連 載

パーソナル・ライティング 考える〈私〉をともに創る 谷 美奈(取材と文:坂井志織)

第3回  page 2

ナラティブとライティング

 

ここまでは、パーソナル・ライティングという“書くこと”に焦点を当てて見てきました。魅力的な取り組みだなと感じる一方で、かなり互いに手間がかかると思われた方も多いと思います。

 

新人教育や患者教育において、振り返りの時間をとって語る「発話のナラティブ」はよく行われています。しかしこれを「書く」ことで行う機会と言えば、看護学実習でのプロセスレコードくらいではないでしょうか。

 

語ること(発話のナラティブ)と書くこと(ライティング)の最も大きな違いは何でしょう。発話による語りは録音されたり他者に書きとめられたりしない限り、その場限りの行為として姿を残すことがありません。その即興性はインタビュー中に生じる言い間違いや、複数の出来事の交叉といった重要な「意味」を含んでおり、これに着目した村上靖彦さんの分析手法は、現象の動きを掴んでいく方法としてよく知られています(『摘便とお花見─看護の語りの現象学』医学書院, 2013年)。

 

これに対し書くことは、考えを文字にしたあと、それを見てまた考える時間があります。パーソナル・ライティングにおける推敲も、書くことを重ねる行為です。

 

語りにおいては、自らが何をどのように語ったのか、何に触発され語ったのかは過ぎ去ってしまいます。一方、“書くこと”はそこにさまざまな時間の層を持つ自分が残っていて、過去の経験における自分、それを振り返って書いた時の自分、推敲をしている今の自分がいるのです。

 

そこには、変わっていく自己/自己表現の足跡が“書いてある物”として確かに残っています。それを自らも確認でき、他者ともその跡を共有し確認できるのです。ナラティブ・セラピーにおける問題の外在化とも似ています。過去の自分から“書くこと”を通して距離をとり、今の自分と過去の自分との対話が、内省的になさています。

 

さらにパーソナル・ライティングのユニークな点は、書くことが単純な書くことだけに留まっていないことです。先に見たように、書きだす前のネタ探しや下書きにおいて学生同士や教員との対話もあり、書き終えた後もフロアーである同級生たちとの対話があります。いわば、ナラティブやライティングという既存の枠組みを、実践のなかで越え新たなスタイルを生み出しています。この仕組みが、パーソナル・ライティングにおいて、自己省察が深まり〈私〉が創られることにつながっていると思われます。

 

 

パーソナル・ライティングと教育実践

 

パーソナル・ライティングは、教育学のなかでの位置づけはどのようになっているのでしょうか。

 

1. 一般化を求めようとする「教育学」

 

「今の教育学の主流、とくに高等教育研究は、量的研究が主流なんです。要は全体で捉えること、そして一般化が求められるんです。あと教育方法の開発研究って、みんなができるもので、同じような効果が表れるもの。だからまあ、みんなはそれを信頼してその教育方法は広がるようになるんですけど。だから、たとえば、“教育的効果”がどのくらい上がったのかを数値で示すことが求められるんです」と谷さんは語ります。

 

このような素地があるなかで、パーソナル・ライティングでは学生の作品を外在的な評価基準に照らして、正答や模範といった評価を行っていません。その理由を谷さんは「書かれたものが結果のすべてであり、数値化の罠をこばむ非合理的な精神の態度が肝要である」と述べています(『思考し表現する学生を育てる─ライティング指導のヒント』p.104)。

 

パーソナル・ライティングの実践では、多様な作品、多様な個性を尊重しています。それは、学び方や考える主体の多様さを同時に認めていることにもつながります。評価という面でも同様に、多様さを認め合う姿勢が徹底されています。その理由は、パーソナル・ライティングの誕生の背景とも関連しています。

 

2. 個を深めるパーソナル・ライティングの誕生

 

第1回で簡単に紹介しましたが、谷さんは、日本とフランスでの社会人経験と、フランスでの高等教育機関での講師経験、そのほか多様な人生経験が契機となって、本格的に学問の世界に入られた異色の経歴の持ち主です。

 

大学教員としての谷さんが、現代の大学生たちと接していて感じたのは〈私〉の不在でした。学ぼうとする専門性や自分を取り巻く世界に向き合う起点となる彼ら自身についての認識、つまり内省がうまく機能していなかったのです。そして、文章のテクニック以前に、そもそも意欲的に書くための「モチーフ(motif)」が自分のものになっていないことが、書くこと・考えることの能力低下の根本的な原因となっているのだと谷さんは考えました。モチーフとは、谷さん曰く、フランス語で芸術家の創作動機の起源となったテーマや題材を指すと同時に、それで生まれた動機そのものを意味するそうです。

