ことばを見つけるワークショップ──看護師長編

対話がつくる“生きた経験”

第1回

経験を語る

前 編

犬に会わせてあげられなかった...

 

土方:まだ自分の中でうまく整理ができていない出来事なのですが、私は肺がんで終末期にある患者さんたちを多く看ています。他の病院に移る時間もなくあっという間に亡くなっていかれるケースが非常に多く、その方もそんな患者さんの一人でした。年齢は50代後半ぐらい。高校を卒業して東京に出て来られてからほとんど一度も故郷に帰らず、ご家族とは疎遠でした。暮らす家はありましたが身だしなみはあまりきれいではないような生活状態で、結婚もされておられなかったので、結局亡くなったあとに妹さんが迎えに来られ、スーツを着させてもらい帰って行かれました。

 

人とのつながりが薄い方でしたが、飼われていた犬に会いたいとずっとおっしゃっていました。かなり状態が悪くなってからも毎日のように犬に会いたいと言い続けておられましたが、病院に動物を連れてくることはふつうできません。それでも何とかしようと思い、かなり時間が経ってからようやく病院と掛け合って、申請を書いている途中にその方は亡くなられました。

 

私の中では今もまだ、最期に犬と会わせてあげられなかったことがどうしても心に引っ掛かったままです。なぜそれができなかったのかと自分を責める気持ちに、亡くなっていく人を見るつらさも重なって。肺がんの最期って、相当に苦しそうに溺れるように亡くなっていかれます。患者さんが亡くなることの多い病棟だったので、そこで人を見送ることにすごくエネルギーを吸い取られてかなり消耗し疲れていたうえに、飼っていた犬に会わせてあげるという、たったそれだけのことすらできなかったのが、心の中で大きなしこりになっています。

 

西村:かなり以前のお話ですか?

 

土方:病棟に配属されて間もない頃だったと思います。その当時はスタッフ同士の考えがうまく噛み合わなかったり人手が足りなかったり、みんなをまとめるのがとても難しい中で、苦しい経験をした患者さんだったのです。

 

西村:皆さん「うんうん」と頷いているので、きっとその病棟のことはイメージができているんですね。師長さんになりたての頃のことですか?

 

土方:まだそんなに経っていなかったと思います。

 

西村:どなたか、もうちょっと詳しく聞いてみたいことはないですか?

 

高坂:土方さんご自身が、結構この人に携わっていたんですか?

 

土方:そうですね。でも多弁な人ではなかったから、朝晩ちょっと顔を見たり少し声を掛けたりする程度でした。

 

 

西村:他にプライマリーのナースは付いていましたか?

 

土方:もちろん受け持ちがいて、メンバーからも「なんとかなりませんかね」っていう声はありました。どんなに気持ちや時間に余裕がない状況でも、患者さんに目が行くと、それはそれでやっぱり自分たちに何ができるかを考える仕事ですから、みんな一致団結します。その意味ではこの患者さんに向き合うのはすごくいい機会でした。

 

西村:積極的にカンファレンスを行ったり、皆さんが意見を言う機会はあったのですか?

 

土方:それどころではなく、とにかく業務を回すことで精いっぱいでした。

 

西村:たいへんな状況ですね。

 

土方:今ならまた違う対応もできると思いますが、まだ知識も技術も自信もない時期に、あの状況にどう対応していいかがわからず困っていたのでしょうね。

 

西村:それでも、患者さんに「犬と会わせてあげたい」と思えるエネルギーが出てくるのはすごいですよ。

 

土方:それくらい患者さんは、何度も「苦しい、苦しい」っておっしゃっていたから。もちろん、みんなで手を握ったりさすったりはしていましたが、どうすることもできない苦しみを毎日見ていると、やはりつらくなる。だから私だけでなくみんなが「何かできないか」って考えていたと思います。

 

西村:人が亡くなっていくのをずっと見ているのはつらいですよね。難しい状況にあった病棟でそれを経験されてから、もう何年も看護職をされていますが、今もまだずっとそのつらい感覚は続いているのですか?

 

土方:そうですね。患者さんの死は誰にとってもショックだろうし、そのことを後輩たちに教育をしていくことが大事なので、スタッフに「死ぬことと生きることは1回しかない。そこに立ち会えるなんて私たちは本当に恵まれているね」という話をするのですが、自分自身は人が死んでいくことを受け入れきれていないわけです。死を考えることはつまり「どう生きていくか」ということなので、それをずっと自分に問いかけているような気がしています。まだその答えが出ないままですね。もちろん私自身の人生にテーマはありますよ。いつも楽しく生きることを大事にしたいと思っています。だけどそれもできているとは言えない。何かに集中したり、何かにこだわって生きることができていないという不全感があって、実はそれとも重なるのかなと思ったりしています。

 

西村:除湿器とはちょっと違うイメージのお話がいっぱい出てきました。むしろエネルギーを皆さんに放出していそうな気がしますが。

 

土方:加湿器は周りに対しオープンに拡散させていくじゃないですか。でも除湿器は静かに吸い取るんです。気がついたら中に水が溜まっているという。

 

小島:だけど、溜まった水は捨てられるようになっていますよ。何かのきっかけで一度、空っぽにすることができる。

 

 

土方:そうかもしれない。

 

小島:ずっと溜め込むだけだったら困るけど。

 

土方:最近は、じょうろが付いていて溜まった水がそのまま外に流れるようになってる。それだといいね。自然に流れていく感じでね。

 

 

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(2018年10月)

 

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