連載 ── 考えること、学ぶこと。 ケアする人のためのワークショップ・リポート 文・写真 井尻 貴子 profile

「黄色いクジラ」© 中原真波

“生きづらさ”をほぐす手だて ミロコマチコさんワークショップ@カプカプひかりが丘

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カプカプと、カプカプーズ

 

JR横浜線中山駅から、バスに乗ること約20分。公団集会場という停留所で降車すると、向かいに白い建物が並んでいるのが見えた。団地だ。その前を、年配の女性がゆっくりと歩いていく。横断歩道を渡り、その女性の後ろを追いかける形で、白い建物の脇の階段を降りる。すると広場のようなところに出た。

 

角に、1軒のお店がある。店の前には、ごちゃごちゃといろいろなものが並んでいる。箱に入った雑貨、ぬいぐるみや食器、アクセサリー、古びた本棚、文庫本、絵本もあるだろうか。それに、洋服やバックがかかったラックもある。バザーのような、古道具屋さんのような、何か掘り出し物があるんじゃないか、と探してみたくなる雰囲気だ。一体ここは何のお店なんだろう? と思わずにはいられない。確かめるように少し目線を上げると、「喫茶カプカプ」という看板がかかっているのが見えた。

 

「喫茶カプカプ」ひかりが丘。

 

「喫茶カプカプ」は、生活介護事業所カプカプが運営する喫茶店だ。お店を構える、西ひかりが丘団地商店街(横浜市旭区上白根町)は、高齢化率が40%を超えるそうだ。つまり、ここは「2025年に高齢者が100万人となる横浜の先取りされた未来である」( >>「LOCAL GOOD YOKOHAMA」“「障害福祉」から世界を変える「カプカプの作り方」出版プロジェクト”より)と、カプカプ所長の鈴木励滋さんは言う。

 

「昔はすごく賑やかだった」

 

かつてのこの場所を知る人は、皆、口を揃えてそう話すそうだが、今はスーパーのほかは、八百屋、蕎麦屋、薬局、郵便局などはあるものの、魚屋もパン屋も本屋も米屋も酒屋も閉めてしまった。人口のピークを迎えていたのは、1960代。マンモス団地に移り住んだ、子育て世代と急増した子どもたちが、商店街で日々の買い物をしたり、遊んだりしていた。だが、時が経つとともに入居者は高齢化し、子どもは少なくなり、2013年3月には団地内に2つあった小学校が合併され、旧・ひかりが丘小学校は閉校となった。

 

人通りの少ない商店街。

 

そのひかりが丘団地商店街にある「喫茶カプカプ」。ここで、2カ月に1度、画家ミロコマチコさんのワークショップが行われている(※近況についてはこちら。参加するのは、カプカプに通うメンバーたち、通“カプカプーズだ。

 

今回は、このワークショップの様子をのぞいてみたい。

 

 

ある日のワークショップ

 

「あ、かわいい、かわいい、川崎さん、いいですね」

 

「はいー」

 

ミロコさんの言葉に、カプカプーズのひとりが返事を返す。

 

今日は、ミロコさんのワークショップの日。「喫茶カプカプ」の向かいにある「工房カプカプ」が、この日の会場だ(普段はお菓子づくりをしている工房が、ワークショップスペース=絵を描く場所となる)。

 

        

  工房カプカプ。入ってすぐ右に喫茶スペースがある。

 

         

ケースに並ぶのは、人気商品のプリン。棚には、ここで作られた焼菓子が並ぶ。クッキーは1個150円だ。

 

 

会場には、机と椅子が並べられ、机の上には、ブルーシートが広げられていて、傍らには、画材が置かれたテーブルもある。

 

今日午前中ここで活動するのは、ミロコマチコさんとカプカプーズ9名、スタッフ3名だ。

 

