text by : Satoko Fox
1つの言葉が生み出す、周囲との深い溝
ペリネイタルロスを経験した後、パートナーや身近な人たちとの間に距離が生まれることは少なくありません。
ただし、パートナーへの不満は、「無関心」や「話をしない」といった「言葉がないこと」に由来することが多い一方で、母親や義母、姉妹、友人などの親しい同性との関係悪化は「言葉」が原因であるケースが目立ちます。「あの一言で深く傷ついた」という経験を抱え、その後会話ができなくなり、結果として当事者の孤立が進むことがよくあります。
私が主宰しているピアサポートグループでも、こうした悩みは頻繁に耳にします。そんなときは、その人の決断──たとえば、「自身の心を守るために相手と距離を置く」と決めたことをまずは肯定し、少し時間が経ったら自分の気持ちを正直に相手に伝えてみる、ということをすすめています。時間を置いて冷静に向き合える機会を持つことが、関係を修復し、互いの理解を深める一歩になることがあります。
医療者の心ない言葉に傷つくことも
医療現場では、身体的ケアだけでなく、感情的な配慮も不可欠ですが、時に、医療者の無神経な発言が患者さんの心に深い傷を残すことがあります。ペリネイタルロス経験者の方々に対して行ったアンケートの結果から、実際に医師から受けた言葉を、回答そのままに紹介します。
「あれ、育ってないよ、溶けてるわ」(稽留流産)
「その卵管、どうせ役に立たないんだから取ったって一緒でしょ」(異所性妊娠)
……いや、いくらなんでもこんな言い方はどうなのでしょう。もう少し配慮すべきですよね。実際、「医師にとっては『よくあること』なのかもしれないけれど、もっと気持ちに寄り添ってほしかった」という声が多く寄せられました。
そして、「人のふり見てわがふり直せ」で、回答を読んだ私自身も、医師として患者さんにかけた言葉がどのように受け止められるのかを再認識させられました。
ペリネイタルロス経験者が嬉しかった言葉
さて、これまで「言ってはいけない言葉」ばかり紹介してきましたが、経験者が「言われて嬉しかった言葉」も存在します。「絶対に安全」な言葉はないかもしれませんが、比較的安心して使える言葉をいくつかご紹介します。ただし、この後でも述べますが、「何か言いたいけれど、どう言えばいいのかわからない」──そんなときには、たくさんの言葉をかける必要はないのです。
1. 感情を受け止める言葉
「おつらいでしょうね」
「大変だったね」
「泣いてもいいんだよ」
こういった言葉は、相手の感情をそのまま受け入れて共感を示すことができます。
2. 様子をたずねたり、ねぎらったりする言葉
「体調はどう?」
「無理せず、ゆっくり休んでね」
身体的な面だけでなく、心の面も大切にしていることが伝わるように言うことが大切です。
3. さりげなくサポートを申し出る言葉
「何か私にできることがあったら、遠慮なく言ってね」
「いつでも話を聞くからね」
サポートの時期は、申し出た側の都合ではなく、相手が必要なタイミングまで待つのがポイントです。
なお、アンケートの回答では、「流産でも悲しんでいい」という私の言葉を「嬉しかった言葉」としてあげてくださっている方がいました。流産の場合、死産や早期新生児死亡と比べて、「自分は悲しんではいけない」という感覚になってしまうことが多いからでしょう(第4回を参照)。
ノンバーバルコミュニケーションの重要性
このように、相手にかける言葉のチョイスはとても難しいものですが、言葉だけがコミュニケーションの手段ではありません。
傷ついている相手を前にしたとき、「何か言わなければ」と思うのは自然なことです。しかし、何も言わずにただそばにいる、肩に優しく触れるといった、言葉を使わない、言葉によらない(ノンバーバル;nonverbal)コミュニケーションにも、私たちは時として救われます。
以前、産婦人科の先生からうかがったエピソードですが、ある患者さんがペリネイタルロスの経験後、「ベテランの助産師さんからかけられた言葉よりも、新米の助産師さんが何を言っていいかわからない様子で、ただひたすら背中を優しくさすってくれたことが一番嬉しかった」と話していたそうです。
また、私が実施したアンケートでも、「何も言わずに、ただ一緒に泣いてくれた友人に救われた」という回答が寄せられました。
このように、どんな言葉をかけるべきかわからないときは、無理に言葉を探そうとせず、ただそばにいることもサポートの選択肢となるのです。
そして、実は、多くのペリネイタルロス経験者は、「言葉をかけてほしい」のではなく、「聞いてほしい」のだということ。たとえ、自身が泣いてしまい、話すことのできない状態であっても、その悲しみや痛みを共有し、ただその感情に寄り添い、そばにいてくれる存在を必要としているのです。
語りにくい問題であるからこそ
私は人からの反応をあまり気にしないタイプだったのですが、あるとき、流産の経験を「適切でない場面」でカミングアウトして、その場が凍りついたような雰囲気になったことがあります。そこにいた人たち全員からの「そんなことを言われても困る!」という無言の圧力が、場の空気を一瞬にして変えてしまったのです。衝撃的な出来事でした。
このときの反応の背景には、ペリネイタルロスが社会的にほとんど語られてこなかったことがあるのではないでしょうか。そして、話題にされてこなかったがゆえに、当事者に対してどう反応してよいかわからない。励まそうとして何かを言ったとしても、本人には逆効果になる可能性もあり、心を閉ざしてしまう。こうして対話が避けられたままでは、双方の認識のギャップはいつまでも埋まりません。
少しでもペリネイタルロスへの理解を深め、経験者が孤立しない社会を作る──客観的な視点を保ちつつ、当事者としても声を上げ続けることで、私もその一助になれればと願っています。
サトコ・フォックス|2008年、川崎医科大学卒業。聖マリアンナ医科大学病院および附属ブレスト&イメージングセンター勤務を経て、2018年にスタンフォード大学放射線科乳腺画像部門に研究留学。結婚・出産を機にアメリカに移住。乳腺の画像診断の仕事は続けながら、オンラインで助産師が乳がんについて勉強できる「ピンクリボン助産師アカデミー」を主宰。医学書院『助産雑誌』にて「「助産師の疑問に答える!実践的おっぱい講座──多角的な「胸」の知識」連載中。乳がんに関する情報発信のほか、ペリネイタルロス経験者へのピアサポート活動も行っている。医学博士、日本医学放射線学会放射線診断専門医/指導医、日本乳癌学会乳腺認定医。2022年、不妊症・不育症ピアサポーター等の養成研修医療従事者プログラム受講修了