 

そして、モチーフが自分のものになっていない学生たちから、パーソナル・エッセイを介して見えてきたものは、彼らと現代社会との間に生じたさまざまな諸問題でした。そうした多くの不安や傷ついた体験をしている学生たちから、生々しい経験が文章に描き出されます。まだ自らはっきりと言語化・分節化できない物事に対して、谷さんは潜んでいる問題の核をあぶり出していき、ネガティブな出来事であっても「そんなこともあるさ」と寛容に受け止めることで、安心と信頼の土壌をつくっていきました。

 

もちろん、悲観的な文章ばかりが創造されるのではありません。ユニークで楽しい作品も沢山あります。ですが、そのほとんどが、やはり現代に生きる私たちに何らかの重要な問題を投げかけてくるのです。

 

こうしたアプローチの背景として、自分にはある種のニヒリズムに対する問題意識があるのだと、谷さんは振り返っています。物質的には豊かだけど空虚感漂う現代社会の生きづらさを痛感し「生きる意味とは何か」「私とは何者なのか」といった哲学的な問を繰り返してきた自らの人生と、大学生らの〈私〉の不在とはそれぞれの根っこでつながっているのです。

 

「書けないことの問題の所在 大学生の文章力低下はどうして起きているのか?



 〈自己〉と〈世界〉にまたがる 認識の起点としての〈私〉 うまく機能していない。書くテクニックがない、というよりはむしろ、意欲的に書く「モチーフ」が自分のものになっていない、のではないか?すなわち、
谷美奈:大学における「パーソナル・ライティング」導入の意義──「文章表現者としての主体形成」をいかに促すか──、2014年関西地区FD連絡協議会主催イベント 思考し表現する学生を育てるⅥ、関西地区FD連絡協議会・京都大学高等教育研究開発推進センター主催、資料より

 

 

パーソナル・ライティングが見据えるもの

 

近年、研究や教育に対してすぐに使える・効果が表れる実用性を求める傾向が強くなっていると言われます。たとえば、2016年にノーベル賞を受賞した大隅良典栄誉教授もこのような学術界の動向に警鐘を鳴らしているのは、記憶に新しいところです。

 

パーソナル・ライティングという手法も、すぐに効果が数値として現れるものではありませんが、学生自身が考える主体として独り立ちする礎を、まずしっかりと築くことが念頭に置かれています。それぞれの〈私〉としての基礎ができることで、大学生としての学術的な成長や、社会人となったときにもじんわりと効いてくるような、長期的な成長を見据えた取り組みであると言えます。

 

この点に関しては、谷さんが現在取り組んでいらっしゃる研究で、パーソナル・ライティングを受けた学生の追跡インタビュー調査をなさっています。今後の報告が楽しみですね。

 

 

まとめ

 

大学教育におけるパーソナル・ライティングという取り組みをご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。学生一人ひとりに向き合い、長い目で育てているその実践は「ケア」との親和性が高いと言えます。

 

さらに冒頭で提示した、看護の実習指導や卒研指導で出会う“書けない学生”という問題意識にいま一度戻ってみると、看護ならではの難しさもあることに気づかされます。看護は他者へのケアという側面が際立って見えてしまいますが、そこにはケアする者としての自分もあります。看護学実習では特にプロセスレコードなどを通して、それを意識化させることがなされています。その中で学生には不安定な自分、迷いのなかにいる自分など、普段は隠れている様々な自分が見えてきてしまいます。病む人のかたわらに居るということが、自分という存在の在り方にもゆさぶりをかけてきます。

 

このような特性のある看護においては、教育課程や新人教育など初期の段階で、<私>を自分でみつめ、<私>を創るパーソナル・ライティングの必要性が高いと考えられます。

 

看護の場では、学部教育はもちろん現場での新人教育やOJTといった形で、ケアする人を創っています。高齢化に伴い慢性疾患を抱える患者が増えている昨今、医療を受ける当事者たちも自らをケアする人としてさまざまな教育を受けるようになっています。そのような場でも、一方的な知識の提供やハウツー的な教育だけではなく、パーソナル・ライティングの考え方が新たな可能性を拓いてくれるのではないでしょうか。

(おわり)

 

帝塚山大学キャンパスにて

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イントロダクション

第1回 学びの主体形成

第2回 個を深め、他者へ拓く

第3回 考える〈私〉をともに創る

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