第二回:地域福祉の実現に並走する

美術館運営という「支援」

―ボーダレス・アートミュージアムNO-MA

(社会福祉法人グロー)の実践から―

 

NO-MAを取り巻く縦軸と横軸

 

NO-MAの活動には縦軸(歴史)と横軸(地理)が幾層にも交差する広がりがある。その来歴は、戦後まもなくの1946年に「日本の障害福祉の父」と呼ばれる糸賀一雄や田村一二、池田太郎らにより創設された児童福祉施設近江学園での造形活動にまで遡ることができる。

 

知的障害児や戦災孤児が園生となった近江学園では、健常者の規範に合わせることなく園生の自由な感性と衝動そのままに任せた陶芸活動が展開されてきた。そこには「この子ら“を”世の光に」(「この子ら“に”世の光を」ではなく)という「支援観」を明確に掲げて来た糸賀一雄の ──戦後間もない当時としては考えられないような先験的な── 思想があり、その思想とともに滋賀県内各地の福祉施設にも障害のある人の自由な造形活動が広まっていったのだ。その流れは長きにわたり淀むことなく、1981年に滋賀県と京都府の施設が共同で開催する「土と色展」へと引き継がれる。これまで施設で展示されることが常識だった障害のある人の作品が、公立美術館で大規模に展開されることで、より社会に広く障害のある人の可能性を開き、なんと本展は18年にもわたって開催された。こういった滋賀県ならではの障害福祉の歴史の存在は、NO-MAを語るうえで外せない。

 

 

参考:『福祉の思想

(糸賀一雄著、NHK出版、1968年)

 

 

一方、世界への広がりに着目すれば、2006年に始まるアール・ブリュット・コレクション(スイス・ローザンヌ市)との連携プロジェクトに端を発す、フランス、オランダ、イギリス、韓国、タイなど、海外のさまざまな美術館や大学、アートセラピー関係者などとの恊働、もちろんそれらの実現とともに国内の美術館、志をともにする障害福祉施設や精神科病院などとのネットワークのもとで、その活動を充実させてきた。詳しくは次回以降に書くが、これらの広がりや恊働において重要になったのは「アール・ブリュット」という言葉だ。Art Brut(仏語)は訳すと「生の芸術」という意味。artは芸術でbrutはワインなどが生(き)のままである状態を指す。「正規の美術教育を受けてないひとびとが、既成の概念にとらわれずに衝動のままに表現した芸術作品」という意味で、画家のジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet)が1945年に考案した概念だ。

 

その範囲は決して障害のある人の芸術に限定しないが、海外でも紹介されるつくり手のなかには精神障害のある人も多く、また日本においてこの言葉のもとで紹介されるつくり手は知的障害のある人を中心に福祉領域から発見・発信されることが多い。NO-MAではスイスとの連携展などを契機に、これまでの「ボーダレス」をテーマにした企画展をベースにしつつも、アール・ブリュット作家に焦点を当てた個展や二人展、アール・ブリュットに特化したグループ展なども行って来た。

 

 

2010年3月〜2011年1月にパリ市立アル・サン・ピエール美術館で開始された『ART BRUT JAPONAIS(アール・ブリュット・ジャポネ展)』の会場の様子。日本から63名の作家が出展した画期的な展覧会。

 

 

またNO-MAのみならず周辺の町家数カ所にまで会場を広げ、かつ地域内外から集まった約80名のボランティアスタッフとともに、国内外のアール・ブリュット作品を通じて地域の魅力を再発見するといった、よりコミュニティに根づいた展開も見られて来た。

 

先ほどアール・ブリュットについて「日本においては知的障害のある人を中心に福祉領域から発見・発信されることが多い」と表現し「そういうものらしいよ」というニュアンスで書いたが、まさにその状況づくりの担い手として外せないのがNO-MAであり、その運営主体の社会福祉法人グローの存在だ。欧州で、かつ美術家によって「既存の美術にあてはまらないもの」として考案された概念が、日本で、かつ障害福祉の先駆的な取り組みとしての造形活動の可能性を問うための概念として、つまり世界と日本をつなぎ、糸賀一雄らを筆頭とした先陣たちの福祉の思想と現在をつなぎ、さらには表現を介した地域づくりをも担う「プラットフォーム」として、このアール・ブリュットという言葉を再編集してきたのだ。

