text by : Satoko Fox
お悩み 3「『早く元気にならなきゃ』と焦るが、うまくいかない」
ペリネイタルロス後には、怒り、悲しみ、喪失感、不安……といったさまざまな、いわゆるネガティブな感情が押し寄せます。「いつまでも落ち込んでいてはいけない」「早く元気にならないと!」と、自分を急かしてしまうこともあるでしょう。
でも、悲しみは、一気に乗り越えられるものではありません。むしろ、「早く元気にならなきゃ」と焦るほど、かえって心が追いつかず、苦しくなってしまうこともあります。そんな状況にある人には、次のような言葉をかけるとよいでしょう。
●具体的な声かけ例
「グリーフ(悲嘆)のプロセスには時間がかかるよ。ゆっくりで大丈夫」
「無理にポジティブにならなくてもいいよ」
「焦らなくていいよ。早く元気にならなきゃいけないなんてことはないよ」
私自身、涙を流すことが減り、心の痛みが少し和らいだと実感したのは、1年半が経ったころでした。もちろん、回復のペースには個人差があります。でも、「どれくらいで立ち直らなければいけない」という決まりはありません。焦らず、自分のペースで心を癒やしていけばいいのです。
ペリネイタルロスとピアサポートの経験を通じて
学んだこと
1.「当たり前の反応」を肯定するということ
ペリネイタルロスを経験後、強い悲しみや罪悪感を抱きましたが、グリーフの反応を学ぶことで、それらが自然な感情であると知り、安心できました。悲しみ方に正解はなく、どんな反応も「正しい」のです。このことを、自分自身にも、周囲の人にも伝えていきたいと感じました。
2. 悲しみの癒えるプロセスには時間がかかること
「時間が解決してくれる」という言葉をよく聞きますが、ペリネイタルロスの悲しみは、単純に「乗り越える」ものではありません。むしろ、悲しみは波のように押し寄せ、時には、少し落ち着いたかと思えば些細なきっかけで再び大きく揺さぶられることもあります。
大切なのは、そのプロセスを否定せず、自分のペースで悲しみを受け止めること。社会的には「早く元気にならなければ」「乗り越えなければ」と思わされがちですが、無理に前に進もうとしなくてもいい。むしろ、十分に悲しみと向き合うことが、長い目で見て心を癒やすために必要なステップなのだと実感しました。
3. グリーフは「行き場を失った愛」であること
Jamie Andersonによるとされるこの言葉に、すごく感銘を受けました。
Grief is really just love. It’s all the love you want to give, but cannot. Grief is just love with no place to go.
(グリーフとは、結局のところ愛なのだ。それは、注ぎたくても注げない愛。行き場を失った愛そのものなのだ )
この言葉を知ったとき、私の中で何かが変わりました。悲しみが消えないのは、それだけ大きな愛があった証。その愛を無理に消そうとしなくてもいいのです。
ピアサポート活動で大切にしていること
ピアサポート活動を始めたころは、主宰者である私自身が、ミーティング中に一番泣いてしまうこともありました。けれども、回を重ねるうちに、涙することは少しずつ減ってきました。とは言え、似たような経験を持つ方のお話を聞くと、それがトリガーとなって悲しみがフラッシュバックすることもあります。そんなとき、一緒にファシリテーターをしてくれる仲間の存在がどれほど心強いか、改めて感じています。
対話のルールと、心がけていること
ミーティングの冒頭では、毎回、対話のルールを共有します。特に意識しているのは、「完全に安全な場(safe space)ではない」という前提を持つこと。同じ「ペリネイタルロス」を経験していても、背景や価値観、受け止め方は人それぞれ違います。そのため、意図せずに誰かを傷つけてしまう可能性がゼロではないことを、あらかじめ理解しておくことが大切です。
私自身の発言で気をつけているのは、 「知ったかぶりをしない」 こと。どんなに経験が近くても、他人の気持ちを完全に理解することはできません。だからこそ、相手の気持ちを決めつけず、あくまでも「私はこう感じた」「私の経験ではこうだった」という形で、自分自身の言葉として話すように心がけています。
参加すること自体に勇気がいるからこそ……
ピアサポートグループへの参加は、決して簡単なことではありません。「存在は知っていたけれど、なかなか勇気が出なかった」「ようやく参加する決心がついた」──そんな声を、何度も耳にしてきました。でも、人に「助けて」と言うことは、決して弱さではなく、生き抜くための大切な力です。助けを求めることは決して格好悪いことでも、恥ずかしいことでもありません。
参加者からいただく感想を読むたびに涙がこぼれますが、この活動が誰かの支えになっていることを実感しています。
公にペリネイタルロスの経験を語ることは、現代でもタブー視されがちです。でも、自分が声をあげることで、同じ経験をした人たちが「私は1人じゃない」と思えるように、これからも細く、長く、活動を続けていきたいと思います。
●●著者が主宰するピアサポートグループについて、詳しくはこちらをご覧ください。
サトコ・フォックス|2008年、川崎医科大学卒業。聖マリアンナ医科大学病院および附属ブレスト&イメージングセンター勤務を経て、2018年にスタンフォード大学放射線科乳腺画像部門に研究留学。結婚・出産を機にアメリカに移住。乳腺の画像診断の仕事は続けながら、オンラインで助産師が乳がんについて勉強できる「ピンクリボン助産師アカデミー」を主宰。医学書院『助産雑誌』にて「「助産師の疑問に答える!実践的おっぱい講座──多角的な「胸」の知識」連載中。乳がんに関する情報発信のほか、ペリネイタルロス経験者へのピアサポート活動も行っている。医学博士、日本医学放射線学会放射線診断専門医/指導医、日本乳癌学会乳腺認定医。2022年、不妊症・不育症ピアサポーター等の養成研修医療従事者プログラム受講修了