西村 ユミ(にしむら・ゆみ)

 

首都大学東京大学院人間健康科学研究科教授。1991年日本赤十字看護大学卒業。神経内科病棟での臨床経験を経て、1997年女子栄養大学大学院栄養学研究科(保健学専攻)修士課程修了。2000年日本赤十字看護大学大学院看護学研究科博士後期課程修了。2006年大阪大学コミュニケーションデザイン・センター臨床部門助教授、2007年同准教授。現象学・身体論を手がかりとしながら看護ケアの意味を探究している。臨床実践の現象学会主宰。(CSCD在籍期間2006年〜2011年)

[3]分野を超えるのはしんどい

 

西村 CSCDって基本的に「教え」ませんよね。特に、池田さんと一緒に担当した臨床コミュニケーション科目は、授業の組み立てを考えていた時も、最初は中岡先生や鷲田清一先生が領域の異なる人々を、スタッフとしてCSCDという器の中にポチョっと落として、泳がせて、ぐるぐるかき混ぜて「適当にせえ」と言われた。「適当に何をつくるんですか?」「授業らしいよ!」とみんなで延々議論を交わしながら、決まったような決まらないような状態のままで、議論と授業の往復を続けてきたんですよね。

 

中岡 そもそも教育はミッションの中になかったんですよ。CSCDは大学院の共通教育という位置付けなので、基本的な知識を教え込む必要がなかった。だから、ある程度知識を持っている人たちを相手にしているという前提がある。

 

西村 専門用語を使ったコミュニケーションはできるけれど、分野を超えるとさっぱりうまくいかなくなっちゃうことを危惧してつくっているんですね。

 

中岡 専門への閉じこもりを打破するお手伝いかな。

 

池田 高度副プログラムにも幅広い業種の人がいっぱい集まるし、終わった後のアンケートでも「自分の専門分野にとどまっていたらこんなことを考えるチャンスすらなかった」とか、すごく評判がいい。

 

西村 だけど、戸惑うことも多かったですね。例えば時間の感覚が違いすぎるんです。2時間も3時間も議論をして結局どこにも着地をしない。病院のカンファレンスなら15分で済みますからね。ここでは、教授会などに5分前に行ってもまだ事務の人しかいない。時間が過ぎても誰も集まってこない……。もう一つは、言葉の使い方です。とくに人文学の世界では当たり前の概念が、私みたいにそれ以外の分野の者にはよくわからない。

 

中岡 人文学では「批判する」という言葉はクリエイティブな意味だけど、看護では「やっつける」ことになるとか?

 

西村 「批判」はクリティカルシンキングなどで普通に使う言葉ですけどね。でもそういう傾向はあるかもしれません。

 

中岡 西村さん自身は、人文学的なセンスを持っておられた気がします。我々に対しては看護の方の感覚を紹介したり翻訳してくれましたね。

 

西村 自分ではよくわかりませんが、看護の中にどっぷり浸かって仕事をしている時に、多少生きにくさはありました。もともと生理学の研究をしていたんですが、その頃に一緒に働いていた医師たちは、目標の指向性がはっきりとしていたので、その意味で困難は感じなかったけれど……。

 

─── CSCDという場所はそれともまた正反対ですが、何か共通するところがあるんでしょうか。それとも、目的があったらどんなに異質な方法論でも作法でも獲得してやろうとか?

 

西村 どうしたらいいんだろうと思いながら、ありとあらゆるものを探すんです。それは馴染みやすかったですね。例えば私が大学院生だった頃は、植物状態の患者さんのことを「能面みたいだ」なんて言う人がいたから、国立能楽堂の地下書庫で『風姿花伝』という本を読んでいた時期もありました。これじゃ修了できないって思いながら(笑)。

 

中岡 どうやって収拾したんです? 何か発見があったから戻ってこられたんですか?

 

西村 よく覚えてないですが「これはだめだ」って思ったんです、ある日。

 

池田 それでも最終的には何かが役に立ったの?

 

西村 役に立ちましたよ。お能を見に行って楽しめるようになりました。何も知らずに、ただ行くと苦痛なんです。わからないから熟睡しちゃいます。

 

中岡 本当にそう。僕も何回か寝ました。

[1] 考える力とかかわる力

「人がわかったらどうなるんだろう? 確かにわかったら嬉しい。嬉しいけど、それが看護にとってどう重要なの?」── 池田

[2]衝突と行き違いから始まるコミュニケーション

「コンフリクト(=争い、衝突、葛藤、対立)はないほうがいいと思うでしょ。でもそれがむしろ生産的なものにつながり得る」── 中岡

[3]分野を超えるのはしんどい

「植物状態の患者さんを“能面みたいだ”と言う人がいたから、国立能楽堂の地下書庫で『風姿花伝』を読んでいた時期もありました」── 西村

[4]枠からはみ出す

「一つ、突っ込みたいんですが、金魚が患者さんだったら、その水槽の中にナースも入れてほしいですね」── 西村

座談会:考えることの自由 大阪大学コミュニケーションデザイン・センター [前 編]

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