ことばを見つけるワークショップ──看護師長編
対話がつくる“生きた経験”
第1回
経験を語る
前 編
〈参加者〉
小島 昌人*
佐藤 弘恵*
高坂 涼子*
土方 ふじ子*
三原 佳世子**
安原 祐子*
山根 絵里*
* 東京都済生会中央病院 看護師長
** 東京都済生会渋谷診療所 看護師長
西村 ユミ(ファシリテーター)
首都大学東京大学院人間健康科学研究科 教授
★この記事で語られているエピソードは
すべて当事者のプライバシーに配慮し、
事実関係に変更を加えています。
ワークショップを始めるに
あたって
西村:今日は皆さんそれぞれにご用意いただいた経験を話していただきますが、来週は今日ご参加の皆さんにファシリテーターになってもらいますね。
こうしたワークショップで大事なことは、まずリラックスできる場所をつくることです。たとえばこの会議室のように座席が大きなロの字型だと、この人数ではちょっと不自由ですね。体の向きが悪いと集中できなかったり後から腰が痛くなったりしますから、長テーブル2枚を重ねて3人ずつが向かい合い、もう一人とファシリテーターの私が空いた両サイドに座るようにしましょう。あとはお茶やお菓子を準備してみんなで一緒に食べながら、というのもいいですね。
それから、自己紹介のときに「想定外の質問」をしてほしいのです。意外なことを聞かれて「えっ?」となることで、その場のモードが急に切り替わります。今日は「自分を電化製品に例えると何になるか」にしたいと思います。そして「なぜそれを選んだのか」も言ってください。「電気ケトル」だったら「すぐに沸騰してキレるから」とか(笑)。その人の性格や癖などがわかりやすく伝わりますよね。他に「生まれ変わったら何になりたいか」などの質問も、意外な面白さや知らなかった考え方などが垣間見られると思います。
その他に気をつけたいことはメンバーの利害関係です。たとえば師長さん同士でも先輩と後輩、あるいは以前に上司と部下だった、プリセプターとプリセプティなどはなるべく避けましょう。あるトラブルを当事者として互いに共有していた場合、その2人ばかりがギューッと濃密な会話にはまり、他の人が引いてしまったりするためです。そうした関わりのない人同士、なるべくフラットな関係で5〜6人のグループが組めるといいでしょう。
もう一つは「倫理的ガイドラインを示す」こと。たとえばこのグループの中では共有するけれど外では話さないというルールを設ける、事例を出す際に名前を伏せるなどプライバシーを守りつつ議論していく、といったことです。
さらに、議論の中で相手に質問をする際にも注意が必要です。日々の職場ではスタッフのさまざまなトラブルに対し「なぜそうしたのか?」と尋ねることが多いと思いますが、こうした対話でそれをすると議論が原因を問い詰める方向に動いてしまいます。そのため「なぜ」ではなく「もう少し詳しく教えてほしい」という聞き方をルールにします。失敗やうまくいかなかったことの語りに対し「理由」を問われると、悪かったことの原因が誰かにあるとイメージされてしまいますが、「詳しく知りたい」であればそれを避けることができるからです。
除湿器、ミキサー、コードレス掃除機、電気ポット...
実際にやってみることが一番なので、今から早速始めてみたいと思います。では自己紹介から。電化製品で自分を例えると何になるでしょうか? ちょっと考えてみてください。
まず試しに私からやってみましょう。西村と申します。今日は結構ゆっくりと話していますが、いつもはもっとけたたましくしゃべり、議論が途中でも「時間ですよ」と言って終わらせて帰っていくようなところがあります。だから自分は電子レンジかな。「チン」でストップ。まだ足りなかったらもう1回スイッチを押して「チン」したらそれ以上やらない。そんな西村です。よろしくお願いします!
