連載 ── 考えること、学ぶこと。 ケアする人のためのワークショップ・リポート 文・写真 井尻 貴子 profile
“生きづらさ”をほぐす手だて ミロコマチコさんワークショップ@カプカプひかりが丘

   

 

 

このワークショップで大切にされていることとは?

 

繰り返しになるが、ワークショップといっても、何時に何をする、というような決まった流れがあるわけではない。

 

ミロコさんは、それぞれを見て回りながら、ときに話しかけながら、必要に応じてサポートをする。手を重ねて一緒に動かしてみたり、モチーフをどうとらえていいか困っている様子があれば、線画で描いて見せたりもする。

 

 

でも、それは決して、ミロコさんのように描けるようになるために、ではない。

 

ミロコさんは、カプカプでのワークショップについて、こう語っている。

 

「ワークショップといっても、私が考えたとおりの絵を、私のやり方や手法で描いていくのではない」

 

「絵には失敗や成功なんてない。本人がおもしろく描けばそれでよくて、楽しんで描いた絵のほうが本人も満足いくだろう」

 

「また一つ、絵を描くことを好きになってもらえたかも、と私の心も踊る」(『手をつなぐ』2018年10月号)

 

ミロコさんと、カプカプの出会いは2011年。ミロコさんがカプカプーズの一人、鮎彦さんの作品をネットで見たのが最初の出会いだったそうだ。その後、ミロコさんが、ある展示会参加にあたりカプカプに相談し、鮎彦さんと一緒に出展する機会が生まれた。その展示会終了後にカプカプ所長の励滋さんが、ミロコさんにワークショップを依頼した。

 

そこから9年。ミロコマチコさんは、どんなことを大切に、この活動を続けてきたのだろうか? 本人にお話を伺った。

 

 

「カプカプーズの作品との出会いがきっかけだった」と言う、ミロコマチコさん(左)。

 

 

絵が楽しいものであってほしい

 

── 活動のなかで大切にされていることは、どんなことでしょうか。

 

絵が楽しいものであってほしいので、それが一番大切かな。

 

「こうしなきゃいけない」というのはないので、なるべくその人が持っているものを引き出しながら。なんか興味持ってくれそうなものを、あれやこれや出してみるみたいな。「やってみる?  やってみる?」って聞いて。

 

それで、なるべくは選んでもらいたいと思っています。「モチーフはどっちにする?」「どの色にする?」って聞いたりして。自分で決めていけたほうが楽しいかなって。

 

2018年の「カプカプ祭り」で公開制作された、ミロコさんの作品。

 

──ワークショップでは、いろいろな画材が使われていました。画材は、その人に合いそうなものを提案されているんでしょうか?

 

そう。みんな慣れているものを使いたがる。だけど、たまには、これ使いたくないかもしれないけど、やってみようみたいな感じで、提案します。

 

この人がこの画材を使ったらどんなことになるんだろうという単純な私の好奇心がまずあります。あとは、この手の強さだったら、柔らかい筆よりは、硬い筆の方がいいんじゃないかなとか。硬いほうが、力強く描いても、折れることを気にせずガシガシ使えますしね。

 

これ使ったらきっと合うんじゃないか、と思うものは、はじめちょっと抵抗を示されても、やってみよう、みたいな感じで気分をのせ(笑、やってみたり。

 

やってみたら面白いときもあるし、ヘンテコになっても、今までと違う絵が生まれた時の喜びってある。

 

──「絵が楽しいものであったほうがいい」とおっしゃいましたが、ミロコさん自身、そう思うようになったきっかけはあるんでしょうか?

 

私、小さい時は、絵が下手だと思っていたんですよ。写実的に描けないということだけだったんでしょうけど。私は犬を描いているのに、大人たちから「熊かしら?」とか言われて。それで、なんか勝手に自信をなくしていって。私は絵を描く人じゃないんだと思って、やめたんですけど、でもそんなことはなくて。どんな絵でも自分が面白いと思えたら、描くことが単純に楽しくなった。

 

だから、みんなも、絵を描くことにちょっと抵抗ある人も、好きなように描いていいんだって感じてもらえたら、もっと面白いと思ってくれるかな。そうなってくれたらいいなと思っています。

 

──カプカプでは、2011年からワークショップをされています。最初は、絵を描くことに抵抗のあったメンバーもいたのでしょうか?

 

いました。「私は、絵は下手だから、描かない!」って言って。でも、(その人は)すごく面白い絵を描くんですよ。それをそのまま「面白いよ!」って言い続けたら、だんだん自然に描くようになって。今はだいぶ絵に対する抵抗がなくなってきたように思います。

 

──絵が楽しくなると、どんなことが広がるんでしょう?

