連 載

アクティブラーニング ──教育の質的変化とその背景 友野 伸一郎

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学ぶとはどういうことか

 

大学や学校の授業で学ぶというと、教授者が自分の頭の中にある知識を学習者に伝え、学習者はそれをコピーするように暗記する。旧来、教育とはこんなイメージで捉えられてきた。だから、それを達成するためには一斉授業、一方向的な講義こそが効率的に情報を伝達できる手法だと考えられてきたのである。

 

しかし、私たちが学ぶということは、単なる棒暗記をすることではない。テストのために棒暗記や丸暗記したことは、テストが終わればすぐに忘れてしまった経験を誰しも持っていると思う。

 

ところが、テストが終わっても忘れず一生活用できる知識もある。それはどんな知識かというと、「腑に落ちた知識」だ。授業中に習ったり経験したりしたことが、自分がその時点で持っている知識と結びつき、新たな全体像として再構成されたとき、人は「あ、そうだったのか!」と膝を打つ。そんな知識は忘れようとしても忘れることができないはずだ。

 

簡単な例を出して説明しよう。「水は一気圧の下では100℃で沸騰する」。このことを単に暗記しているだけでは、テストの解答欄に記入することくらいしか役に立たない。しかし、その学習者がかつて3,000m級の山でご飯を炊いて生煮えにしかならかった経験があったとすると、「水は一気圧の下では100℃で沸騰する」という知識は自分の経験と結びついて再構成され、一生忘れず活用できるような種類の知識となる可能性がある。

 

教育の世界では、このような学びのことを「深い学び(Deep Learning)」と呼ぶ(いま話題の人口知能におけるDeep Leaningとは無関係な概念)。もちろん、一方的な講義を聴きながら、学習者の頭の中でその講義内容を自分の持っている世界像と対話させながら新しい世界像を構成していく、つまり「深い学び」に結び付けることが不可能かと言えば、そんなことはない。優秀な学習者は今も昔も、講義を聴きながら自分の頭の中で「深い学び」を実践している。だが、それを可能としているのは、今も昔もごく一部の学習者のみであることも事実なのである。

 

だからこそ、大多数の学習者に「深い学び」が生じるようにするためには、一方的な講義だけでは決定的に不足している。学んだことを議論したり、言語化することを通じて、個々の学習者に世界像の再構成を促していくような活動、つまりアクティブラーニングが重要となっているのである。

 

となると、教育とは教授者と学習者の相互作用である以上、当然、その関係も変化せざるを得ない。これまでの教授者中心の教育では、教授者は何でも知っている人のごとく、教室では振る舞ってきた。しかし、学習者中心の教育においては、学習者の成長を促す役割になる。「壇上の賢者(Sage on the stage)」ではなく「そばに寄り添って案内する人(Guide by side)」であることが求められるようになってきたのである。具体的な能力としては、講義の上手さだけでなくファシリテーション能力が求められたりすることに典型である。

 

 

他者の理解の仕方を理解する。認知したことを言語化する

 

もう一つ重要なことは、溝上定義の後半である。「能動的な学習には、書く・話す・発表するなどの活動への関与と、 そこで生じる認知プロセスの外化を伴う」

このことの意味を考えてみよう。

 

グループワークやペアワークで議論することには、もう一つの大きな意義がある。それが、「社会的な学び(Social Learning)」と呼ばれるものだ。あることを理解する。それは私にとっても他者にとっても無条件に同じことではない。私が理解している仕方と、他者が理解している仕方は、それぞれの背景や思考回路などに影響され、異なっていることがむしろ当たり前ですらある。

 

ただ、近親圏と呼ばれる家族やきわめて親しい友人などでは、共通の経験や環境などから、その理解が近似していたり、あるいはお互いの違いが無意識のうちに織り込まれていたりする。

 

ところが、大学や学校でグループワークをしたりペアワークをしたりする相手は、そうした近親圏の人ではない。公共圏他者と呼ばれる人たちであり、そうした人たちと議論して何かを生み出していくためには、その異なる理解の仕方をお互いが言語化し、差異を踏まえて共通了解にしていくことも不可欠である。

 

現在の社会での仕事の多くは、個人ではなくチームで行うものとなっている。そうした公共圏他者との協働のためには、社会に出る前にアクティブラーニングにおけるこのような経験から学ぶことが重要とされている。

 

次回は、アクティブラーニングが重要視されるようになった社会的背景と、その効果について考えてみたい。

もっと知りたい人のための参考書

教授学習観のパラダイムチェンジについて.....

 ●『アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換』

 (溝上慎一 著、東信堂、2014年)

 

 

 

 

 

 

 

「深い学び」ディープラーニングについて.....

 ●『ディープ・アクティブラーニング』

(松下佳代 ほか編著、勁草書房、2015年)

 

 

 

 

 

 

 

 

 『学生の理解を重視する大学授業』

(N・エントウィスル 著、山口栄一 訳、玉川大学出版会、2010年)

 

 

 

 

 

 

 

学習者中心の教育について

 『対決! 大学の教育力』(友野伸一郎著、朝日新聞出版、2010年)

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