「ナーシング・トゥデイ」2013年4月号 リニューアル記念対談(Web版)

『知がめぐり、人がつながる場のデザイン』(中原淳著/英知出版/2011年)

即興性を重視しつつ、音楽や飲食物に工夫を凝らし、ダイアローグやリフレクションなどを組み入れた「学びの理論に基づく計算を施した場のデザイン」を特徴とする「ラーニング・バー」の実践記録と知見をまとめた1冊。

知の継承、後継者の育成

 

中原:今日お会いしてきたある会社の方がおっしゃっていたんですが、社員同士の対話の場をつくろうとマネジャーたちに提案したところ、「そんなことをしても全く話が出てこない」とか「ネガティブな話題にしかならないし、何もまとまらないだろう」というご意見をもらったそうです。でもその人が、社員同士の対話の場をつくってみると、みんな話したいことがいっぱいあって、議論が止められなくなるほどだった。つまりそれは、うまい場のつくり方の問題だと思うんです。ファシリテーションやワークショップを愉しんでつくれる人は、みんなが語りたがる場や雰囲気をつくる知恵があるんですね。その人は実際、もうどこでもやっていけそうなくらいの能力を持っているんです。

 ただ、今後の世代継承がすごく問題で、民間企業には人事異動がありますので、必ずしも力ある人々が人事・人材開発に残るわけではない。後継者をいかに育成するべきか、という問題がクリティカルです。多くの場合は、後継者になってほしい人に、まずごく単純なワークショップやファシリテーションについてのレクチャーをして、次にその人(=先輩)と一緒に実践をしてもらう。その後、先輩が行うワークショップなどに参加者としてもう一度出てみる。で、そこから先は「あなたの世界だから、自分で企画をして工夫してやってほしい」という、というプロセスが多いのではないでしょうか。そうやって、社内のナレッジをつないでいけるスキルを世代継承している組織もありますね。

 

吉田:うーん、すごいですね。それを聞いて思ったんですが、中原先生の「ラーニング・バー」では、どんどん参加者が増え、お手伝いをする学生たちも力をつけておられているみたいですが、一体どうやってフォロアーを増やしているんですか。「中原マジック」って思ってしまうんですよ。

 

中原:これがね、不思議なことに、ある時期から、僕は、細かいロジスティクスにはほとんど関与していなかったんですよ(笑)。もちろん最初は、自分でやることも多かったのですが、途中からは、学生たちが、臨機応変に動きながら、その一翼を担ってくれました。この当時活躍してくれた学生の中には、いまや、自分の場やワークショップを実践している方々もいます。彼らには本当に感謝をしています。

 僕は、学生にいつも「場をもてる研究者になりなさい」といっています。例えば、留学生を対象にした研究をしている人は、留学生を集めて研究をさせてもらうとかね。自分のフィールドを活かし,自分の研究のオーディエンスになってもらえるような方々を対象とした場をつくる。そうして、そうした場をつくりながら、実務家の方々と共同研究を進め得る。そういう「場づくり研究者」を僕は養成したいと思っています。

 

吉田:それは皆、先生から出されるマターとして行っていることなんですか?

 

中原:それは最終的には、学生さんの ニーズによります。そうしたい人はそうすればいいし、そうでない人はそうしなくてもよいと思っています。場をつくることは、自らやりたいと思う人がやるべきです。僕にできることは、そういう人の背中を後押しすること、否、というよりも、そういう人の活躍できる舞台を用意してあげることですね。

 

吉田:なるほど。

 

中原:最近は、学生の中には、多様な企業や、多種多様な実践家の方々から、場づくりやワークショップのオファーをいただく方もいます。そういうとき、僕は「中途半端にかかわるな」といっています。しっかり企画からかかわり、正統なフィーをいただき、かつ、きっちりと場をつくり、責任をもち、さらにはその場から共同研究のシーズをつかむ。ボランティアで無償に適当にお手伝いをして、しかも責任は持たず、マネタイズもできないというのは避けた方がいい。多少のストレッチになったとしても、しっかりかかわり、Win-Winの関係を築く。そうしたことを戦略的に行って欲しいと思っています。といいますのは、これまで無償、ボランティア、責任を持たない周辺的なかかわり、さらにはドンブリ勘定ということで、いかに学生の労働力が搾取されてきたのか、いかに若い芽をスポイルしてきたのかを考えると、そういう悲劇を繰り返したくないのです。

 一つだけ確かなことがあります。「食えない領域には、優秀な人材は集まりません」。「食えない領域」にいる既得権者は、そのことを悲観するかもしれない。「最近の若者は、覇気がない」とね。でも、大切なことは「食える領域」をつくりだすことなんです。そのためには、しっかりと契約のもとで、責任をもち、プロフェッショナリティにみあったフィーをもらえる仕組みをつくることです。

 

吉田:それはすごく私にとっても気になる話ですね。自分はとにかく、今は院内の研修のために院外の人を呼ぶ仕組みをつくらなければと思っているんです。語り合いの場とか、キャリア中期の人たちが自由に知を共有するような場というものは、すでに手がいっぱいの教育委員の誰もがそう簡単にできることではない。それならキャリアについて考えていたり、人を育てることについてトレーニングしている我々のような人材を活用し、話してもらう場をつくることができるようになればいい。そのためには、外部からサポートする人材が、それを仕事にしていけるように、交通費や研修料などきちんとした額を支払うことを、仕組みとしてこの世界に確立させていきたいですね。

『職場学習論―仕事の学びを科学する』(中原淳著/東京大学出版会/2010年)

人は職場で「他者」とどのようにかかわり、学び、そして成長するのか? 人材育成に有効な職場の原動力を、ビジネスパーソンに必要な3つのキーワード「業務支援」「内省支援」「精神支援」から解き明かす。

日本看護協会出版会

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