ワークショップときくと、みんなが一緒に一つのものを制作する、いわゆる共同制作を思い浮かべる人も多いだろう。でも、このワークショップはちょっと違う。一人ひとりが個々のペースで、それぞれ制作に取り組んでいる。

 

「今日のテーマはクジラや魚です」

 

スタッフの鈴木真帆さんがカプカプーズに声をかける。テーブルの上には、スタッフが用意したテーマに関連する写真や絵も置かれており、見ながら制作をすすめられるようになっている。

 

 

作業台のブルーシートには、メンバーの名前を書いた紙がテープで留められており、誰がどこに座るかわかるようになっている(左)。クレヨン、絵の具、色鉛筆、マジックなどいろいろな画材が並べられている(右)。

 

「あ、あゆくんきた」

 

少し遅れて会場に入ってきたメンバーに、ミロコさんが声をかける。

 

「どうぞ」

 

どうやら、前回の続きをするらしい。席には、描きかけの絵と、猫の写真が用意されていた。

 

「しっぽ描いてみようか。写真どおりのしっぽじゃなくてもいいよ」

 

うなずいて、鮎彦さんはマジックを手に取った。

 

 

ミロコマチコさん(左)と、鮎彦さん(右)。

 

ワークショップが始まっていく。

 

といっても、「今から始めます」という宣言があるわけではない。席に着いてさっと描き始める人もいれば、バンダナを巻いて、エプロンをつけて、ゆっくり準備に時間をかける人もいる。

 

それぞれが、それぞれの場所で、それぞれのタイミングで始めていく。

 

 

机に向かったものの、なかなか手が動かない人がいた。

 

ミロコさんが、声をかける。

 

「どっから描こうか迷ってる?  顔から描いてもいいよ。まだ練習だしね」

 

声をかけられたメンバーは、ゆっくり、ペンを動かし始めた。少し、緊張が解けたのかもしれない。

 

 

「これ描く?  どんな紙がいいかな?」

 

ミロコさんが、また別のメンバーに声をかける。それから、紙と絵の具を持ってくる。

 

「下書きしたいですか?」

 

頷くメンバーに、鉛筆を手渡す。それをみていたスタッフが、声をかける。「どういう感じで描くんだろう?  楽しみ!」

 

「ミロコさん」

 

メンバーが、呼んでいる。

 

「なーにー?」

 

作品を見せながら、何やら相談している。

 

「あ、文字、文字難しいよね」

 

「午後」

 

「うん、午後やろうね」

 

「ミロコさん、猫飼ってるの?」

 

あるメンバーが話しかける。

 

「うん、飼ってるんですよー」

 

「そうなの」

 

他のメンバーも混ざる「うちも甥っ子が飼っててね、かわいいのよー」

 

 

猫の絵を描くノモトさん。この日のテーマは「クジラ」や「魚」だったが、それにこだわらず、前回の続きを描いたり、自分の好きなものを描いたりする人もいる。

 

決して広くはない会場を、ミロコさんは行ったり来たり、そして、ふと立ち止まって、声をかける。

 

「わ、ミコさん、いい感じ。このクレヨンきれいですね」

 

「次、色、どうしようか」

 

「すごい、順調!」……

 

そうして、時間が過ぎていく。

 

 

 

 

「あ、もうそろそろお昼だね!」スタッフの声が響く。

 

「午前中終了です。おつかれさま。午後もよろしくねー」

 

キリの良い人から、片付けをして、お昼ご飯を食べる準備を始める。ワークショップスペースは、ランチ会場へと早変わりだ。

 

こうして、午後も、ワークショップは続いていく。

 

時間としては、10時〜15時、途中、お昼ご飯休憩を1時間ほど挟む。

 

メンバーは、午前午後と通して参加する人もいれば、午前だけ、午後だけの人もいる。例えば、午前中は喫茶で接客、午後はワークショップ、という感じだ。

 

 

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連載のはじめに

教養と看護編集部のページ日本看護協会出版会

© Japanese Nursing Association Publishing Company

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