認知症を患うと、脱抑制や社会的認知の障害により、ケア提供者に卑猥なことを言ったり、体を触ったり、自身の性器を見せるといった性的逸脱行為がみられることがあります。本人にはセクハラをしているという意識・自覚はなく、「異性と触れ合いたい」「優しくされたい」という本能に基づき行動しているため、注意されたり拒絶されても効果がないばかりか、怒り出したり、ケアを拒否したりすることも。
一方、そのような行為を受けた側は、病気が原因だとわかっていても、専門職としてかかわらなくてはいけないと思っていても、傷ついたり、嫌な気持ちになることは多いでしょう。仕事だからといって、ただがまんを強いられることに疑問を感じる人もいることでしょう。
ケア提供者は、認知症高齢者のセクシュアリティとハラスメントに関する問題にどう対応すればよいのでしょうか。各分野の専門家と高齢者看護・介護の現場で働く専門職が、自身の経験を踏まえて考察しました。 (編集部)
<執筆>
荒木乳根子
村上久美子
堀内園子
戸谷幸佳
岡田まり
横井真弓
塙真美子
田中聡子
北條正崇
Nursing Todayブックレット15
A5/64ページ 2022年07月発行
ISBN 978-4-8180-2528-8
定価990円(本体900円+税10%)
<目次>
認知症高齢者の性的行動──荒木乳根子
介護現場におけるハラスメントの実態と防止について──村上久美子
認知症高齢者の性的逸脱行為への対応──堀内園子
認知症高齢者のセクシュアリティに関する倫理的配慮──戸谷幸佳
事例から考える 認知症高齢者の性的逸脱行為への対応
──岡田まり、横井真弓、塙真美子、田中聡子
column:利用者からのセクハラに一人で悩まない──北條正崇
ご購入情報
認知症高齢者からの「セクハラ」について聞かせてください。
特 別 ア ン ケ ー ト
日本看護協会出版会では「認知症高齢者のセクシュアリティ」に関するアンケートを実施し、多くの方にご回答いただきました。結果を以下にご紹介いたします。
●実施期間:2022年4月7日〜4月20日
●実施方法:Webアンケート(弊社メールインフォメーションおよびTwitterで募集)
●回答者数:98人
●回答者の所属内訳:急性期病院48人、回復期病院6人、高齢者施設10人、訪問看護8人、看護・介護系教育機関11人、その他15人
●性別:男性6人、女性92人
Q1 認知症高齢者から性的逸脱行為を受けたことがありますか?(n=98)
ある 59人(60.2%) ない 39人(39.8%)
Q2 「ある」と答えた方にお尋ねします。どのような行為を受けましたか?
(n=59、複数回答)
卑猥な言葉を言われた 51人(86.4%)
身体を触られた 44人(74.6%)
性器を見せられた、触るように言われた 14人(23.7%)
その他 2人(3.4%)
Q3 そのとき、どのように対応しましたか?(n=59、複数回答)
やんわり注意した 41人(69.5%)
関心が他のことに向くように導いた 38人(64.4%)
特に反応せずやりすごした 24人(40.7%)
厳しく注意した、叱った 2人(3.4%)
その他 3人(5.1%)
Q4 そのとき、どのような気持ちになりましたか(n=59、複数回答)
いやな気持ちになった 36人(61%)
病気だから仕方ない、我慢しようと思った 26人(44.1%)
よくあることなので気にならなかった 24人(40.7%)
怒りがわいてきた 5人(8.5%)
耐えられなかった 2人(3.4%)
その他 4人(6.8%)
Q5 認知症高齢者からの性的逸脱行為のために、その人の担当を辞めた、
もしくは辞めたいと思ったことはありますか?(n=59)
ある 18人(30.5%)
ない 41人(69.5%)
Q6 認知症高齢者から受けた性的逸脱行為について、誰かに相談しましたか?(n=49)
相談した 38人(77.6%)
相談していない 11人(22.4%)
Q7 「相談した」と答えた方にお聞きします。誰に相談しましたか?(n=38)
同僚 21人(55.3%)
管理者 14人(36.8%)
申し送りで報告し、共有 1人(2.6%)
専門機関・専門職 1人(2.6%)
主治医 1人(2.6%)
Q8 「相談していない」と答えた方にお聞きします。
相談しなかった理由をお聞かせください。
「よくあることなので、深刻にはならなかった」
「問題解決には結びつかないと感じた」
「相談すること自体が、自分の恥になると感じた」
「事実の報告はしたが、相談するという考えに至らなかった」
