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「産後うつ?を見逃さない

グレーゾーンの母親・父親へのケア

以前より産後うつは課題とされ、国は「妊娠期から子育て期にわたる切れ目のない支援」をめざし、さまざまな支援事業を展開してきました。しかし未だ、妊娠・出産・育児に関する何らかの悩みを抱えているにもかかわらず、それらの支援の網からこぼれ落ちている母親・父親が存在します。

 

Nursing Todayブックレット・22 『「産後うつ?」を見逃さないでは、編著者の杉浦加菜子さんが運営するじょさんしONLINE(オンラインで妊産婦やそのパートナーから妊娠・出産・育児に関する相談に乗る)での相談内容や調査などから、「産後うつ一歩手前かも……」と感じる母親・父親に支援が届きにくい現状や、彼らの抱える問題とその支援のあり方について解説しています。

 

この記事では、産後うつグレーゾーンの母親・父親が今求める支援について、ブックレットでは書ききれなかった願いや思いを杉浦さんに記していただきます。

※この記事の内容についての詳細は以下の書籍をご参考ください。

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妊産婦死亡の原因の第一位が

“自死”であることに衝撃を受けて

杉 浦 加 菜 子

株式会社じょさんしGLOBAL Inc. 代表取締役

あおぞら助産院 院長・助産師

日本は妊産婦死亡率や新生児死亡率が低く、世界でも有数な産前産後の医療体制が整えられています。一方で、国立成育医療研究センターの人口動態統計(死亡・出生・死産)からみる妊娠中・産後の死亡の現状には、妊産婦死亡の原因の第一位が「自死」というショッキングな調査結果が出ています。

 

2018年、この報告を知ったとき私はとても衝撃を受けつつ、悲しいことにどこかで「これは当然かもしれない」という気持ちも抱きました。というのは、私自身にも妊産婦の一当事者として感じた孤独や不安があったからです。

 

日本では、子育て世代包括支援センターを拠点とした「妊娠期から子育て期にわたる切れ目のない支援」が政策として謳われてきました。私も助産師として微力ながらその理想に貢献してきたつもりでしたが、現実にはハイリスクの妊産婦であったり、妊産婦自らSOSを出さない限りは、必要とする人への支援が届きにくい現状を目の当たりにしてきました。

 

日本は子育てしにくい国?

 

私は妊娠・出産を経て、海外での育児を経験したことを機に、さまざまな国で暮らす日本人の妊産婦にインタビューを行いました。国内の状況と比較することで、なぜ日本には自死してしまう妊産婦が多く、その原因がどこにあるのかがわかると思ったからです。また、仮に自国では「切れ目のない支援」に支えられていたとしても、海外に出たことでその支援が届かない日本人がどれくらいいるのかを知りたいという切実な思いがありました。

 

インタビューを通じ、26カ国に住む60名以上の妊産婦に話を聞くなかで、思いのほか最も衝撃だったのは、発展途上国・先進国にかかわらず、ほとんどの方が「日本よりも子育てはしやすい」と話していたことです。「医療面・制度面で心配がある」「治安に不安がある」という声はあるものの、「妊婦や子どもにとても親切な人が多い」という実感を持つ方の数が圧倒的でした。その反対に、日本では「医療面や制度面は整っているけれど、妊娠や育児をしているとどこか窮屈に感じる」といった話を聞きました。私自身も、オランダで育児を経験して同様に感じた一人でした。

 

いったい何が、日本の妊産婦に「自国は子育てしにくい国である」と思わせているのか。果たして、本当にそうなのか。そう感じるのは個人としての課題なのか、それとも社会が抱える課題なのか……。

 

これらには、さまざまな意見があると思いますが、私自身は「不安や悩みを抱える妊産婦や、そのパートナーが少なくなれば子育てがしやすい環境につながる」という考えから、「じょさんしONLINE」での相談事業を始めました。でもこれは、あくまで産前産後の支援の一つにすぎず、この取り組みだけで不安や悩みを抱える母親・父親をゼロにできたり、日本を子育てしやすい国に変えられるわけではありません。それでも、さまざまな相談への対応を重ねるなかでだんだんと見えてきたことや気づいたことがいくつもありました。それらを皆さんと共有し、少しずつでもよりよい方向へと進んでいけばと思い、ブックレット『「産後うつ?」を見逃さない』の企画と執筆に取り組みました。

