谷 美奈氏ご自宅にて
看護以外のさまざまな分野の研究者が集まる学会や研究会に参加していると、新鮮な出会いがたくさんあります。そのお一人が帝塚山大学の谷美奈さん(教育学)。彼女は日本とフランスでの多彩な社会人経験と、そこで培われた独自の視点を研究や社会活動を通して表現していく力(行動力)を持ち合わせた、魅力的な方です。
谷さんが取り組む、自己省察としての文章表現「パーソナル・ライティング」は看護の現場における言語化・概念化とも深く関わるユニークな教育実践です。ここでは3回にわたってその面白さをいろんな角度からご紹介していきたいと思います。
読者の中には、病院や学校で教育者の役割を担う方もおられると思いますが、新人や学生が「文章を書く」ことの指導に困った経験はありませんか? 私は教員として実習指導や卒研指導を行っていたときに「うまく文章が書けない...」と悩む学生さんには、読書や日記を書くことを勧めていましたが、そのとき、前提として原因がすべてその人の文章能力や努力不足にあると考えていたのかもしれません。しかし実際のところ、果たして彼女たちが「書けない」理由はそれだけだったのでしょうか…。
これと同様に、文章を思うように書けない学生への指導の難しさ、という悩みから始まった谷さんによるパーソナル・ライティングの実践と研究が、書くことに悩む人やかれらを指導する人に新しい視点を提示してくれるかもしれません。
連載ではまず、第1回はパーソナル・ライティングとは何か、その概要について谷さんのご著書・論文、インタビューをもとにご紹介します。第2回では、パーソナル・ライティングの実践方法とそこで何が起きているのかを、教育者と学ぶ者双方の視点からみていきます。そして第3回は、臨床や研究でしばしば取り上げられる“ナラティブ”との対比について考えてみたいと思います。
第1回 学びの主体形成
第2回 個を深め、他者へ拓く
第3回 考える〈私〉をともに創る
谷 美奈(たに・みな)
帝塚山大学全学教育開発センター准教授。フランス国立国際商業高等専門大学(L’ESCI)およびフランス国立情報通信高等専門大学(L’ESIGETEL)(グランドエコール)、京都精華大学などの教員を経て現職。京都大学教育学研究科博士後期課程研究指導認定退学。博士(教育学)。専門は、教育学、教育方法学、表現教育、言語教育。第13回(2017)大学教育学会奨励賞受賞。現象学や物語論、質的研究法にも関心を持っている。また、障害者芸術やアートワークショップなど芸術教育にも携わっている。主著に、「『書く』ことによる学びの主体形成 ──自己省察としての文章表現『パーソナル・ライティング』の実践を通して──」(大学教育学会誌 第37巻第1号 2015)や「自己形成史におけるパーソナル・ライティングの意味──パーソナル・ライティングを経験した元学生(当事者)への聞き取り調査から──」(大学教育学会誌 第39巻第1号 2017)、「STEM+ARTが求められる時代に’’ART’’をどうとらえるのか──クリエイティブベーシックの実践から考える──」『表現と教養──スキル重視ではない初年次教育の探求──』(ナカニシヤ出版、2019)などがある。
坂井 志織(さかい・しおり)
武蔵野大学看護学部看護学科 准教授。日本赤十字看護大学卒業後、脳神経外科病棟で5年間看護師として勤務。臨床3年目に担当した患者が、退院後にしびれを苦に自死したことを知り、当時ほとんどなされていなかったしびれについての看護研究に、15年以上取り組んでいる。しびれや、高次脳機能障害など一見すると病いがわかりづらい・伝わりづらい患者の経験を、記述的に示し、新たな理解やケアをつくることをライフワークとしている。2006〜2010年タイバンコクに居住し、2年間バンコクの私立病院で勤務。日本とは異なるビジネスやサービスとしての病院文化を実体験した。帰国後、日本赤十字看護大学助教を経て、2015年首都大学東京人間健康科学研究科博士後期課程修了、博士(看護学)。2018年より研究プロジェクト『慢性の病い経験を捉える新しい概念生成に関する現象学的研究―治癒や管理とは異なる視座の開拓』※をスタート。著書に『しびれている身体で生きる』(弊社刊)がある。