「相談ではなく、仕事の関係者である保健師・助産師に注意喚起・対処法を伝えた」
「自然なことであり、対応次第で相手を傷つけずに介護することは可能と思うから」
「相談するよりも、スタッフ間で情報を共有し、対応方法を検討、皆が同じ対応をするようにすることのほうが大切だと思う」
Q9 認知症高齢者のセクシュアリティと対応について、
思うことをお聞かせください。
●本能ゆえの行為
「認知症高齢者にもセクシュアルな欲望があることを理解しつつ、1人の人として尊厳をもった対応をするように努めている」
「生きている限り性を除いて考えることはできないと思う。認知症だからという考え方ではなく、人としてとらえていきたいことだと感じている」
「セクシュアリティは生きる力になっている。認知症を患っていても守られるべき人権であり、患者の人権を大切にするからこそ、適切な対応が必要だと思う」
「認知症でその方の本質が強調された結果としての行動なのだろうか。ある意味、健康的といえるのかもしれない」
「本能行動であるし、病気と思って気にしないようにしている」
「人を選んでそのような行為を行う人には困っているが 認知機能低下による本能としての行為であれば、それも1つの個性と受け止めて対応している」
「もともと性欲が強い人は、認知症があると性的欲求が増幅される場合があるかもしれない。そうでない人にも性的なことに好奇心はあるので、入居者同士で気になる人ができたりすることもありえる。性暴力や虐待につながらないように配慮したい」
「認知症の方に限らず、年齢を重ねても異性に対してのなんらかの興味があるのだと思う。それを理性で抑えられるかそうでないかの差ではないか。人間の本能でもあるため騒ぎ立ててはいけないとは思うが、自分自身の感情を殺してまで、また我慢してまで対応する必要はないと考える」
「脳障害の一種で、自分の本能のままに動いているのだと割り切っている。けれども、度を超える発言や行動をするときには、きちんと不快であること、やめてほしいことを伝えている」
「認知症があるがゆえの行為であると理解することがまず必要だということはわかってはいても、現場で気持ちに余裕がないときは、相手から言われたことを正面から受け止めてしまいがちだと感じる」
「性的逸脱行為について、看護師同士でその患者を揶揄する会話を耳にすると嫌な気分になる。本人はしたくてしているわけではないと、説明ができない自分にも嫌気がさす」
●性的逸脱行為をされたケア提供者の思い
「性的逸脱行為をされた側は心に傷を抱えてしまうこともあるが、使命感から誰にも相談できず、ケアの仕事を続けられない、二度とケアの仕事はしたくない、という想いを抱えるかもしれない」
「看護師は患者に1対1で体に触るケアをするから、そのような行為を受けても誰にも言わずに隠していることも多いと思う」
「認知症があって起こる行動とはいえ、それが原因で仕事に来たくなくなったり、辞めたいと言うスタッフもいる。不意打ちで被害にあうため予防できない。男性スタッフも少なく、疲弊している。対策もあまり公にされていないような気がする」
「相手の人権を尊重すると、あまり厳しい対応もできない。かといって、対象となったスタッフを守ることも必要であり、現場においては難渋する大変難しい課題である」
「高齢者にも性的興味はあり、病気のためにその欲望を理性で抑えることができずに生じた行為であることはわかっていても、それをされた側は戸惑いを隠し切れないのは当然と考える」
「性的欲求は最後の最後まで残るのではないかと思うが、逸脱行為の程度によっては、看護者の心の傷になることもある。このような事態は避けないといけない。ハラスメントと同じような対応が必要なのかもしれない」
「相手を興奮させるようなスイッチが入らないよう対応の工夫が必要だが、ケア提供者を守ることも大切。逸脱行為があまりにも激しい場合は薬物でのコントロールを検討する必要もあると考える」
「若い子が標的になっていたので、私が盾にならないといけないと思った」
「認知症があるため性的逸脱行為をしてしまうのだと思うが、だからといってその行為を容認するのはあり得ないことだと考える」
「私自身は性的逸脱行為をされたことによる精神的ストレスはないが、身体的に危害が加わるようであれば被害届を出すつもり」
●相談できる場があれば……
「性的逸脱行為をされた当事者が自由に忌憚なく発言できる職場環境が重要と考える」
「部署で対応策を考える。声を出せる場所をつくる」
「問題となる事象に対応できる部門があるとよい」
「同僚や専門職に相談ができる環境が必要だと感じる」
