連載:パーソナル・ライティング

考える〈私〉をともに創る

谷 美奈(取材と文:坂井 志織)

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第2回 個を深め、他者へ拓く

今回は、パーソナル・ライティングが具体的にどのようなプロセスを経ているのかをみていきます。谷さんのこだわりの「手書き」による実践の意図、表現の場の仕掛けにも注目します。

 

往路と復路

 

パーソナル・ライティングのプロセスを、谷さんはマラソンに例えます。完走することが決して容易ではない自分との闘いであることと、もう一つ大きな共通点は「往復」ということです。行きっぱなしではなくゴールにたどり着くこと。そこには重要な意味があります。

 

 

① ネタ探しワークシートやメモ着想の段階② 下書き下書き原稿用紙最初の文章化谷美奈:推敲の「往路」と「復路」, 自己省察としての文章表現,思考し表現する学生を育てる ライティング指導のヒント, 関西地区FD連絡協議会・京都大学高等教育研究開発推進センター編, ミネルヴァ書房, p.102, 2013.③ 大きな推敲モチーフや構成④ 小さな推敲言葉や表現の練り上げ折り返し点スタートゴール往 路復 路

 

 

先取りにもなりますが、マラソンと同様に走るのは本人だけど、まわりに仲間(クラスメート)も走っています。単独作業でありながらも〈私〉は孤独ではないのです。さらに、道中には給水や沿道からの応援といった支援者(=教員)との大切な関わりがあります。パーソナル・ライティングの往路は「ネタ探し」と「下書き」、復路では「推敲」に取り組みます。マラソンがそうであるように、復路の推敲が“ヤマ”であり本当の試練になるのだと谷さんは言います。どういうことなのか詳しく見ていきましょう。

 

1. 往路

 

① 題材(ネタ)探し

最初に行われるのはネタ探しです。これが案外難しいのではないでしょうか。逆に言えば題材が見つかっているのならば、おぼろげながら書くことが見えてきているのかもしれません。学部生の卒論指導などでも、研究テーマを見つけることが学生や教員がまず最初に苦労する点です。以下に紹介するネタ探しのキモには、書くこと全体につながるヒントが埋め込まれているように見えます。

 

その1:誰にでもある日常的な題材をみつける

パーソナル・ライティングの文章スタイルは「エッセイ」の形式を取ります。そう言われると、ちょっと特別に印象的で素敵な話を書きたくなってしまいますね。それもいいのですが、むしろ普段の日常的な出来事や現象に着目するほうがいいようです。なぜなら、そこでは常にさまざまな感情や感覚、想いの交錯があり、本人にとって当たり前で気がつきにくい「その人らしさ」が潜んでいるからです。つまり自身の意識の奥にあるものごとをいかに引っ張り出せるかがカギになるのです。

 

その2:固有名詞から始める

次にポイントとなるのが、一般名詞や抽象名詞ではなく、固有名詞や特定された名辞(概念)から出発することです。「友達が◯◯した」「地元では☓☓が」など、主語が無名で漠然とした記憶から書き始めてしまいがちですが、そうではなく、ここでも〈私〉自身の具体的な出来事や出会いに立ち帰ることが求められるのです。

 

固有名詞には、個別のイメージへと分け入っていくヒントがあり、対象の固有性を意識する手助けにもなります。名前を取り除く抽象化はその後になされる作業であってその逆ではないのです。抽象的な出来事ではなく「自分の」と言える経験を探す。これは、出発点である〈私〉の輪郭を縁取っていく作業だと言えそうです。

 

その3:紙に書きながら考える

この過程での重要な仕掛けの一つが「紙に書きながら考える」ことです。頭の中にあるものごとを紙に書き出すのです。最初からきちんと文章になっている必要はなく、単語やフレーズ、絵などで“見える化”していきます。これは自分だけでなく対話者(教員やクラスメート)と思考プロセスを共有し、他者に開いていくことにもつながる工夫ですね。

 

このように、スタート間もないネタ探しの段階から、学生と教員(あるいは学生間)の対話が積極的・意図的に組み込まれていることがわかります。アカデミック・ライティングのように一方向的に知識を与えるのではなく、パーソナル・ライティングの過程には相互交流が豊富に含まれています。これについては、次回詳しく見ていきたいと思います。

 

②下書き

ここまで来ると、いよいよ下書きにとりかかります。文章を書き慣れている人でも“まず文章にする”ことは一つのハードルではないでしょうか。初学者であればなおさらですね。この段階で効いてくるのが「考えた結果=過去の自分」が、記録された紙の形でそれぞれの手元に残っていることです。

 

ワークシート作業・メモづくり・下書きと段階を踏んでいくことで、“考えてきた自分”を自分自身で確認することができます。ホップ・ステップ・ジャンプですね。いきなりのジャンプではなく、飛ぶ準備ができていることを確かめ、飛ぶ土台がすでに自分でつくってあり、そこから飛び出してみるのです。ただ文章を書けるようになることがゴールなのではなく、〈私〉という主体形成に向けた「書くこと」が目指されている点が、この仕組みからもわかります。

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教養と看護 編集部のページ日本看護協会出版会

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