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看護 ふれることの
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内山孝子 川嶋みどり 茂野香おる

前編では、看護にとって「触れること」が歴史的にどのような意味をもち続けてきたのか、また「触れること」を通してさまざまな現場で看護は何を独自に行ってきたのかについて語り合っていただきました。数値だけではとらえきれない患者のニードを満たすものとして、あるいは危険回避のセンサーとして、またコミュニケーションの重要な手段・機会としての数々の具体例が紹介されています。今回は3人が取り組む「て・あーて」と「熱布バックケア」の活動から、コロナ禍でも変わらない、むしろよりその重要性が高まる看護の本質とは何かを語っていただきました。

   

コロナの重症患者にこそ「腹臥位」と「熱布バックケア」とを組み合わせた「ワンセットケア」を

 

熱布バックケアは、温湯と綿タオルがあれば提供できる看護技術。熱い綿タオルを背部に当てることで、温熱刺激による血行促進から呼吸機能や消化機能を促進し、術後合併症の予防にも効果がある。何よりも患者にとって気持ちのいいケアであり、緊張や不安などのストレス緩和にきわめて有効である。

 

 

茂野 コロナ禍になって、熱布バックケアの重要性がますます高まっています。来週・再来週(2021年11月)と内山さんと二人で千葉県救急医療センターへ2回目・3回目の講習に伺います。センターは超重症COVID-19患者を受け入れていて、人工呼吸器やECMO装着中の方ばかりです。テレビ報道などでECMOにつながれた患者さんを腹臥位にしている映像を見かけますが、体位変換のために大勢のスタッフで対応しなければなりません。現場の人数は限られていてスタッフの負担も減らす必要があるため、彼女たちは超多忙な状況下で、少人数での体位変換方法を模索していましたし、現在もさらにブラッシュアップし続けています。また、腹臥位時には熱布バックケアを同時に行っていて看護の質高めようと追求しようとしているのです。

 

  詳しい熱布のつくり方や準備に必要なものなど、これを読めばすぐに具体的な実践に取り組める。

 

同センターのA専門看護師が熱布バックケアの成果を知っていたので、熱布バックケアと腹臥位のポジショニングとを教わりたいということで、第三波(2021年2月)の際に1回目の「ワンセットケア講習会」を行いました。ICUでケアを取り入れて既に定着していますので、さらに院内全体に普及していきたいという趣旨で内山と茂野が所属する熱布バックケア普及プロジェクトにお声かけいただいた経緯があります。ワンセットケアは呼吸状態だけでなく腸にも働きかけるため、お腹の張りが改善されれば消化吸収もよくなり栄養状態も改善するなどのメリットがあります。呼吸器を装着している重症患者さんですから、鎮静もかかっていて本人から直接反応を得るのは難しいですが、一定の効果を得ています。

 

また、COVID-19中等症患者を専門にみている病院から前出のA専門看護師に講習の依頼があり、私は彼女を手伝う形でワンセットケアの講習会を行ったのですが、早速ケアを取り入れて下さっていて、こんな事例があったとその病院のB看護師さんからご報告いただきました。ホテルで療養されていたところ徐々に症状が悪化し、その病院に運び込まれた方で、不安が強く、恐怖の緊張から体がガチガチに固まっているような状態の患者さんにワンセットケアを行ったそうです。

 

  ワンセットケアを行う際に用いる、腹臥位のための簡便なバスタオル枕の考案など、その実践にはきめ細かな配慮が行き届いている。

 

ちょうどワンセットケアの講習を受けた直後で、B看護師さんが「この患者さんにはやってあげたい」と直感し、早速実施されたのです。その患者さんは見るからに不安そうで、言葉も少なく必要最小限のことしか話してくださらない状況だったから、「背中を温めてみますか?」と、ひととおり説明してみたところ、とりあえず受け入れてくださったということでした。するとその患者さんは、気持ちがいいのと眠くなるのとで非常にリラックスされ、「誰かがそばにいる安心感と、人の手の温かさを感じました」と言ってくれたそうです。

 