「急性期病院などでは相談できる人や場面が多くあるが、施設などでは少ない可能性があり、対応に苦慮していたり1人で抱えている人がいるかもしれないことが心配である」
「認知症高齢者へのかかわりでは人権の尊重が大切だと言われるが、医療従事者だからといって我慢することではないと思う。相談できる専門機関や専門職は重要である」
「“病気だから”では済まされないこともある。そんなときに相談できる窓口があればよいと思う」
●組織・チーム内での情報共有と対応
「超高齢社会である日本では認知症高齢者は少なくない。このような社会背景がある中で、性的逸脱行為を受けた場合、どのように対応することが望ましいのか、組織としてどのような体制整備が必要なのかを考えていかなくてはならないと思う」
「本人や家族には、スタッフ個人で対応するのではなく、組織全体で対応するほうがよい」
「認知症の方に正論を言ってもわからないこともあるため、対応は難しい。一人での対応ではなく、チームでの対応が必要である」
「男性スタッフがいれば交代する。男性がいない場合はケア時に二人で対応するようにする。行為を叱ることはしないが、嫌な気持ちであることを伝える。人それぞれによって対応の仕方を考慮しなければならない」
「行動が緩慢な方だと万一のときに逃げることもできるが、力が強かったり独居である場合は、同性が訪問するなどの対応が必要だと思う」
「若いスタッフから相談されることがあるが、本人がトラウマになっているケースもあった。経験ある看護師が一緒に対応するようにしているが、夜勤等の人数が少ないときは2人体制で対応している。逸脱行為の程度によっては患者の強制退院もあり得る」
「訪問看護は1人でプライベート空間に訪問するため、認知機能低下がある利用者の中には勘違いをしてしまう方が多い。複数名での訪問や男性スタッフに変えるなどの対応は可能だが、病気ゆえの行為と理解はできても、セクハラを受けた看護師のトラウマへの対応は難しいと感じる」
「性的逸脱行為はその人らしさと思うようにしている。そのときの応対をスタッフで統一できればよいのではないか」
「職員の経験値や年代は様々なので、職員と充分に情報共有することが必要だと思う。また、家族を含めてのケアも考えていく必要がある」
「その場で注意することは必要だが、本人は忘れてしまうので繰り返し起こることは避けられない。対応方法を職場で共有し、対策を立てる必要がある」
「性的逸脱行為を受けたときは、毅然とした態度で、穏やかに注意する。それが通じなければ、職場で相談することが必至。担当ケアマネにも報告し、然るべき処置や方向を取る必要性があると思う」
「管理者として、性的逸脱行為を行う本人の真意と、我々へのリスクについて見極める力をつけることも必要と考えている」
●どう対応したらいいのか……
「病気だから仕方がないのはわかるが、仕事をしていてどう対応すべきか悩む。男性から女性職員に対しての行為であることが多い。毎回なんとかやり過ごしているが、正しい対処法を教えていただきたい。また、一般の方にも理解を深めていただきたい」
「対応が難しく、悩んでいるスタッフも多い。様々な対応方法について教えてほしい」
「本人の家族のつらい思いを知ると、怒ることはできない。対応方法を知りたい」
「認知機能低下により性欲が強くなるのか、わからない。常にどのような対応がよいか悩んでいる」
「セクシュアリティというそもそもデリケートで個別性が高い事柄であり、またその人自身の尊厳に関わる部分であるが、同時にケア提供者へのハラスメントにもつながるものであるため、どう対応するべきか大変難しいと感じている」
●対応方法のヒント
「認知症の方の性的逸脱行為は結構多いが、対応の仕方でかなり変わってくると思う。怒らせずうまく付き合うことが大切」
「性的逸脱行為は社会としては受け入れがたいが、行為のみを問題にしても解決にはならず、逸脱行為をする認知症高齢者とその家族を社会から孤立させるような結果をもたらす。逸脱行為と認知症による脳の損傷との関係を踏まえた上で、生活歴、本人は自己をどうとらえているのか、家族や近親者の思いなどをていねいにアセスメントし、なぜ逸脱行為をしたのかを考える必要がある」
「ケア提供者としてそのような場面に遭遇すると葛藤もあると思うが、性的逸脱行為といわれる行為に至るまでの患者の経緯や思いなどいろいろなことを深く分析する必要がある」
「高齢者であっても性的欲求はあるという認識をもち、言動や行動があった場合は、ユーモアで返したり、職員自身が不安や恐怖につながらないための知識を備えておく必要がある」