 

最も伝えたかったこと

 

このブックレットを手にとっていただいた方に最も伝えたかったことは、2つあります。1つは「支援者だとしても一人や一組織で抱え込まなくてもよい」こと、そしてもう1つは「出産する女性のパートナーへの支援も大事である」ことです。

 

①支援者だとしても一人や一組織で抱え込まなくてもよい

私が以前、病院に勤めていたとき、産後の母親と父親に伝えられることがあれば、妊産婦が病院にいるうちにすべて伝えなければと思い、退院指導の際に情報を詰め込むように話していました。しかし今思えば、それらの内容のほとんどは彼女たちの右の耳から左の耳へ抜けてしまっていたのでしょう。

 

その後、オンライン相談を始めてみたことで「病院の中ですべての支援を行おうとしなくてもよいのだ」という実感を持ちました。地域には病院だけでなく、助産院、自治体、保育所など産前産後の母親を支えてくれるさまざまな場所があります。最も大事なのはそれぞれの役割ごとに、母親・父親を中心に支援する人(組織)がどのようにつながり、支援し続けられるかなのです。

 

支援する側が一人で、または一つの組織で抱え込まず、自分(たち)が置かれている環境で最も注力したほうがよい支援は何かを見つけ、そこだけはしっかりとフォローをし、自分たちにできない支援は他の人や組織につなげて任せる。このような仕組みをつくることができれば、ブックレットにご寄稿いただいた精神科医の江村和世さんの表現を借りるなら、くもの巣のように幾重にも重なる支援の網”が実現できるのではないでしょうか。

 

そうすることで、一人で抱え込み「あれもできなかった」「これもできなかった」と自責の念にかられる専門職が少なくなるのではと考えます。

 

②妊産婦のパートナーへの支援も大事

女性の産後うつが語られる際に、ともすると「母親は大変なんだから!」という観点から父親に圧力が向けられる風潮には懸念を感じます。というのも、父親の中には親になることに不安を感じていたり、仕事と家庭の間で板挟みになってしまい、自分自身が「産後うつかも」と感じていたりする人が増えているのです。こうした「男性の産後うつ」の実態はまだよく知られておらず、ましてやそのような父親が安心してSOSを出せる場はほとんどありません。支援者は、出産前後の母親を支える立場である父親に対してもサポートする必要性を重視すべきです。そのうえで、母親と父親が互いに自身のつらさばかりを主張してしまっている場合には、それぞれが置かれている立場や状況に対して、相互に理解を示すことの大切さを伝えるとよいでしょう。

 

また、私たちの社会の問題として「妊娠・出産は女性だけがつらい思いをする」というネガティブな捉え方ではなく、女性にしか経験ができない妊娠・出産というかけがえのない出来事を尊重しながら、それに伴って生じてしまう社会的な弊害をどうすれば無くし減らせるのかを、妊産婦とそのパートナーや周囲の人々(職場の上司や同僚、地域のコミュニティなど)とともに、建設的に話し合える機会をもつことが必要です。

 

 

産前産後の母親や父親への支援を充実させるには、医療体制、教育システム、働き方などいくつもの壁があると日々実感しています。私たち一企業だけで成し遂げるにはあまりにも壮大で、大きな壁が立ちはだかっています。それでも、支援者たちの横のつながりを大事にし、妊産婦とその家族が心身ともに健康で幸せに暮らせる社会をつくろうという共通の目標に向かって手を取り合い、ともに少しずつ壁を小さくし、登っていければと思っています。

 

そして医療施設だけでなく、企業や自治体、家庭の中などあらゆる社会の場において、親となる方への社会的・心理的・身体的な支援の仕組みがつくり上げられていくことを願います。本書を手にとっていただいた皆さまとともに、これからも小さな、でも確実な歩みを進めていきたいと思います。

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