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妊娠を知られたくない女性たち

「内密出産」の背景を知る

一般的には慶事とされる妊娠を「誰にも知られたくない」と言う女性たちがいます。パートナーや家族など、最も身近な人にも打ち明けられずに孤立し、時に虐待死など最悪の事態に陥ることも。相手の男性に拒絶されるのが怖い、同じ女性である母親との関係性がよくない、あるいは性暴力による望まない妊娠に悩んでいるなど、その事情はさまざまなうえ、現在の社会や制度のあり方にも問題があります。

2022年9月、法務省・厚生労働省より都道府県等に対し、事務連絡「妊婦がその身元情報を医療機関の一部の者のみに明らかにして出産したときの取扱いについて」が発出されました。いわゆる「内密出産」に対するガイドラインに該当する文書です(以下、GL)。「内密出産」とは、ドイツで法制度化されている取り組みに倣ったもので、本GLは、熊本市における国内初の「内密出産」に対応するために同市が法務省・厚生労働省に向けて行った照会への回答に基づきまとめられました。なお、「内密出産」を導入した病院は、いわゆる「赤ちゃんポスト」を設置していることでも知られています。

 

たとえば、日本における「心中以外の生後0日児虐待死」は高率ですが、その背景として、妊婦(女性)の孤立が指摘されています。予期せぬ妊娠をし、個人的にも社会的にも相談できる/相談したい相手がいないまま期限を迎え、そうした選択に至ることがあります。上記のような取り組みは、こうした虐待死、そして、自宅などでの危険な出産を防ぐことを目的としています。

「Nursing Todayブックレット」シリーズ20『妊娠を知られたくない女性たち』では、こうした女性たちへの支援に携わってきた執筆陣が、知見・経験をもとに現場の状況をレポートするとともに、現在の社会や制度の問題を考察します。

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※この記事は同書をもとに構成しています。

 

人工妊娠中絶と0日死亡の距離

 予期せぬ妊娠の相談窓口に関わった経験からすると、「人工妊娠中絶」と「出産した児の命をなくすること」の距離が非常に近いととらえられているのではないかと感じる。

 日本では、費用の問題、同意書の問題が解決すれば、人工妊娠中絶のハードルは低く、当事者の申し出によって手術が行われる。

 母体保護法では、第二条2項により「人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出することをいう」とされている。この「時期」に関しては、1948年制定の優生保護法では、1953年発出の通知で「通常妊娠第8月未満」、1976年に「通常妊娠第7月未満」、1979年に「通常妊娠満23週以前」、1991年に「通常妊娠満22週未満」に短縮され、現在に続いている。なお、優生保護法は1996年に母体保護法に改正された。「妊娠週数の判断は、指定医師の医学的判断に基づいて、客観的に行うものである」とされているが、1週間や数日の違いはなんとかなるのではと考えている妊婦や親がいる。

 日本でもかつて、年間出生数が200万人をはるかに超えていたころには「ヤミ中絶」が行われ、飢饉の年には生まれた子どもに濡らした障子紙をかぶせて窒息させることもあったという。子どもの人権ではなく、親の都合で子どもの命が左右されていたのだ。人工妊娠中絶手術が高額で受けられない、中絶が可能な時期を過ぎているなどの理由でやむなく出産に至り、子どもの命が失われることがないよう、予期せぬ妊娠をした女性が21週6日を過ぎ、出産しても育てられない場合には、特別養子縁組などの方法があることなどを細やかに示して支援する必要がある。

 手術の同意書については、父親にも子どもの命に責任があることから求めるということと、人工妊娠中絶が医療行為であり、日本における医療行為のほとんどが親族等の承諾書をとっていることの2つの問題がある。

 前者については、母体保護法に、医師の認定による人工妊娠中絶として次の記載がある。

 

第十四条 都道府県の区域を単位として設立された公益社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」という。)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。

妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの

暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの

   2前項の同意は、配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなつたときには本人の同意だけで足りる。

 

 つまり、配偶者が知れないときなどの限られた場面だけで中絶ができるとしている。しかし、配偶者でない相手との性行為による妊娠でも、医療機関からすると勝手に中絶したと民事裁判で訴えられる可能性があり、医療機関側が防衛的に同意書を求める場合がある。これに関連する事件として、2020年6月、愛知県で20歳の未婚女性が公園のトイレで出産した児を遺棄したケースがあったが、法的には必要のない相手の同意を求められ、複数の医療機関で中絶を断られた末の出産だったことが明らかになっている。

 日本医師会が2020年に厚生労働省に対し、「暴行若しくは脅迫によって妊娠したものについては、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができることとされているが、強制性交の加害者の同意を求める趣旨ではない」ととらえてよいかと疑義照会を行った。厚生労働省は、「そのとおりである」との回答と同時に、2020年10月に都道府県等の自治体宛てに、「暴行若しくは脅迫」がこれまでの「相当厳格に行う必要があり、いやしくもいわゆる和姦によって妊娠した者がこの規定に便乗して安易に人工妊娠中絶を行うことがないよう」を、「該当しない者が、この規定により安易に人工妊娠中絶を行うことがないよう」と改正する通知を発出した。「暴行もしくは脅迫が虚偽かもしれない」というニュアンスが薄められたが、ドメスティック・バイオレンス(DV)の一つである「避妊に協力してくれない」などの訴えが反映されているとは言いがたい。