 

 

2015年2月〜3月にNO-MAを含む近郊町家など全7会場で開催された『アール・ブリュット☆アート☆日本2』、尾賀商店での展示の様子。多くのボランティアが作品解説や地域案内に活躍した。

 

 

企画事業部という先駆性

 

ここからは、NO-MAの運営を担う社会福祉法人グローについて、とりわけそのなかの企画事業部というセクションについて紹介したい。グローは近江八幡市に法人本部を置き、県内各所に障害のある人の就労や地域活動を支える10の障害福祉サービス事業所、暮らしを支える8つのグループホーム、障害児入所施設と障害者支援施設をそれぞれ1つずつ、加えてホームヘルプサービス事業所やさまざまな相談支援事業所も運営している。また高齢者の介護サービス分野では、2つの養護老人ホームと1つの特別養護老人ホーム、4つのデイサービスセンター、高齢者支援センターや居宅介護事業所もそれぞれ1つずつ運営している。生活困窮者の暮らしのセーフティネットである救護施設や、これまでサービスとサービスの狭間にあったり、あるいはニーズが認められつつもなかなか実現しなかったモデル的な相談支援事業を数多く立ち上げ、発達障害者や高次脳機能障害の支援などにも全国に先駆けて取り組んで来た。

 

その前身は全国の都道府県や政令指定都市などにおいて多く見られる、自治体の外郭団体としての社会福祉事業団である。自治体が持つ施設を民間である社会福祉事業団が受託運営するというこの事業形態は、主に入所施設型の福祉が主流だった時代のモデルとして運用されてきた。滋賀県社会福祉事業団も1967年の設立以後、全国の例に漏れず多くの施設を運営してきたが、2001年にひとつの転機が訪れる。それが企画事業部の誕生だ。主な目的は障害のある人たちがより地域で幸せに暮らせるような実践を立ち上げ、新しい共生社会を実現すること。これまでの入所型施設の受託運営モデルという大きな流れから、先駆的な地域福祉モデルをつくることへと舵きりをしてゆくために発足したのがこの企画事業部である。部を構成するのはケアシステム推進課、ケアサービス推進課、文化芸術推進課の3つのセクションだ。

 

障害のある人の地域生活を支えるためにそれぞれの地域の特性や環境を踏まえながら、その地域ならではの仕組みづくりを支えるのが、ケアシステム推進課だ。具体的には各地域の相談支援事業が充実するための相談支援事業者への巡回支援や、各地域が設ける地域自立支援協議会の運営サポートなどを行っている。また、滋賀圏域全体を担う滋賀県障害者自立支援協議会の事務局の補助や「相談支援従事者研修」などの障害サービス事業所職員を対象とした研修の企画運営も行ってきた。次にケアサービス推進課では、現状の障害福祉の各制度やサービスには該当しないような、「狭間」に立たされる障害当事者のニーズを汲み取りながら、新たなサービスをモデル的に実践するセクションだ。具体的には、高機能発達障害者の地域生活支援、同じく高機能発達障害のある人を入居対象としたグループホーム「ホームかなざわ」の運営や、前述した糸賀一雄の理念や実践をもとにしながら、誰もが暮らしやすい地域社会につながる支援実践例の調査研究などにも取り組んでいる。

 

 

企画事業部文化芸術推進課での展覧会企画会議の様子。社会福祉法人グロー企画事業部の多目的室にて

 

 

障害福祉の分野では、この二つのセクションだけでも十分画期的であるが、それに加えての文化芸術推進課の存在だ。言うまでもなくNO-MAの運営を核に、アール・ブリュットやパフォーマンスなど、障害のある人の表現の可能性を見出し、世に広く発信していくセクションだ。NO-MAの運営以外では、糸賀一雄の功績を現代に引き継いでいると思われる団体に表彰される、糸賀一雄記念賞の受賞式との連動企画「糸賀一雄記念賞音楽祭」の運営を担いながら、県内各施設でうたや打楽器、ダンスなどの表現ワークショップ活動を展開している。

