[鼎談]
地元創成看護学とは何か
南 裕子(神戸市看護大学 学長)
菱沼 典子(前・三重県立看護大学 学長)
田髙 悦子(北海道大学大学院保健科学研究院創成看護学分野 教授)
構成:西村 ユミ(東京都立大学健康福祉学部看護学科 教授)
綿貫 成明(国立看護大学校 看護学部看護学科 教授)
芋づる式に見つかる「地元創成看護」
南●「地元創成看護」の提言に先立ち、ぞれぞれの委員が地元へインタビューに行き先駆的な取り組みについての調査を行いましたが、そこから何が見えてきたかについて聞かせてください。
菱沼●当時私が所属していた聖路加国際大学には、「聖路加健康ナビスポット:るかなび」という地域に開かれた健康相談所がありました。看護職はつい自分たちの思いばかりを先立ててしまう癖があるので、「るかなび」ではあくまでそこに暮らす人々や通りかかる人たちのニーズに応えるものを大切にしよう、いうトライアルを行っていたのですが、Community-Based Participatory Research(CBPR)という研究手法を用いてコミュニティの課題に自分たちも一緒になって応えていくというそのあり方も、地元創成の考えにすごくフィットしています。
ただ、そのように自分が知っている例ではなく、より広く実態を調べていこうと議論をする中で着目した共通項がいくつかありました。まず大学のニーズと地元のニーズ、それから文部省や厚労省といった社会全体のニーズという3つの視点がそろったときに、初めて地元の創成につながる取り組みができることに気が付いたのですね。
もう1つは、その活動に職員や学生という個人ではなく大学としてコミットメントしていること、そして活動プロセスには看護職ではなく一般の人たちが参与していることも共通項として非常に特徴的でした。これらを満たしたうえで地域と大学の双方にメリットがもたらされることで、地元における創成がようやく見えてくるのだということが、すごく明確になりました。
南●私が調査に入ったのは、広島大学の森山美知子先生が中心になって行われていた医療保険者(医療保険事業を運営するために必要な保険料を徴収したり保険給付を行う実施団体)へのアプローチでした。普通なら考えもしなかったターゲットなのですが、この取り組みで医療保険者との関係を強化し、その中で看護者が働くことで重症化を予防したり医療保険の出費を軽減することが可能になりました。
広島県呉市では多くの透析医療費が使われていたため、医療保険者が持っているレセプトをはじめとしたデータを開示するので分析してくれないかと、市から森山先生に持ちかけられたのがきっかけです。指導をしていた慢性看護専門看護師たちや院生とともに現場に入った森山先生は、透析予備軍の人たちの特徴を分析し透析が必要になってくるプロセスの中で、個別に予防策を指導できればいいことがわかってきました。データで特徴を可視化しターゲットを定め、その人たちに予防的なアプローチをする。すなわち健康指導を実施したのですが、これによって呉市の透析患者数が激減したのです。もちろん医療費も大きく減らすことができました。
森山先生はこの経験を基盤にして大学発ベンチャー企業まで立ち上げました。企業や国保などさまざまな医療保険者たちの依頼を受けて、それぞれの保険にはどのような特徴があるのか、どう変えていけばよいのかを分析し働きかけ、顕著な成果を上げながら活発に活動されています。それは私にとって想像外の看護の世界でした。
もう1つの事例は、高知県立大学で看護学部が行っていた研究です。これも驚くべきものでした。高知県土佐市は海の幸・山の幸に非常に恵まれていて、実に健康に長生きできそうな土地です。実際に元気な高齢者がたくさんいらっしゃいます。ところが近年は生活習慣病が増えてきており、大学側の働きかけもあって土佐市が共同で調査を依頼してきたのです。
生活習慣病は長年培ってきた生活のゆがみが重なった中高齢期に患うものですが、この調査では小学5年生を対象に健康状態と食生活のパターンを調べました。そうすると一定数の子どもたちに生活習慣病の前兆が明らかにみられたのです。この結果をもとに、土佐市は小学5年生と中学2年生に対して定期的な健康診断と検査を行うようになりました。それによって将来の生活習慣病者を減らそうというわけです。学内だけの研究だったらそこまではできませんが、地元とつながり地元の課題に取り組んでいくことで自分たちができることをどう行政に乗せ施策につなげるのかがわかってくるんですね。
このように、さまざまな具体的な先駆事例があるのですね。ただそれを「地元創成看護」とは呼んでいなかっただけで。でもそれらは、まさに地元の課題を地元とともに解決していく看護系大学の仕事だったのです。調べれば芋づる式に出てきますよね。
コロナによって可視化された地元創成看護の本質
南●こうして、いろいろなことがはっきりと見えてきたので、私たちは提言にまとめていくという作業に入りました。リポートを出したのは2021年の2月です。提言の意義やそれをつくっていく中での苦労についてはいかがでしょうか。
田髙●ご紹介いただいたようなさまざまな地元創成看護の実践例を取りまとめていくときに、非常に難しかったのはその評価の部分ですね。地元創成看護の成果を何をもって評価するのか。調査事例はヒアリングの対象となる大学から見て書かれたものや、インタビュアーの視点によるものなど主観的・客観的な差異がみられたほか、質的な記述・量的な記述で書かれた違いもありました。
地元創成をどのように達成したのかを最終的に知るには長い時間を要するし、どこに視点を置くのかも検討が必要です。提言までに時間がない中で、今回は地元それぞれがどのように創成しようとしているのか、どのようにそこへ向かっていこうとしているのかをとらえようと思いました。
菱沼●それから、新型コロナウイルス感染症が拡大する前のタイミングで学術会議へ提出したことから、その後に行われた査読でコロナを踏まえた論述にするよう指摘が入りました。実際、コロナで生じた問題もやはり地域ごとに全く異なっていましたよね。それぞれが大学のあり方も見直すことになりましたし、地域との連携のしかたについてもです。膨大な数の感染者が出た東京の状況と、当時全然患者がいなかった三重県とで同じことを言ったり考えたりしてもだめだな、ということを痛感しました。