text by : Satoko Fox
現代女性の「選択できる自由」とその重み
現代の女性は、職業、結婚、出産といった節目において、人生の選択肢を自分で決めることができます。ただ、それは素晴らしい進歩ですが、選択肢が多いからこそ、迷いも生まれます。しかも情報は、身のまわりの人だけでなく、全国から、世界中から入ってくる。だからこそ、「自分の選択は本当に正しいのか?」という迷いは深まります。
今、私は日本に一時帰国中で、毎朝、NHKの連続テレビ小説「チョッちゃん」の再放送を観ています。舞台は昭和初期から戦後。明治末期に生まれた主人公・チョッちゃんは19歳でバイオリニストと結婚し、声楽の夢をあきらめ、専業主婦となります。
結婚が「キャリアの終わり」だった時代と比べれば、今は家庭と仕事の両立がほぼ当たり前になってきています。けれど、驚くべきことに、私たちの身体的な出産適齢期は、チョッちゃんの時代と何一つ変わっていないのです。
女性の年齢と妊孕性の現実
医療技術の進歩によって、40代での出産が可能なケースも増え、卵子凍結という選択肢も日本で広がりつつあります。しかし、こうした技術があるからと言って、「先延ばしにしてもいい」という安心材料とはなりません。
生物学的に、女性が妊娠・出産に最も適しているのは20代~30代前半。そして、妊娠する力、妊孕性は32歳ごろから少しずつ低下を始め、37歳を過ぎると、その下がり方は一気に加速します。加齢とともに妊娠率は下がり、同時に流産のリスクは上昇します。実際、流産率は、35歳を超えると約20%、40歳では約30%、そして45歳になると60%にまで達します。
つまり、「妊娠できるかどうか」だけでなく、「無事に出産できるかどうか」も、年齢と密接に関係しているのです。
しかし、たとえこの確率を知っていたとしても、「まさか自分がその当事者になるなんて」。想像もしていなかったし、想像以上につらいものでした。そして、年齢が上がるほど、「もっと早く決断していれば」「自分のせいかもしれない」と、自分を責める気持ちも強くなります。
出産のタイムリミットが近づく中、まだペリネイタルロスによる心の傷が癒えていないのに、次の妊活や不妊治療に進むかどうかを迫られる──それは本当に、心がすり減るような経験でした。
知識を「自分ごと」にできる性教育を
私が産婦人科ではなく放射線科の医師でありながら、このような発信をしているのは、自分の体験や同様の経験をした方たちの声を次世代に伝えたいからです。
「子供は産んだ方がいいよ」「早く産んだ方がいいよ」と押しつけたいわけではありません。でも、「もっと早く知っていれば」「もう少し考えるきっかけがあったら」と自分自身が思ったり、そのような声が聞かれたりすることは事実です。
生物学的な出産の適齢期と、社会的なキャリア形成のタイミング。この2つにどう折り合いをつけるか。それは決して簡単なことではなく、多くの人が悩むテーマだと思います。だからこそ私は、妊孕性、不妊、流産といった現実も含めて、正面から、ていねいに語ることのできる場を作りたいと思っています。
不妊やペリネイタルロスの視点を性教育に取り入れ、「いつかあなた自身の人生にも関わるかもしれないこと」として届ける。そんな性教育が、これからの時代に求められているのではないでしょうか。
社会の仕組みが「選択」を支える
私自身、キャリアの大きな中断はなかったものの、今は非正規雇用という形態で働いており、まさに先ほどお話しした「M字カーブ」の途中にいます。時折悔しさを感じることもありますが、それと同時に、子育てはかけがえのない、やりがいのある仕事だと実感し、日々幸せも味わっています。妊娠・出産・育児といったライフイベントによって影響を受けやすいのはやはり女性です。個人の努力だけで乗り越えるには限界があり、社会全体の仕組みで支えていく必要があります。
出産後も男女が平等に働き続けられる制度。キャリアを中断させない仕組み。男性の育休取得率の向上や、長時間労働の是正。フレックスタイム制度やテレワークなど、柔軟な働き方の導入。病児保育の拡充。そして、非正規雇用者の待遇改善。
こうした基盤が整って初めて、誰もが自分の人生を自分らしく選び取ることができるのだと思います。
連載のおわりに
これまで10回にわたり、ペリネイタルロスを経験した女性医師の立場から執筆してきました。
人生は思いどおりにいかないことも多いけれど、まずは「知ること」が大事です。そして、自分にとって納得できる選択をするためには、そもそも選べる環境が必要となってきます。そして、思いがけずつらい出来事があったときは、自分1人で抱え込まずに、誰かに助けを求めてください。ピアサポートの力や、ともに悲しみに寄り添ってくれる人の存在は、心の支えになります。
悲しみを経験した人が声をあげること。それを受け止める社会があること。その積み重ねが、誰かの未来を支える「新しい当たり前」につながっていくと信じています。
この連載が、どこかで誰かの気づきや安心につながっていたら嬉しいです。読んでくださって、ありがとうございました!
●● 参考
1)国立研究開発法人国立成育医療研究センター「プレコンセプションケアセンター」
https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/preconception/
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サトコ・フォックス|2008年、川崎医科大学卒業。聖マリアンナ医科大学病院および附属ブレスト&イメージングセンター勤務を経て、2018年にスタンフォード大学放射線科乳腺画像部門に研究留学。結婚・出産を機にアメリカに移住。乳腺の画像診断の仕事は続けながら、オンラインで助産師が乳がんについて勉強できる「ピンクリボン助産師アカデミー」を主宰。医学書院『助産雑誌』にて「「助産師の疑問に答える!実践的おっぱい講座──多角的な「胸」の知識」連載中。乳がんに関する情報発信のほか、ペリネイタルロス経験者へのピアサポート活動も行っている。医学博士、日本医学放射線学会放射線診断専門医/指導医、日本乳癌学会乳腺認定医。2022年、不妊症・不育症ピアサポーター等の養成研修医療従事者プログラム受講修了