 

そして文化芸術推進課の中に近年加わったのがアール・ブリュットインフォメーション&サポートセンター、通称「アイサ」だ。その名のとおり、障害のある人の造形活動に関する相談窓口を設け、作者やその家族、福祉施設からの相談、美術館や諸団体からの問い合わせに対応している。アール・ブリュットが地域や分野を越えて広がるなか、例えば障害のあるつくり手の権利が保護されるためのアドバイスを行ったり、それら造形活動を支える支援員たちのスキルアップのための研修会の運営、また美術関係者や法律関係者(権利擁護、著作権など)との意見交換会なども企画してきた。

 

企画事業部立ち上げ直後から関わってきた企画事業部副部長(2016年1月取材時)の中村良は、地域福祉事業を担う企画事業部に芸術を推進する課が並列に存在する意味をこのように語る。

 

どうしても福祉、とりわけ障害福祉で支援をしていくということは、制度をつくることをはじめ「真面目に支援する」ということにつながっていってしまう。もちろんそれは大切でありながら、企画事業部に入って芸術文化を推進することがひとつの仕事として横にあることで、とてもよかったことがあったんですね。それは、支援を必要としている人たちに「福祉の支援」をするということだけではなく、改めて「真の意味の地域生活支援ってなんだろう?」って考えたときに、実は「福祉」という用語って関係ないことに気づくんです。その言葉以前に、「普通に暮らすためにどういう協力が必要なんだろう?」って考えたときに、仕組みとかサービスも必要なんだけど、一方で「福祉の支援」をされてない人たちと同じ様に色んな人生を楽しむ、日々の生活を楽しむってことにどう着目できるかってことがとても大切だと思うんです。そのときに、僕らのように「福祉」からだけ入っちゃうと堅苦しくて真面目すぎてしまうんだけど、「芸術」から福祉的な視点を入れていくと、「楽しんでいいんだ」とか「そのままでいいんだ」ってことに結構近道で辿り着けるんじゃないかなと思うようになりました。

KBS京都ラジオ「Glow 生きることが光になる」2017年2月10日放送での、中村氏の発言より一部引用)

 

現実を見渡せば、支援現場に携わる人の誰もがこのような発想に辿り着けるわけではないだろう。多くの支援者は障害のあるサービス利用者の日々の介護、生活や就労の訓練などに追われ、芸術を取り入れたとしても「レクリエーションの片時のメニューとして」となるのは無論仕方なく、現場に直接携わっていない僕の立場からそのことに不満や批判を言うつもりはさらさらない。しかし、中村の言葉で言うところの「福祉の支援」のみではない「真の意味の地域生活支援」を考えぬくプロセスのなかで、これらの芸術実践が「必然性」──単なる思い付きではなく──を伴って支援現場で培われてきたのであれば、そう、その思考錯誤のプロセスそのものを社会に開いていくことは、「超支援」を考えるうえで必要不可欠ではないだろうか。

 

そのときに重要になるのは、糸賀一雄の実践から現在のグローの実践を長きにわたって愚直に──ある意味では過剰なほど愚直に──発展的に追求してきた現法人理事長の北岡賢剛の存在が欠かせない。次回は、北岡の実践の軌跡を辿りながら、より深く、グローの行う「超支援」について書いていこう。

第三回へ続く)

 

◉参考資料・図書

PDF資料:平成26年度 多様な主体との共働によるアール・ブリュット魅力発信事業報告書『アール・ブリュットへ:その道程と幸福について』(アール・ブリュット魅力発信事業実行委員会事務局、2015年)>>

 

書籍:保坂健二朗(監修)、ボーダレス・アートミュージアムNO-MA(企画)、アサダワタル(編集)『アール・ブリュット アート 日本』(平凡社、2013年)>>

書籍:ボーダレス・アートミュージアムNO-MA(著)、アサダワタル(監修)『ボーダレス・アートミュージアムNO-MA 10年の軌跡—境界から立ち上がる福祉とアート—』(社会福祉法人グロー、2014年)>>

 

 

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