それぞれの患者に寄り添う
デザイン実践
「医療とテクノロジー」と聞いて、最初に想像することは何でしょうか?
現実として、医療の現場はもはやテクノロジーによって支えられていると言っても過言ではないほど、さまざまな機器であふれています。治療においては人工呼吸器やモニタリング機器、輸液ポンプ、さらには遠隔で手術を行える機器など。また業務改善という観点では電子カルテが一番に思い浮かぶでしょう。紙のカルテに比べてさまざまな情報を横断的に見ることができたり、点滴を間違いなく実施することができるようにするなど、間接的な業務の支援にも活用されています。転倒予防の離床センサーも、インシデントを未然に防ぐための優れた技術です。今日の医療の現場はそうした多くのテクノロジーの力を借りながら成立していると言えます。
しかし、これらが対象としているのは、いわば医療の枠組みにまつわるものであり、看護師が一人ひとりの患者と向き合うケアの個別性にアプローチするものとは必ずしも言えません。医療というシステムに予め設定された課題のためにではなく、現場で実践されている個々の看護ケアに寄り添うことができるテクノロジーやデザイン実践とは、どのようなものでしょう?
常々そんなことを考えていた僕は、2014年ごろから病院でデジタルアートを用いる活動を始めました。当時はまだ目新しい技術が必要で、一人の看護師の立場で外部に制作を依頼することは容易ではなかったため、独学でプログラミングを身につけ、プロジェクトをスタートしました。
この取り組みでは、重い疾患で病院から出たことがなかったり、感染のリスクがある子どもたちの目や耳で触れられる世界を広げたいという動機から出発して、患児それぞれの身体能力に合わせて動作を読み取る仕掛けをつくり、その動きを映像に反映させるインタラクティブな体験を提供できるようになっていきました。
七夕の時期に星空を届けたデジタルアート。本人の手の動きに反応して星座が標示されたり、流れ星が現れるなどの反応が起こる。
上の写真はその一例で、重症障害による寝たきりの子のためのデジタルアートです。病院の外にある世界を知らない患児に、まだ一度も見上げたことのない星空を届けたいというスタッフの願いを実現したものです。プロジェクターを用いて描画された夜空をベッド上に投影し、患児の手の動きに合わせて星座が現れたり、流れ星が横切ったりする仕組みです。
プロジェクションマッピングで知られる、建造物の立体を活かして美しい映像を投影するアート作品と基本的に同じ技術を用いていますが、これにはボタンを押すと光るといった簡単な相互反応(インタラクション)が起こる機能が備わっています。こうしたデジタルアートでは自分自身の知覚や行動を、映像・振動・音などのさまざまな反応としてリアルタイムで作品世界にフィードバックすることができます。
プログラムの開発では、患児(Aちゃん)の疾患や現在のADLをもとにアセスメントを行って、最適な仕組みを構成しました。たとえば、動作の認識には「Leap Motion」というセンサーを用い [ ▶参考動画 ]、それを処理するプログラムの作成には「vvvv」[▶コミュニティ]というプログラミング言語を利用しています。これらは特定の患児の特性に合わせて行っていますが、実践の当日は他の子でも利用できるように感度の調整を行える工夫を施しました。
プログラミング言語「vvvv」のコーディング画面(左)と、出力された映像(右)。パラメータを図式的に組み合わせることで記述ができるため直感的に理解しやすい。上の例では音に合わせてボックスの大きさが変わるなどリアルタイムの反応が起こる。このプログラムなら15分程度で記述が可能だ。
サポートしてくださったセラピストの方によると「Aちゃんは、通常のリハビリと同じような動きをしていたのですが、普段だったら筋緊張するところを、少し緩めて楽しんでいました」とのことでした。一方的に見るだけの受動的なデジタルアートではなく、能動的に関われることで得られるそのインタラクティブな体験は、患者本人の主体的な動きを生み出せる可能性を示唆できたシーンだったと思います。
「病院でデジタルアート」というと、突飛で楽しいレクリエーションとしてのイメージをもたれることが多いのですが、患者個々のケアに合わせて開発を行うことにより、考え方次第で非常に有用なケアにつなげていくことができるのではないかと考えています。
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