text by : Satoko Fox
こんにちは。私は、乳がんの画像診断を専門とする医師です。
ここ数年は、「病院では行き届かないサポートを新しいカタチで」という想いを込めて、ウィメンズヘルスの領域で多角的な情報発信を行っています。
連載「女性医師×経験者が考えるペリネイタルロス」では、流産・死産・新生児死亡で子どもを亡くすこと、周産期の喪失を意味するペリネイタルロス(perinatal loss)を取り上げ、その実態や求められる支援について考察しました。
詳しくはそちらの連載記事を読んでいただければ、と思いますが、私は38歳のときに2回の稽留流産、さらに異所性妊娠(子宮外妊娠)で手術を経験しています。
度重なるペリネイタルロス後、心は深く沈み、毎日をどう過ごせばいいのかわからない日々が続きました。それでも時が経つにつれ、少しずつではありますが、自分の内側に変化が生まれていることに気づきました。たしかにつらい出来事ではあったけれど、失ったものばかりではなく得たものもあったのかもしれない──そんな感覚が生まれてきたのです。
この感覚を表す言葉はないのだろうか。
そう問い続けていたときに出会ったのが「トラウマ後成長」(posttraumatic growth;PTG)という概念でした。PTGとは、トラウマ(心的外傷)となるほどの非常につらい体験を経て、人として新たな成長を遂げる現象を指します。苦しみの渦中にいるときには想像もできませんが、その体験が結果的に人を変え、視野を広げ、人生に新しい価値を見出させることがあるという考え方です。
一方で、長年、乳がん診療に携わる中で、患者さんとの交流から多くのことを学んできました。その中の一つが「キャンサーギフト」という言葉です。
がんという病気は人生を大きく揺るがす出来事ですが、中には、
「病気をきっかけに、人や社会とのつながりの尊さに気づけた」
「自分にとって本当に大事なものが見えた」
と語る患者さんもいます。つらい経験の裏側に「贈り物」のような気づきがある──その感覚は、私がペリネイタルロスの経験を通して感じたものと、どこか重なっていたのです。
PTGとキャンサーギフト。後述するように、それぞれの背景は違っても、これら2つの概念にはどこか共通する響きがあります。
人は苦しみの中から何を受け取り、それをどう未来へつないでいくのか。
そして、これらの言葉を使うときに、私たちは何に注意すべきなのでしょうか。
私自身の体験と、患者さんたちの思いを重ねながら、この2つの概念を改めて見つめ直してみたいと思います。
「トラウマ後成長」(PTG)とは
PTGは、1990年代に心理学者のテデスキとカルホーン1)によって提唱された概念で、非常につらい出来事やトラウマ(心的外傷)体験をきっかけに、人として成長していくことを指します。
「トラウマ」と聞くと、PTSD(post-traumatic stress disorder;心的外傷後ストレス障害)の原因となるような重い出来事を想像しがちですが、PTGのきっかけとなるものはそうとは限らず、たとえば、信頼していた人からの裏切り、試験の不合格、家族の病気なども含まれます。
重要なのは、その出来事が「その人の価値観や信じてきたことを大きく揺るがしたかどうか」であり、主観的にどれほど大きな衝撃として体験されたかがカギとなります。
成長は、出来事そのものから自動的に生まれるのではなく、その後の「苦闘」のプロセスを通して育まれます。なぜ起こったのか、自分にとってどんな意味があるのかを考える「意味づけ」や「反芻」(振り返り)が大切です。この過程で、人は新しい世界観や自己理解を作り直していきます2)。
さらに、経験を言葉にして他者と共有する「自己開示」や、自分の物語を語り直す「ナラティブの再構築(リフレーミング)」という手法もPTGを助けます。そして、他者からの共感や支えといった社会的サポートは、孤独感を和らげ、肯定的な変化を促す重要な要素です。
PTGは、主に以下の5つの因子に具体化されます。
・人間としての強さ
・新たな可能性
・他者との関係
・人生に関する感謝
・スピリチュアルな変容
これらの因子は互いに関連し合い、本人の回復力やサポート環境などとともに、総合的なPTGの「深さ」を形作ります。