「不安や寂しさと性的な本能がそのような行動を誘発させるので、看護師は感情的にならず冷静に対処できるスキルを身につけたい」
「体を触るタイプであればケア時に腕1本分の距離をとる、卑猥なことを話すタイプであれば冷静に対応するなど、対応方法を考えてケアをする。脳の器質的な変化による症状なのか、そうでないのかの見極めも大切。空腹を満たすことで性的行動が改善した事例を経験したことがある」
「本人のひととなりや、これまでの生活、今の関係づくりのあり方が大事で、逸脱行為にも関係しているように思う」
「認知症の方の性的な言動や行為は理性の抑制が効かないことで生じているので、そのような方と対峙したときには、その場を大切な会話の機会ととらえていく必要がある。認知症高齢者が生きている世界・空間と私たち医療介護者の世界には差があるので、近づくことが大事だと思う」
「性的興味に固執しないよう、ほかのことに関心をもってもらえるように働きかける必要がある。プライドを傷つけないように注意深く関わることが重要」
「認知症患者といえども、やはりよくないことはわかるようにお伝えし、再発防止が必要だと思う」
●教育の必要性
「認知症について学ぶ教育が必要である。性的逸脱行為は理性が失われることで生じる行動である。前頭葉など理性を司る領域の萎縮があるのか、不安や寂しさを抱えていらっしゃるのか、ていねいに考えることが必要」
「認知症に対する理解を深めることが重要。これからは認知症患者が増加していくので、認知症専門病院でなくても教育の機会が必要だと思う」
「認知症の方への専門的対応について学ぶ機会は増えたが、セクシュアリティについては専門的な対応を学んだ記憶がない。高齢者の尊厳を守り、看護者自身を守るために、今後、看護教育の中で学んでいく必要があると感じる」
「どうしてそのような行動が出たのかを考えられるようになるためには、どのような職員教育が必要なのかを知りたい」
「もっと学習したいと思うが、方法がわからない」
●その他
「病的な行動なのかそうでないのかの判断がつかない。所属長に相談しても泣き寝入りすることが多かった」
「看護現場で性的逸脱行為は当たり前と思わないことが大切だと思う」
「患者の性的逸脱行為が意図的なのものなのか病気によるものなのか判断が難しいので、なんとなくやり過ごしている状況がある。同じ状況を繰り返さないようにチーム内で情報共有をしているが、受けた行為を誇張して伝えている場合もあり、“迷惑行為をする人”ということが前面に出てしまっているように思う」
「精神科病院では日頃から申し送りに上がることであり、当たり前と認識している。しかし、若い看護師たちは、面白おかしく話を盛り上げていることがあり、むしろ不快に感じる。その場面だけを見て、その人のひととなりを決めつけているように感じる」
「認知症でない人からのセクハラのほうが卑猥で確信的なので、許せない。タチが悪いと感じるし、怒りを覚える」
「余命の限られている人から受けた行為は、今になって考えると、「生きたい、誰かにすがりたい」という思いのホトバシリだったかと考えた」
「家族に逸脱行為のことを話してもなかなか納得してもらえないことが多い。“そんなことはない”や看護者のせいにされてしまうことも少なくない」
「性的逸脱行為があることで療養先の選択に影響することを知り、対応は慎重にしたいと思った」
「私の父は、パーキンソン病による手の振戦を“セクシュアル行為”と決めつけられて、家族として不快だった」
「認知症が進行した実父が入院先でスタッフに性的逸脱行為をしていると報告を受けたとき、ひたすら謝罪した。だからといって、父の行動が収まるわけでもなく、その行動が原因で施設入所もかなわず、精神科で鎮静剤を調整され過鎮静による誤嚥性肺炎で亡くなった」
<以上>
A5/64ページ 2022年07月発行 ISBN 978-4-8180-2528-8
定価990円(本体900円+税10%)
認知症を患うと、ケア提供者に卑猥なことを言ったり、体を触ったりといった性的逸脱行為がみられることがあります。本人は本能に基づき行動しているため、セクハラをしているという意識・自覚はなく、注意されたり拒絶されても効果がないばかりか、ケアの拒否もみられます。一方、そのような行為を受けた側は、病気が原因だとわかっていても、傷ついたり嫌な思いをすることは多いでしょう。認知症高齢者の性とハラスメントに関する問題にどう対応すればよいのか──専門家と高齢者看護・介護の現場で働く専門職が自身の経験を踏まえ考察しました。
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