|home|
前編では、看護にとって「触れること」が歴史的にどのような意味をもち続けてきたのか、また「触れること」を通してさまざまな現場で看護は何を独自に行ってきたのかについて語り合っていただきました。数値だけではとらえきれない患者のニードを満たすものとして、あるいは危険回避のセンサーとして、またコミュニケーションの重要な手段・機会としての数々の具体例が紹介されています。今回は3人が取り組む「て・あーて」と「熱布バックケア」の活動から、コロナ禍でも変わらない、むしろよりその重要性が高まる看護の本質とは何かを語っていただきました。
「て・あーて」だったら自分たちにもできる!
「一般社団法人 日本て・あーて, TE・ARTE推進協会」は、手を用いたケアの有用性を研究しその成果を教育・実践等により広く国民に普及している。「て・あーて塾」で東日本大震災被の災地でケアを必要とする人びとのQOLを高めるケア技術の研究と教育を実践し、「て・あーて東松島の家」では生活モデルを基盤とした看護・介護を地域で提供する人材育成の支援活動を行った(2020年5月に閉設)。さらに「なでしこ茶論」などを通じさまざまな地域の人々が交流する話づくりなども実施している。
川嶋 私は「一般社団法人 日本て・あーて, TE・ARTE推進協会」を立ち上げています。この「て・あーて」という言葉は、実はアフリカから来ていた看護師たちの言葉から発想したものなんです。10数カ国のアフリカ地域からJICA(独立行政法人国際協力機構)に招かれて研修のために来日していた彼女らは、母国では大変なエリートであるのですが、日本の高度医療を目にし、最初は驚きと感動で一杯でした。でもやがて「いくらこのような医療を学んでも、自国の環境では行うことはできない」と絶望し、長い滞在でのホームシック状態も重なってかなり落ち込んでいたわけです。
ちょうどそんなとき最後の講義に訪れた私は、彼女たちにこう言いました。「高価な医療機器を使わなくても、あなたたちには〈手〉があります。日本の看護師たちは手がどれほど有用であるかをいくら話しても、周りに器械があるから、それに頼ってなかなか患者に触れないのですよ」と。すると彼女たちは目を輝かし、「それだったらできる!」とすごく喜んでくれたのです。
そのときに面白かったのは、講義が終わると一人が立ち上がり、私が講義した内容をサマライズして歌うんです。「川嶋みどりはこう言った♫」ってね。もちろん聞いていても意味は理解できませんが、一つだけわかったのが「てあーて、てあーて」というフレーズでした。日本語の「手当て」という言葉が、「てあーて」ってすごく柔らかく耳に馴染む響きで表現されていて、「この言葉がアフリカや世界にも広がったらいいな……」と思いました。そこで、「TE(手)」の「ART」のようにも聞こえるから、語尾にEの文字を加えて「TE・ARTE-て・あーて」とし、推進団体として法人化した次第です。
川嶋 法人としての「て・あーて」は、東日本大震災の被災地支援が主な目的でしたが、あるとき愛媛県の今治市にある美須賀病院という100床未満の病院へ看護部長さんの依頼で講演に伺った際、この「て・あーて」についてのお話をしたところ、彼女たちはすぐさま日々の仕事に取り入れ、先ほどのリンパドレナージに似たマッサージの提供を外来で実践したのです。「気持ちがよかったから、今日は“て・あーて”に来ました」とマッサージを受けた患者さんには好評で、以来4〜5年たちましたが、今ではがんの末期患者さんや大学病院でも手立てがない重病の患者さんに「て・あーて」を実践されています。
このように、看護の本質である「触れること」を貫き通しながら、一つひとつは小さなことでも、やればやるだけの成果があるのだと彼女たちは教えてくれていると思います。やってみなければ何にも生み出せないし実感も湧きません。こうしたケアを介すことで、触れられた人と触れた人の双方に、まるで互いの血液が行き交うような感じが起こる。患者さんのつらい気持ちがこちらに伝わってくるし、こちらの「何とかしてあげなきゃ」という思いが相手にも伝わっていくのです。
看護大学で老年看護学を教えていた頃、認知症のお年寄りたちにどう接したり触れていいかわからない学生に、タクティール®ケア●に近い方法で背中をさする手技を教えてあげると、彼女たちは、実習先の施設や病棟でそれを実践したんです。すると相手から「ありがとう」とか「また来てね」って言われたことがすごく嬉しかったと、感激で涙を浮かべながら報告してくれました。そうやって「看護をしてよかったな」という体験をたくさん蓄積していくことが重要じゃないかなと思うのです。こうした看護の拠りどころは最も大事にすべきことであり、時代を経ても変わらないはずです。
●1 タクティール®ケア
手を使い10分間ほど相手の背中や手足をやわらかく包み込むように触れる、スウェーデン発祥のタッチケア。1960年代に未熟児ケアを担当していた看護師によって始められた。わが国では日本スウェーデン福祉研究所が広く紹介を行っている