観を理解し、尊重するためには、相手を理解するだけでなく、自分の価値観や、お互いの価値観の違いに気づくことが重要です。Aさんが患者さんの行動をみて違和感をもったのは、自分ならそうしないと思ったからで、その背景には、「食材にそこまでお金や労力をかける必要はない」という個人の価値観や「病院の食事で十分栄養は摂れているのでそれ以上の栄養摂取は不要である」という医療者としての判断があったのではないかと思われます。おそらく患者さんに質問をすることで、Aさんはそうした自分の考え、価値観にも気づき、患者さんとAさんの価値観は違うが、それはどちらも理解可能なもので、どちらかかが正しい間違っているということはないと納得したのだと思います。

 

表面的な相手の言動や選択に違和感がある場合でも、相手がそれをする理由や価値観がわかれば、多くの場合、ある程度納得のできるものですし、自分の価値観にも気づき、双方の価値観の違いをそのまま受け入れることができれば、今の状況での比重の置きどころが違うだけで、一緒にできること、考えられることはあるはず、と思えるはずです。相手の価値観を尊重するということは、実は、相手の価値観だけでなく、自分のそれにも気づき理解した上で、その違い、相手も自分も尊重するということ、そこから、対立や迎合ではなく、違いを大切にしつつ協同する関係を作っていくことなのだと筆者は考えます。

 

だとすると、患者の価値を理解し尊重するということは、医療者が、自分は関係ないところに立ち、変わらないままで、患者の要求をただ受け入れる、という態度では不十分ではないでしょうか。患者の価値を理解し尊重するということは、患者の違和感のある言動や選択にも、能動的に質問をして関わり、相手の価値だけでなく、医療者自身の価値にも気づき、違いを肯定的に受け入れる、そのことを通じて、患者と医療者双方が、すこしづつ変容し、価値が異なっても一緒に考えることができるようになる、双方向の対話的なプロセスのことを意味するのではないかと筆者は考えています。

 

 

 

 

 

 

 

自分自身の前提についても気づくというおもしろさ

 

『価値観』という言葉は、医療の分野ではよく登場する言葉の1つであり、患者・家族の価値観は? あなたの看護観、倫理観、死生観は? という問いは、みなさんも学生の頃からよく投げかけられてきたのではないでしょうか。

 

第1回でご紹介いただいたSPACE-Nのプログラムでも、今回紹介があった「相手の考えを知り、ともに考えるための質問」が書かれたカードを使ったセッションを行っています。そのセッションでは、相手の大切にしていることを知るためにカードを使いながら質問し、対話を進めていくのですが、そのプロセスで、相手のことを知ろうと質問しているのに、自分自身の前提にも気づくというおもしろい体験を毎回しています。どうして相手はそう思うのだろう? と自分が感じることについて、カードの質問を使って対話を進めると、そもそも自分はそれが当たり前だと思っていたから違和感があったのか、などと自分自身の前提や価値観に気づくのです。

 

このプロセスは、臨床現場において、患者・家族とベッドサイドで対話する場面やさまざまな価値観をもつスタッフとのカンファレンスの場面でも同様に必要なプロセスではないでしょうか。例えば、臨床現場では患者・家族と目標を共有し、そこに向けて一緒に取り組んでいくことが求められますが、この目標設定の際にも患者の希望や意向は何かを把握することが欠かせません。そしてそれを知るためには、そもそも患者・家族が大切にしていることは何かなどの考えや価値観を知る必要があり、高橋さんがおっしゃるように、それがわからないと、なかなか患者・家族の価値観を尊重してケアを行うというのは難しいですね。

 

あなたのことをもっと知りたい、理解したい、という姿勢

 

以前経験したケースで、複数の慢性疾患をかかえ、ベッド上での生活を余儀なくされていた患者さんに、目標共有に向けて受持ち看護師が今後の希望を確認すると、「歩きたい」とお答えになりました。その方の病態・病状から考えると、一人で歩けるようになるのは現実的に難しく、医療者が想定できる目標とに差がありました。患者さんのこの発言から、「歩いて何かしたいことがあるのだろうか?」「歩くということが患者さんにとってどういう意味があるのだろうか?」とカンファレンスで話し合いが行われました。その患者さんの根底には、「人に迷惑をかけたくない」「自分でできることは自分でやりたい」「歩けるようにはならないという現実を受け入れたくない」などのさまざまな思いもあったのだと思いますが、やはり患者さんの考えをもっと知る必要があるということで、看護師がベッドサイドで対話を繰り返しながら患者さんの考えを聞いていきました。

 

その時は、カードにあるような「歩くって、どういうことができるとよいってこと?(意味)」「なぜそう思うの?(理由)」という質問をしながら、患者さんと一緒に考える中で、患者さん自身も質問に答えることで、自分が何より大切にしたいのはどんなことなのか、残りの人生をどう生きていきたいと考えているのかなど、自分自身の考え・価値観に改めて気づくという体験をされているようでした。このケースから、誰もが自分の価値観を自ら語れるわけではなく、患者自身が自分の大切にしていることに気づけるように医療者も質問し、対話を繰り返していくこと、そしてそれによって医療者自身も自分の前提・価値観を自覚し、両者の違いをふまえて、共に目標を目指していくことが必要であり、患者・家族の価値観を尊重してケアを行うというのは、高橋さんがおっしゃるように、一方的になせるワザではなく、「双方向の対話」を通したプロセスが必要不可欠なのだと改めて感じました。

 

カードの質問を知ると、もっと掘り下げて相手の考えを知りたいという思いから、ついつい一方的に質問攻めにしてしまい、相手に脅威を与えてしまうとSPACE-Nの受講者からもよく耳にします。ですから、「あなたのことをもっと知りたい、理解したい」という姿勢を示しながら活用するということを忘れずに、みなさんもぜひ臨床現場の中でカードの質問を意識的に使ってみてください。さらに一歩踏み込んで相手の価値観に触れることができる機会になること間違いなし! です。

 

 

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今回のひとこと〜緩和ケアの現場から 新幡智子 慶應義塾大学看護医療学部 SPACE-Nワーキンググループ

>> この連載について/予定

教養と看護編集部のページ日本看護協会出版会

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