image: Center for Disease Control and Prevention

連載 ── 考えること、学ぶこと。 "共愉"の世界〜震災後2.0 香川 秀太 profile
前篇/第4回 "Post-COVID-19 Society" グローバル資本主義のあとに生まれるもの 「新型コロナウイルスが破壊する7つのもの」

連載のはじめに

 

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いうまでもなく、新型コロナウイルスは、何よりも「人間の健康と生命」を否定し破壊します。他方で、そのような人間の基本的な生存欲求を護るため、実にさまざまな他のものが否定・破壊されていきます。

 

いささか羅列的ではありますが、一つひとつ見ていきましょう。

 

その1「人と人の交流」の否定

 

一点目の否定が、言うまでもなく「人と人との交流」です。言い換えれば「人が物理的に集まること(集合性)の否定」です。人が集まったり、対面したりしなければ、新型ウイルスは怖くない(モノの表面にウイルスが付着し、それを介して感染する場合もまた、人が集まるところ、接するところでこそ、そのリスクが高まります)。私たちは、たったこれだけ守りさえすれば命が守られるにもかかわらず、社会的存在である人間にとっては、このことがまさしく致命的です。シンプルがゆえに、毒針のように近現代人の「急所」を突きました。

 

この人間同士の交流の否定はさらに大別して、「経済的な集まりの否定」と「コミュニティの否定」との二種類に分けられます。前者「経済的な集まりの否定」は、金銭を伴う、観光、飲食、買い物、エンターテインメント等、消費行動や経済的な利益獲得を目的とした集合です。

 

とりわけ、アートやエンターテインメントや飲食店といった生命保持のためにはすぐには必要とみなされにくく(それらが不要だということではなく、感染症対策としては最優先にはされにくいということです)、かつ物理的集合を伴う業界の経済活動は直に否定されてしまいます。これによって、長期化すれば、貧困にあえぐ業界や労働者が出てくる一方で、否定を免れた業界は富む。あるいは、新しい経済秩序への移行に乗り遅れる人とうまく乗じることのできる人とが出てくると思われます。つまり、新たな格差(「コロナ格差」)が生じます。

 

また、経済的集合の否定は、人口並びに経済活動が集中する「都市そのもの」の否定でもあります。日本では、最初は(2020年4月7日発令)7都市を対象に緊急事態宣言が行われましたし、海外でもイタリアのミラノやアメリカのニューヨークで多数の死者が発生するなど、ウイルスはまさに「都市化」を破壊・否定しました。

 

一方、後者「コミュニティの否定」は、知り合いや友人との何気ない会話や、地域での互助的な集まりの否定です。コミュニティとは、金銭が必ずしも伴わず、消費を目的としない、共愉的、互助的な人の温もりを直接感じられる集まりとも言い換えられます(学校のように、両側面のある集合性もあります)。これが否定されます。家族内であっても、感染者が身内に出れば、家族内隔離が必要になります。「経済活動」と「生命活動」だけでなく、このような「人間の精神的活動」でさえ、ウイルスは奪ってしまいました。コミュニティの否定は人の孤立化を促します。家族がいる人はまだしも、一人暮らし世帯はいっそう物理的に孤立します。単身の高齢者はより深刻です。

 

人と人の交流の否定。接触さえしなければよい。これ自体はとてもシンプルです。しかしこの「単純な否定」こそが、上記も含め、多くの否定・破壊を次々に生み出し、容易には解決困難なほど、事態を「複雑かつ最難問化」させるといえます。複雑なものが複雑な問題を引き起こすのではなく、単純なものが、それまでの人とモノのネットワークの動きと結びつくことで複雑化するのです。後述しますが、これは実は貨幣と似ています。功罪を伴う点を含め、ウイルスと貨幣は実はとても良く似ていると思われます。

 

その2「グローバリゼーションと移(交通)」の否定

 

二点目が「グローバリゼーション」と「移(交通」の否定です。昨今まで、世界中の人たちが資本主義経済の仕組みに加わっていました(グローバル資本主義)。交通・流通ルートが陸路、海路、空路と陸海空の全てに毛細血管のごとくあちこちに開拓され、自動車、船舶、航空機といった乗り物の技術開発によって、人や物の移動がどんどん容易になっていきました。しかし、このまさに交通の利便性が、観光客等の感染者をあちこちに散在、遍在させ、新型コロナウイルスの急速かつ世界の隅々に至る拡大へと招きました。もちろん、感染症そのものはグローバル化以前からあった人類の古典的問題ですが、グローバル化が急速な隅々への拡大に影響を与えたことは否定できない点かと思います。

 