 さらに、人工妊娠中絶には、手術方法の問題もある。初期では吸引や掻爬が、中期では分娩が行われている。搔爬では子宮を傷つけたり出血したりする頻度が高く、痛みがあることから世界保健機関(WHO)はやめるよう求めており、厚生労働省も2021年7月、日本産婦人科医会などに対し、WHOのガイドラインを引用し、国際的な動向を踏まえるよう通知を発出している。

 このように、日本では中絶に関する問題は解決されずに続いているが、方法に関しては、2023年4月にWHOが安全で効果的な方法として推奨している中絶するための服用薬物が厚生労働省審議会で承認を了承され、明るい兆しが見えてきた。

 

高額な出産費用と中絶費用

 2022年の出生数は、予測より減少が早まり、80万人を切った。日本では妊娠・出産は病気ではない(生理現象)として、保険診療は適用されない。健康保険より出産育児一時金が支給され、2023年度より50万円となったが、42万円であったころには医療機関を退院する際にこの金額を超える部分を納めなければならないこともまれではなかった。出産費用が高額であることも、子どもを持つハードルを高くしている。

 中絶費用も高額である。保険適用ではなく自由診療であるため、医療機関により異なるが、妊娠12週までの初期中絶では15~22万円程度、妊娠12週を超えた中期中絶では数10万円にのぼる。中期中絶では死産扱いにより出産育児一時金の支給があるが、死産届を市区町村に行う必要がある。中期中絶は母体への負担も大きく、高額な費用に躊躇しているうちに妊娠21週6日を過ぎると、母体保護法により中絶することができず出産するしかなくなる。

 さまざまな事情で人工妊娠中絶ができない女性が、出産を手助けしてくれる人がいない孤立出産に至り、死産または生産に至ってしまう。生産でも分娩途中や直後に女性の意識がなくなった、あるいは児が大きな泣き声をあげたことで動揺したなどで消極的、積極的に命を奪ってしまうと、生後0日死亡が起こる。「にんしんSOS」には、「中絶費用が安いところを教えてほしい」との相談がよく入る。人工妊娠中絶は女性の体への負担が大きく、心理的にも、中絶をしたことがトラウマになることもある。医療機関の費用リストを作って答えるのではなく、産めない理由を把握し、一緒に解決する支援こそが必要である。

 

「誰にも相談できないこと」が意味するもの

 

 妊娠したことを、パートナーにも自分の身近な大人にも言えない孤立した女性がいる。また、パートナーには言えたとしても、自分の親、特に母親には言えないと相談してくる人は多い。「絶対、(母)親には言えない」「親に知られたら殺されるかもしれない」。女親と娘の関係は、姉妹や友人かと思えるほどきわめて親密なこともあるし、「親が知ったらほめてくれそうなことだけは言える」という関係であったりもする。娘も性行為で生まれているのに、母親は自分の性行為を肯定的にとらえることができなかったのかもしれない。妊娠したことを「誰にも相談できない」と相談が入ったとき、「親に相談できませんか」と返すより、「親にも相談できないのだ」ととらえるべきである。性行為のパートナーには相談できないこともあろうが、親に相談できれば支援は得られるはずだ。予期せぬ妊娠が困難に陥るのは、親に相談できないからこそ、と考える必要がある。

 では、なぜ、親に相談できないのであろうか。優等生で親の期待を裏切らない娘でも、親が知らない性行為をし、しかも妊娠したら、親にとっては裏切りとなる。子どもの数が減少し、親は子どもに対し、「よい教育を受け、よい会社に就職してほしい」という思いを強くしているものの、親世代のころのように、少しがまんすれば給料が上がるような時代ではなくなってしまった。

 苦しむ女性が10代後半~20代とすると、親は50代前後であり、妊娠・子育てをした時期は1990年代~2000年代ごろであろう。1991年の世帯あたり年間平均所得は628.8万円であったが、その後、増えることはなく、2018年には514.1万円に減少した(図4)

 

 

自分たちがパートナーを選び、子育てをしていた時期はがまんすれば収入が伸びる時期であったが、がまんしても収入は増えにくくなってしまった。また、いくら親が高学歴を望み叱咤激励しても、すべての子どもが親の期待に沿うかと言えばそうではない。親が子どもに期待することは、親自身も自分が期待する人生を歩んでいないことの裏返しであるかもしれない。ほかにも、夫との関係など、さまざまなことが娘に対する期待となって現れてくる。こうした親の期待を裏切ってしまうとわかるからこそ、「親に言えない」ことになるのではないか。

 第15次の死亡事例検証で、このような事例が報告されていた。

 

【遺棄事例:0日・男児】実母からのネグレクトで死亡。10代の実母が外出先で出産し、遺体を放置。実母は「赤ちゃんを助ける気持ちよりも誰にも知られたくない気持ちの方が強かった」と話した。

 

 この実母の思いには胸を打たれる。「誰にも知られたくない」とは、特に「親に知られたくない」思いである。日本の妊娠・出産に関する社会的不備と、親と娘との関係の複雑さこそ、検証報告が第18次にまで至っても0日死亡を予防できないことの背景であろう。政府の掲げる「異次元の少子化対策」は、妊娠・出産に関する負担を少なくすることと、生活の未来に希望が持てるようにすることにある。

 

(Nursing Today ブックレット20『妊娠を知られたくない女性たち』p.3-16より)

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