[コラム]
日本学術会議からの「提言」の意義
多久和 典子(石川県立看護大学 名誉教授 / 日本学術会議 会員)
日本学術会議は、人文・社会学系、生命科学系、数理・工学系のさまざまな学術分野を専門とする210名の会員および2000名近い連携会員から構成されています。年2回の総会で重要事項を決定するほか、会員・連携会員は多数の委員会やその下に附置される分科会に所属して活動を行っています。具体的には、学術の振興・啓発、国際連携の推進に加えて、政府・関係機関からの審議依頼に対する「答申」・「報告」のほか、さまざまな課題について科学者の立場から自発的に審議を行い、課題解決に向けた意見をとりまとめて「提言」・「勧告」などの形で発出しています。これらの意見は、政府・関係機関にも参照され、関連する省庁の施策に反映される場合もあります。ここでは、皆様の関心の高い、国民の健康と安心・安全な生活に関する提言の具体例をいくつかご紹介しましょう。
近年我が国では喫煙率が低下し、分煙も当たり前の社会となってきました。学術会議からは、「脱タバコ社会の実現に向けて」(2008年)、「受動喫煙防止の推進について」(2010年)を始め、禁煙・分煙に向けた提言が繰り返し発出されて来ました。2018年8月の健康増進法改正により、多くの人が利用する全ての施設において分煙が義務化されるに至っています。
東日本大震災からようやく10年が経過しました。学術会議のホームページから2011年の提言をたどると、発災から2週間後の2011年3月25日から4月15日の短期間に6件もの緊急提言が矢継ぎ早に発出され、周辺地域の放射線量調査、事故対策へのロボット技術の活用、災害廃棄物対策と環境影響の防止、被災者救援・被災地復興の方策などが提案されています。
我が国では1990年代末から保健所の数が減少し、ついに半数にまで落ち込んでいる状況ですが、その中でこの度の新型コロナウイルス感染症が襲来しました。今後も、いつ未知の病原体が出現するか予断を許しません。学術会議から感染症対策の立て直しを目指した提言「感染症の予防と制御を目指した常置組織の創設について」(2020年)が発出されています。
このほか、2018年、中国でゲノム編集技術がヒト胚に対して臨床応用され、「デザイナーベビー」の誕生に至った衝撃を受けて、倫理的問題を喚起する提言や法規制の必要性を訴える提言など三つの提言が発出されています。
今後も、科学の知恵が学術会議の発する「提言」等を通じて人々の幸福の実現に少しでも貢献することを期待したいと思います。