写真提供:アーダコーダ(今回の取材とは別の講座での哲学対話の様子)
哲学対話を体験する
2014年に設立されたNPO法人「こども哲学 おとな哲学 アーダコーダ」の運営メンバーは12人。それぞれ他の職業に就きながら、イベントの企画と開催に関わっている。受講した「こども哲学入門講座」は、こども哲学の概要や実施方法を、体系的に紹介する2時間半のプログラムで、受講者は教育関係者が多い。講座の前半は講義、後半はグループを組んで実際に哲学対話を体験する。
講義ではまず、歴史的背景が紹介された。1970年代にコロンビア大学の哲学教授、マシュー・リップマンがオリジナルの哲学小説を教材に用い、子どもたちと哲学対話を行ったのが、その始まりである。このような思考力教育を目的とするほか、国連教育科学文化機関(UNESCO)では、市民教育の手段として哲学対話を意義づけている。また多様な人種や社会階層で構成されるハワイの公立高校では、コミュニティ形成を支える、知的安全(Intellectual Safety)を身につけるために、哲学対話を取り入れている。
「アーダコーダ」が解釈する「こども哲学」は、参加した子どもたちが一つの問いをめぐって考えたこと、感じたことを述べ合い、聞き合うことで考えを深め、互いを理解できるようになること。そのための技術と姿勢を身につけることである。
哲学対話では、何かを決めたり結論を出したりしない。誰かを打ち負かすような論争(ディベート)でもない。しかし、ただ相手の意見を聞くだけでもないし、わいわいおしゃべりを楽しむだけのものでもない。そこでは話し合うことよりも、考えることを重視する。意見ではなく質問することに重きを置いて、己の意見に固執せず相手の話をよく理解しようとする姿勢が大切だ。
1時間の哲学対話を通じて、人が一生かけても、決して答えが出ないようなテーマについて、ゆっくりと考えてみる。例えば「仕事について」「人生について」「幸福について」などなど。
講義に続く今回の哲学対話の体験は、テーマを選ぶところから始まった。グループのメンバー9人は全員初対面である。本名や職業などの素性は互いに何も知らない。年齢は幅広く、会話の内容から女性4人のうち3人は、子どもを育てながら働いていることがわかる。男性は学生らしい2人のほか、社会人は自分を含めて3人、そしてファシリテーターを務めるスタッフ、堀越睦さんだ。
対話の進行にはいくつかルールがある。ともに探求するコミュニティをつくるため、人の発言を遮らないこと、できるだけ互いに質問をすること、発言できるのは“コミュニティ・ボール”を持っている人に限られること。
参加者の了解を得て、実際の対話内容の一部を紹介する(発言内容は省略や順序の入れ替えなどを行っています)。
堀越 今回は「人生」「仕事」「幸福」という、3つのテーマを用意しました。この中からどれにするかを決めたいと思います。いろいろ方法はあると思いますが、例えば逆に「このテーマは話したくない」というものがあれば、まずそれを外しましょう。
女性A はい! 私は仕事の話はしたくないです(笑)。
女性B 避けたい理由を聞いていいですか?
女性A 知らない人たちとこうやって集まってるので、何かもっと面白いテーマで話したいかなと。でも、もしどなたか仕事のことで聞いてほしい話や、考えたい事柄があるなら、それもいいと思います。
男性A ちょっと思ったんですが、人生の中に仕事と幸福が含まれちゃってるんじゃないでしょうか。そこから考えていく必要がありそうです。
堀越 それぞれが関連してくるでしょうね。仕事の話をしたくなくても、人生や幸福について議論しているうちに、仕事の話になるかもしれないし。
男性B 結局は人生の話になるのだとすれば、仕事か幸福のどちらかを選べばいいんじゃないでしょうか。
男性A じゃあ、ひとまず幸福というテーマを選んで、その中で仕事や人生の話になっていってもよし、としませんか?
堀越 どうですか、みなさん。(うつむいたままの男性Cに顔を向ける)
男性C いいと思います。いい日曜日になりそうです(笑顔)。
一同 (笑)
コミュニティ・ボール:哲学対話の交通整理を果たすツール。ルールは3つ。①ボールを持っている人が話す。②ボールが回ってきても発言をパスできる。③ボールを持っている人が次に話す人を選べる。