カントが「理性」という言葉で言おうとしていることは、人間は、他人や他のモノにまで感情移入したり、気を遣ったり、究極的には誰もが平等で平和で、幸福であることを目指しているということです。

 

現実的には自分勝手な人がいたり、差別があったり、戦争があったり、いろいろな矛盾が世の中にはありますが、少なくとも心の中では「こうあってほしい」という「理想」をもつことができます。そしてその「理想」を他人と共有することもできます(このためには「言葉」の役割が大事ですが、その話はまた別の機会にあらためたいと思います)。

 

つまり何が言いたいのかというと、「ケア」というのは、自然現象、物理現象ではなく、特に「心」の通わせ合いが中心であり、それは言い換えれば「共感」というものを前提としています。

 

この「共感」が生まれるきっかけは、他人が苦しんでいるときに、どうしたら助けてあげられるのかを考え、その苦しみに寄り添おうとする「思い」つまり「観念」です。「理想」という、自然現象からは見つけられないものを言葉などの形にして把握するとともに、それを他者と共有できる「理性」の力なのです。

 

そういうふうに考えるとカントが言う「観念」や「理想」というものの意義が多少は見えてくるのではないでしょうか。

 

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カントの「理想」についての

学生の感想(一部抜粋)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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