小島:家電ですか……。なんだか調理器具ばかり思い浮かぶなあ。
佐藤:私、好きな家電はいくらでも挙げられるのですが、それが自分と結びつかなくて…どうすればいいのかな。
西村:何か理由があってその家電が好きなのです。たとえば小島さんが調理器具ばかり思い浮かぶのは、きっとよく料理をされるからでしょう。私はせいぜいブロッコリーを茹でるくらいで料理を全くしないから、電子レンジをよく使います。つまり料理は私がするのではなくてレンジがしてくれる。そんなふうに考えると何か自分らしさを表しているように思えてきます。
佐藤:なるほど〜。
土方:土方です。私の場合は性格に例えると除湿器ですね。存在が薄くて…。
一同:え〜っ!?(笑)
土方:自分自身のことをすごく地味だなといつも思っていて、部屋のどこかにそっとあって、常に誰かのそばで何かを静かに吸っている感じ。その様子は傍からはあまり見えないような……。
土方 ふじ子 さん
西村:みなさん、拍手と「え〜っ?」とが入り混じってますね(笑)。
佐藤:加湿じゃなくて除湿のほうなんだ(笑)。
土方:そう、加湿ではないな。やっぱり除湿かな。
西村:面白い(笑)。じゃあ佐藤さんはどうですか。
佐藤:はい。佐藤と申します。私はミキサーを使ってジュースや料理をつくるのがすごく好きなんです。なぜ好きなのか考えたのですが、アンティークのミキサーを1台持っていまして、ブレンドの種類をいろいろと選べる機能があるんですね。混ぜ方にも多様性があって、氷をクラッシュしたり完全にペースト状にしたり、いろいろと使い分けができて私には使い勝手がいい。いま先生がおっしゃったような、自分の行動パターンと結びつきがあるかどうかはわからないけれど。
佐藤 弘恵 さん
西村:病棟スタッフのいろいろな個性を上手にブレンドされているとか。
佐藤:どうなのでしょう。いろいろな人たちの力をミックスさせながら成果を出していくことを常に念頭には置いていますが、それをうまくできているかどうかはちょっとわかりません。
安原:安原です。私はコードレスの掃除機(笑)。使いたいときにすぐに使えてすぐにしまえるところが好きなだけですけど。家にベビーシッターさんが来てくれるので、その日の朝は汚れた所だけサッと掃除でき、すごく便利でいつも活用しています。自身と結びつけるなら「簡単に体裁を整えている自分」かな。
西村:環境を素早く整える力がおありなのでしょうか。それも大事ですよね。
安原 祐子 さん
安原:そんなに深くはないです(笑)。とりあえず必要なことを押さえて回るみたいな感じなのかなと思います。
西村:なるほどね。きっと今、皆さんが普段の安原さんのことをいろいろ想像していると思います(笑)。
山根:山根です。自分は、電気ポットかな。沸点に達すると思わず……。
一同:(笑)
山根 絵里 さん
山根:電源が入っていないときは静かなのですが、誰かが何かのスイッチを入れて、何かのきっかけがあると、どこかが切れてワーッとなるところがあるので。
西村:面白いですね。沸騰しちゃうんですね(笑)。
山根:でもすぐに冷めるんですよ。
小島:あー、保温力がないから。
土方:山根さんは保温機能がないらしいよ(笑)。
小島:違う違う、脚色しないで!(汗)。
一同:(笑)
西村:でも、誰かが「スイッチ」を入れないとそれは起こりませんよね。
西村 ユミ さん
山根:はい。だけどそのあとすぐ、自然と“保温状態”になってしまいます。
西村:じゃあ次の方、よろしくお願いします。
三原:三原です。私は布団乾燥機。冬は温めることができて夏は涼しくできるから。私にもそんな二面性があるなと思って。飴と鞭じゃないけど使い分けてやっているつもりですが、うまくいっているかどうかはわからないですね。
小島:乾燥機って涼しくもできるんだ。
西村:私も初めて知りました。
三原:「涼風」という機能があるんです。
三原 佳世子 さん
西村:来週になったらみんな買っているかもしれませんね(笑)。
高坂:高坂です。私はダイソンの「ホットアンドクール」。あれって結構、音がうるさいんですよね。うちの娘に「ママみたい」って言われたのです。いつもガミガミ言っているから(笑)。病院でも会議などで私がいないと「なんでいなかったの?」ってすぐバレたりするし。
一同:(笑)
高坂 涼子 さん
西村:たしかに、声が全身から出ている感じがして存在感がありますよね。じゃあ次、小島さん?
小島:小島です。やっぱり僕は調理器具のホットプレートかな。山根師長の話じゃないですけど温度設定ができるから。熱を入れたり、保温したり、揚げたり炒めたりいろいろなことができるものもあります。「一台で何役もこなせる」という考え方もありますが、むしろまず先に温めるべき何かがあって初めて活躍できるところが自分らしいかな。
小島 昌人 さん
西村:下から温めると病棟のスタッフがどんどん成長していくようなイメージでしょうか?
小島:そうなってくれると嬉しいなといつも思っています。でも「ないと困るほどじゃないけど、あったほうがより便利」くらいの位置づけですね。
西村:ありがとうございます。ここからはそれぞれが体験された「引っかかる事例」についてお話いただきましょう。ではまず、土方さんにお願いしましょうか。