 

うーん。絵もスポーツも、音楽も、なんでもですが、「うまくできないと」と思わなくていい。なにをやるにも、うまい下手じゃなくて、自分が好きかどうかが優先されるのがいいと思うんです。

 

それは、カプカプーズに限らず、私たちも一緒だなと思っていて。

 

うまいとか下手とか言われると、うまいほうが正しいみたいに思ってしまいがち。でもそうじゃない。それはどちらでもいい。好きに楽しんで描くことで、自分の凝り固まった価値観がフラットになれば、いろんなことへの世界が開けるのではないでしょうか。

 

 

面白がることから、生まれる

 

ミロコさんがインタビューで語ったのは、勝手に自分で苦手意識を持ったり、やったことないからやめておこう、と思ったりするんじゃなくて、好きなことを、楽しんでやることを大切にしたいということだ。

 

それは裏返せば、そうすることは簡単ではない、ということでもあるだろう。

 

カプカプは、ワークショップを他にも行っている。

 

2011年から続く、体奏家・ダンスアーティストの新井英夫さんによるワークショップ。2018年より始まった、文化活動家のアサダワタルさんによるラジオワークショップだ。

 

  体奏家・ダンスアーティストの新井英夫さんによるワークショップ。写真中央奥の、赤いTシャツを着ているのが新井さん。(2020年1月29日撮影) 

文化活動家のアサダワタルさんによるラジオワークショップ。写真左側、マイクを持っているのがアサダさん。(2019年12月27日撮影。詳しくはカプカプのFacebookページを参照) 

 

カプカプ所長の鈴木励滋さんは、こうしたワークショップを行うのは、カプカプーズ一人ひとりに、存分に表現してもらうためだと言う。

 

だからこそ、『ワークショップをするアーティストに求めているのは、「教える」とか「指導する」ということではなく「面白がってくれること」』だと。(『のんびる』2019年9月号より引用)

 

面白がるというのは、その良さを発見するということだ。

 

「いいね!」「おもしろい」「素晴らしい〜」

 

実際、カプカプのワークショップでは、そうした言葉がたくさん聞こえる。ミロコさんも、新井さんも、アサダさんも、そしてスタッフも、そう言ってよく笑っている。そのどれにも、わざとらしさはない。誰もがカプカプーズ一人ひとりを眼差し、それぞれのよさ、おもしろさを見出すことができる、そしてそれをてらいなく伝えることができる人々なのだ。

 

“生きづらさをほぐす手立てとしてのワークショップ

 

所長の励滋さんは、これまでもさまざまなところで、この時代を生きる私たちが抱える生きづらさと、その生きづらさを生み出す要因となっている社会について論じている。

 

そして「わたしを含めて誰にでもある弱さやしんどさを認めあえるような関係ができるとよい」「わたしの中にもあるマイノリティ性(何かが異なることによるわたしにもある生きづらさ)を緩められる新しい価値観を追求することが「生産性」やら「作業効率」と言った乏しい尺度しかない窮屈な世界の空気を入れ替えるためには欠かせない」と言う。(「障害福祉から世界を変えるということ」『JL NEWS 』2018年6月号より引用)

 

「生産性」や「作業効率」という言葉が唐突なように聞こえたら、「上手に早く絵を描く」「高額で売れる絵を短時間で大量に制作する」という言葉で置き換えてみてもらうといいかもしれない。

 

カプカプのワークショップで目指されているのは、決してそうしたことではない。そうではなく「それぞれがそれぞれに、存分に表現すること」なのだ。

 

それが、社会でいう「良い絵」であるかどうかは関係ない。

 

いや、励滋さんなら、それが「良い絵」でなかったとしても、「よい表現」であることを知らしめるために、社会の尺度を揺るがして、世界を変えていきたい、と言うかもしれない。

 

ここで試みられているのは、つまり、そういうこと「生きづらさを緩められる新しい価値観を追求すること」なんだと思う。

 

私たち(もちろんここに、カプカプーズも含まれる)は、知らず知らずのうちに、いわゆる世間の、とか、一般的な、価値基準を身につけ、それに沿って物事を判断してしまったり、行動してしまったりするようなところがある。そうした基準で、自分や他人を評価してしまうようなところも。それは時に、自分で自分の可能性を狭めてしまうことにもつながる。だからこそ、そうした基準から離れ、「好きなことを、楽しんでする」ことに一緒に取り組んでくれる人がいることで、広がる可能性がある。

 

もしこれまで、他とちょっと違うからとか、普通はそうじゃないからとかって言われてきたようなものでも、だからって引っ込める必要はない。そこにだって、いいもの、おもしろいもの、素晴らしいものはあるんだってことを。

 

存分に表現し、存分に表現したものを、いいね!という人がいることを。

 

ワークショップの中で繰り返し実感することで、自分を狭めていた価値観がいつの間にかほぐれていたりする。

 

〈──社会や、世間のいう「良い」に合わせなくてもいいよ、あなたはあなたの良いを遠慮せずに表現してね─〉そうしたメッセージが、カプカプでのワークショップ全体で発せられているように思う。<─もっと伸びやかに表現して、もっと伸びやかに生きていいよ──>

 

つまり、カプカプで試みられているのは、生きづらさを生み出してしまうような価値観をほぐす手立てとしてのワークショップなのではないだろうか。

 

それは、カプカプーズにとってそうであるとともに、そこに関わるアーティストやスタッフにとってもそうなのだと思う。

 