であるがゆえに、各国、各地域はこのグローバル化の流れを一旦急停止しました。具体的には、出入国の制限を各国が設け、都心部から地方への移動等の自粛などを通して拡大を防ぐ。こうしてそれまでの緩やかな国境から、ナショナルな境界管理(国境)の強化へと転換が起きます。

 

ただし、他国からのリスクが流入するのを防ぐべく入国制限をする国はあれども、自国のリスクを他国に及ぼさないために自国民に出国制限を課す国、あるいはそうした方向の議論すら少なかったのではないでしょうか。つまりは、あくまで「自国のため」の措置が中心にとられたのであり、これは、グローバリゼーションの否定でありながらも、実はその根源たる資本主義(自らの利益を最大化しようとするシステム)そのものが存分に突き動かす選択肢だったとも言えます。

 

もう少し言えば、過去の大航海時代に端を発し現在に続くグローバル資本主義とは、そもそもが「自国の利益拡大のため」に他国に進出していく性質をもつものであり、「入国制限」とはそのことが自ずともたらす選択肢だったともいえます。また、世界史をたどれば、今でこそ当たり前の明確な国境線も、資本主義以前のたとえば帝国時代ではより緩やかだったという議論もあります。よって、今回のナショナルな境界管理とは、一見グローバル化の一次的な停止や逆行のように見えて、実は、資本制の伝統そのものを継承した方法ともいえます。

 

その3「集権権力」の否定

 

三点目が、「集権権力」の否定です。コロナウイルスに限りませんが、まるでウイルスのように、小規模の感染をあちこちに巻き起こしながら(水平的に)徐々に勢力を拡大していく、分散型の性質をもつ存在が、垂直的な意思決定を進める中央集権的な力を凌駕することは、コロナ問題を待たずとも昨今までよく言われるようになっていた事柄です(たとえばジョンソン, 2014)。いわゆる、集権型(垂直型)社会から分散型(水平型)社会への移行の議論です。

 

監視の隙間、法の隙間、標準化の隙間、社会保障の隙間……。国家の監視の目の及ばないところ、国家の力が及ばないところ、国家が得意としない領域で、ローカルで小規模な存在が能動的に活動し、横方向に水平的なネットワークを徐々に広げていく分散型モデル。これは、既存の集権権力にとってはそもそもとても厄介なものです。

 

基本的にこのような分散型のネットワークは、政治学や哲学、あるいは経営学などの業界では、たとえば、互助ないし贈与のコミュニティの形成であったり、地域通貨のような新しい経済圏構築の試みであったり、トップダウン方式とは異なる社内や地域の参加型の取り組み・ワークショップであったり、集権的な仕組みに代わる新しい社会モデルとしてポジティブに位置付けられてきました──ただし他方で、とりわけ2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件以降、国際問題として広がっていった神出鬼没の過激派テロもまた分散型組織と言われ、集権国家 vs. 分散型テロという構造もまた指摘されています──。

 

むろん、ウイルスそのものと社会モデルとは質が違いますし、新型コロナウイルスは人間の社会にとって悪です。しかし、脳のような中枢の指示がないにもかかわらず、自律分散的に拡張していく性質をもつ点では両者は非常に共通しています。そして、ほかならぬ「経済を最重要とする国家」が、その「経済を犠牲」にしてでもウイルスの拡大を防ごうと躍起になっていることは、それが集権権力にとって弱点でありきわめて厄介であることを象徴しています。分散型というタイプは、ポジティブな可能性としても、逆に毒としても位置付けられるものといえます。

 

あるいは、ウイルスの水平的な広がりと分散型社会とは次の点で現実に結び付きます。後の第5回の後半で述べるように、ウイルスの問題はテレワーク(在宅勤務)、IOTやロボット等の遠隔技術、仮想空間、リアルとのハイブリッド空間(AR・VR・MR等)を活用した経済、福祉、コミュニティ活動をいっそう促すと言われています。そして長期化するほど、このことが都市中央部への集中から地方への分散型社会を促していく可能性があります。コロナ問題以前からすでに一部の人たちの間でその動きはありましたが、まだマイノリティでした。それがマジョリティに変わる可能性があります。

 

つまり、奇しくも「ウイルスの分散的な拡がり」が、結果的に「人間社会における分散化をも促す」可能性があります。この点で、毒としてのネガティブなウイルスの分散的拡がりは、ポジティブな意味での分散型社会の促進をもたらしうるものといえます。両者は、現代の情報テクノロジーを仲介して対応するようになることを意味します。

 

 

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連載のはじめに

教養と看護編集部のページ日本看護協会出版会   (C) 2020 Japanese Nursing Association Publishing Company.

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