連 載

アクティブラーニング ──教育の質的変化とその背景 友野 伸一郎

第2回 page 2

大学でのジェネリックスキル育成という社会的要請

 

さらに第三の背景として、大学教育でジェネリックスキル(汎用的能力)の育成が要請されるようになった。世界で大きな影響力を持つOECD(経済開発協力機構)が、コンピテンシー開発の必要性を提唱することで、世界的に注目されるようになった。コンピテンシーとは、ジェネリックスキルとほぼ同じ意味で使われているが、「単なる知識や技能だけではなく、技能や態度を含む様々な心理的・社会的なリソースを活用して、特定の文脈の中で複雑な要求(課題)に対応することができる力」とされる。

 

わかりやすく言えば、どのような職業に就こうとも必要とされる課題解決能力や、対人能力、自己管理能力のことであり、こうした能力をかつては企業が就職後に育成できていたが、その余裕をなくした現在では大学等の学校教育に要請されるようになった。

 

このジェネリックスキルの育成は、講義で説明しても身につくものではなく、アクティブラーニングが効果的と考えられている。

 

 

「学力」の概念も変化している

 

ところで、このような社会的な変化を受けて、「学力」の概念も変化してきている。読者の皆さんは、「学力」というと何をイメージされるだろうか。かつては学力というと「知識・技能」のことだと考えられてきたが、21世紀の現在では文部科学省は学力の3要素として、「知識・技能」に加えて「思考力・判断力・表現力」「主体性・多様性・協働性」を挙げ、学校教育を通じて育成する使命があるとしている。

 

おわかりのように、「知識・技能」は一斉講義の授業でも伝えられるが、「思考力・判断力・表現力」や「主体性・多様性・協働性」は、学生や生徒が自ら実践をするような授業、すなわちアクティブラーニングを通じてしか身につかないことは明らかだ。

 

 

アクティブラーニングで期待されている効果

 

では、アクティブラーニングに期待される効果とは具体的にどのようなものだろうか。筆者は、河合塾の大学教育力調査プロジェクトに参加して、6年間にわたり大学のアクティブラーニングを調査しているが、そこでの知見から言うと、まずアクティブラーニングについては、2つに区分して考える必要がある。1つは、学んだ知識を活用して課題解決に取り組む「高次のアクティブラーニング」であり、もう1つは知識の確認・定着を図る「一般的アクティブラーニング」である。この2つの区別を無視して、アクティブラーニングについて論じると、さまざまな混乱が生まれるからである(第3回で詳しく触れる)。

 

その点を踏まえた上で、まず「高次のアクティブラーニング」については、PBLなどで解が一つではないような課題の解決に取り組むことにより、情報収集やグループでの議論を通じて課題解決の手法やロジカルシンキング、他者との協働力、リーダーシップなどを身につけることが期待されている。

 

また、家族や友だちなどの「あうんの呼吸」で意思疎通できる親密な人たちとは異なり、自分と距離のある他者と協働する中で、自分とは異なる理解の仕方に触れ、そうした相手と協働するために自らの理解の仕方を他者に分かるように説明することが求められる。このことは、「ソーシャルラーニング=社会的学び」と呼ばれるが、冒頭で述べた知識基盤社会で求められる能力や、ジェネリックスキル、さらに学力の3要素のうちの「主体性・多様性・協働性」を育成することにつながる。

 

しかし現在の大学では、このような課題解決に取り組む「高次のアクティブラーニング」だけが求められているのではない。「知識・技能」の習得にも、講義だけの授業よりも、講義と「一般的アクティブラーニング」を組み合わせた方が有効だからである。たとえば、グループワークで練習問題を解き、グループ内で教え合うというようなアクティブラーニングでは、他者に説明するために自分が理解していることを言語化することが不可欠だが、単に講義を聞くだけの授業よりも記憶に残りやすいし、他者に説明することで「わかったつもり」を超えて理解が深まるからだ。

 

また、講義を聞くだけの授業では、学生や生徒の集中力の持続時間は開始直後から徐々に低下していき休憩や能動的な学習を挟むことで、集中力は回復するというアメリカの教育学者Donald Blighの研究もある。「一般的アクティブラーニング」のこのような利点は、大学のユニバーサル化によって生じている学生の変化に対応した教育としても有効なのである。

 

 

(D.A. ブライ著, 山口栄一訳:大学の講義法, p.85の図「休息を入れた講義での遂行行動のパターンの仮設」を引用・改変。原典=Bligh B, Bligh D.A. : What's the use of lectures?Exeter, UK, p.53, 1971.)

 

 

次回は「高次のアクティブラーニング」と「一般的アクティブラーニング」をいかに組み合わせて、学生や生徒の能力を伸ばすのかについて考えていきたい。

 

 

 

もっと知りたい人のための参考書

 

社会で求められる能力の変化について...

 

『多元化する「能力」と日本社会 ―ハイパー・メリトクラシー化のなかで』

(本田由紀著、NTT出版、2005)

 

 

学生の集中力について...

 

『大学の講義法』(D.A.ブライ著/山口栄一訳、玉川大学出版部、1985)

 

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