「そうくるか!」「やられた!」カプカプーズの行動は、誰かに関わる者にとって、予想外のものだったりすることがある。例えば、クジラが黄色く塗られていく。黄色いクジラ?!「でもそれ、いいいね!」「それもありだね素敵だね」予想は裏切られ、そうであってもいい、新たな可能性が提示される。

 

そのとき、私も、クジラは青く塗らないといけない、と思い込んでいたことに気づかされるのだ。

 

 

 

ミロコさんがいるからこそ、生まれる絵

 

ミロコさんのワークショップに戻ろう。

 

線を引く人、色を塗る人。その傍らに、ミロコさんはいる。

 

「わ、そうする?」「それいいね」

 

そう言うミロコさんがいる。

 

「いいね」「素敵!」「続きが見たいな」

 

そう言うミロコさんがいる。

 

「つくっちゃおう」「やっちゃおう」「できるって」

 

誘い、励ます。のせようとする。けれど無理強いはしない。

 

「眠いそんな日もあるよね」

 

そうした時間を一緒に過ごす、ミロコさんがいる。

 

それぞれの人を見つめ、自分の予想を裏切るものを認め、面白がり、さらに可能性が広がるようなきっかけを差し出す。そういうことをしたり、しなかったりしながら、たくさんの時間を一緒に過ごしてきた、ミロコさんがいる。

 

だからこそ、生まれる絵が、ここにはあるのだと思う。

 

 

 

── 追 記 ──

 

筆者が、カプカプに最後に取材で訪れたのは、2020年2月19日だった。その後、日本では、新型コロナウイルスの感染が都市部で急速に拡大している事態を受け、4月7日に安倍晋三総理より、緊急事態宣言が発令された(対象は、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡。カプカプは神奈川に位置する)。

 

その意味で、取材時と現在(5月8日)の状況は大きく異なる。コロナ禍においてカプカプやワークショップ運営にどのような変化が起きているのか。ミロコマチコさん、カプカプ鈴木励滋さんにコメントをいただいた。

 

● ミロコマチコさんより

「自粛要請が出てから初めてのWSを5月に迎えようとしていましたが、さすがに行くことは控え、zoom開催をすることにしました。みんなで描くことで、刺激をもらったり、ワイワイする楽しみがないことは残念ですが、自粛には絵を描くことはもってこいなので、ひとりひとりとじっくり向き合う良い機会だなぁと思っています」(2020年4月26日)

 

● 鈴木励滋さんより

「カプカプもこの状況下なので少し“閉じて”います。メンバーたちの表現の場を開き、地域の方たちの憩いの場として開き、同じような場がどこかで開かれるようにうちの様子を発信してきましたが、今は発信することよりも、メンバーとひかりが丘の(大半が高齢な)常連さんたちを守ることに力を注いでいます。メンバーやスタッフ全員を少人数ずつ送迎し、換気や消毒、客席を減らし“飛沫防止”のアクリルボードを配置するなど、できる限りの対策をしつつ、カプカプーズと常連さんたちの“いつもどおり”を辛うじて守っています。

 

そんなわけで、ワークショップも“非常事態バージョン”です。新井さんのお宅とカプカプをネットでつなぎ、商店街の一角の屋外の壁に投影し、画面越しに新井さんたちと身体をともに動かすワークショップを開催しました。

 

ミロコさんのワークショップの日には、奄美のミロコ邸とカプカプをつないで、ミロコさんと五匹の猫たちの顔を見ながら一緒に絵を描く予定ですし、アサダワタルさんともネットで中継しつつラジオを放送するつもりです。

 

にぎやかにやっているのが「不謹慎」と言われかねないこのご時世で、“いつもどおり”存分に生きることしかわたしたちにはできません。波風立てないように謹慎するのではなく、細心の注意のもとに“不謹慎”を相変わらず切実に探究する。カプカプーズが表現する場を守るために。(2020年5月7日)

 

 

2020年4月23日に実施された、新井英夫さんのワークショップより。

(おわり)

 

〈カプカプーズの写真やお名前は、許可をいただき掲載しています。〉

 

 

ミロコ・マチ画家・絵本作家

1981年大阪府生まれ。生きものの姿を伸びやかに描き、国内外で個展を開催。絵本『オオカミがとぶひ』(イースト・プレス)で第18回日本絵本賞大賞を受賞。『てつぞうはね』(ブロンズ新社)で第45回講談社出版文化賞絵本賞、『ぼくのふとんは うみでできている』(あかね書房)で第63回小学館児童出版文化賞をそれぞれ受賞。ブラティスラヴァ世界絵本原画ビエンナーレ(BIB)で、『オレときいろ』(WAVE出版)が金のりんご賞、『けもののにおいがしてきたぞ』(岩崎書店)で金牌を受賞。その他にも著書多数。第41回巌谷小波文芸賞受賞。展覧会『いきものの音がきこえる』が全国を巡回。本やCDジャケット、ポスターなどの装画も手がける。2016年春より『コレナンデ商会』(NHK Eテレ)で主に歌の絵を描いている。

http://www.mirocomachiko.com

 

◉参考文献など

 

 

   

 

連載のはじめに

教養と看護編集部のページ日本看護協会出版会

© Japanese Nursing Association Publishing Company

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