その患者さんはワンセットかをきっかけに病気への不安やご家族のこと、職場に迷惑がかかっていないかという心配、自分が原因で濃厚接触者になった人のことなど次々と話され、自身の気持ちを表出できたこともあり、その後は少しずつ身体を動かしても酸素飽和度がそれほど悪くならない状態へと回復が進み、どんどん自信を取り戻していかれたということです。具体的には、熱布(温タオル)などの準備の後感染予防のための防護服を纏い、バイタルサインを測定し、患者さんの背中にタオルを当てて15分間さすり、施術後も再びバイタルサインを測り再びマッサージを続けたので、小一時間はその患者さんのケアに集中したそうです。

 

その後もB看護師さんと数人の看護師さんが交代でほぼ毎日ケアを行ったそうです。その経験を振り返って「本当に看護の基本を取り戻しました」とおっしゃっていました。コロナ禍だからこそ看護の本質をもう一度再発見できた、とても象徴的な出来事ですね。その看護師さんはもともとの所属ががんセンターなので、戻ったら現場でもやっていきたいとおっしゃっていました。

 

内山 今のお話のように、看護師自身が「これは本当に有用なケアだ」と体感して理解することがすごく大事だと思います。私も千葉県救急医療センターに伺ったとき、緊急事態宣言下だった医療現場の最前線でケアに当たる看護師たちに、熱布バックケアを体感してもらいました。とにかくその気持ちよさを知ってもらいたかったからです。

 

ある師長さんはもともと首の調子が悪くヘルニアのため、ずっと手がしびれ肩も痛い状態でしたが、「ああ、これは本当に気持ちいい。痛みが楽になる」と言ってくださいました。時間に制約があったけど「もう少しいいですか?」とおっしゃったので「いいですよ。もう少し温めましょう」と、温タオルを当てた後、背中を大きく円を描きながらマッサージをさせてもらいました。すると「終わってもまだポカポカするのと、おかしいな……痛みがなくなった。こんなに楽になったのはいつ以来だろう。これって、呼吸が楽にもなるし痛みもとれるし、もしかするとせん妄になる人にも効果があるんじゃないかな。寝つきがよくない患者さんも眠れるんじゃないか……」と、次々に実践への想像が膨らんでいったのです。

 

身をもって経験すると、こんなにも看護の発想の幅が広がっていくんですね。最終的に「熱布バックケアをICU全体でやろう」という判断のスイッチを押せたのも、自身でケアを体感し「これなら、本当に患者さんにとっていいだろう」とわかったからです。実施に必要なのは温タオルと手のマッサージだけなので、何か道具を購入するわけではない。窮地にある患者さんに対し看護師として提供できることを模索する中で、自分たちの手を使えば、生命の危機に瀕している患者さんの心地よさと回復をもたらすことができるとわかったのです。

 

人工呼吸器を装着している人にどのような効果があるか、はっきりと確かめるのは難しいが、ほんの一瞬だけど表情が緩むところをキャッチする力が看護師にはあります。そんな微妙なサインから患者のどこに視点を置きケアをすべきかを見出せるのです。そこから生まれる小さな成功体験が看護の実感につながり、コロナ禍でさまざまな制約がある中でも、「これもできる、あれもできる」という発想に変わっていきます。私たちは「触れないこと」に慣れてしまうのではなく、「触れること」がいかに有用であるかを同じ看護師に伝えていくことが、本当に大事なのだと気づきました。

 

もう一つ学んだことがあります。実は私たちも患者さんに「触れさせられている」のです。つまり、看護師が主体的に相手に「触れる」という関係性のほかに、例えば患者さんがベッドサイドに立ち上がった時、「この人に何が起こっているんだろう」と私たちは関心を寄せます。そのとき、看護師は自分でも気づかないうちに患者さんのそばに行って「触れさせられて」います。言い換えると「必要がある場に吸い寄せられる」ような感覚があるんですね。つまり、もし患者さんに発する言葉がなくても、「ここに触れて」と患者さんが伝えてくるという関係が、臨床では起きていると私は思うのです。

 

 

「熱布バックケア」普及プロジェクトのホームページ。熱バックケアやワンセットケアの詳しい方法のほか、新型コロナウイルスの重症患者に対して行う「スピラドゥを使用したARDS/COVID-19患者の腹臥位への体位変換例」などをわかりやすい動画とダウンロード可能な冊子で紹介している。

   

教養と看護編集部のページ日本看護協会出版会

© Japanese Nursing Association Publishing Company

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